第二話 ③
「……たいちょーさんは……」
シャルさんの、アイスブルーの瞳に見つめられながら、ぼくは重たい口を開いた。
たいちょーさんは、変態さんなんだ。おかしいと思ったのは、初めて訓練をした日。
いや、違う。初めて顔を合わせた時から、妙な違和感は感じていたんだ。薄気味悪いというか、なんだかぞわりとした嫌な感じ。
だけどその日は顔合わせだけで、すぐに自分の部屋に戻ったから、気のせいだと思ってたんだ。
そうして訓練初日。ぼくはそれが気のせいではなかったと気づいたんだ。
たいちょーさんが本性を出したのは、二人っきりになってすぐだった。
ぼくに剣の持ち方を教えるのに、なぜだか態々ぼくの後ろに回ってきた。で、膝立ちになって、ぼくを抱き締めるような格好で、持ち方を教えようとしたんだ。
「言葉で言ってくれればダイジョブです」って言ったら、残念そうな顔しながらも、止めてくれたんだけど……。
それから、ぼくが剣を振っていると、ニヤニヤ?いや、ニタニタしながら、気持ち悪い笑みでぼくのことを見てるんだ。
それがもう、気持ち悪くて。だからおもいっきりダメな生徒になって、嫌われようとしたんだ。
「可愛い生徒と日々切磋琢磨して訓練に励み、お互いに汗を流しあったりなんかしながら、少しずつ距離が縮まって……」なんてニヤニヤしながらぶつぶつ言ってたことがあったから。やる気がない、才能もない、ダメダメなぼくをみたら、そんな気持ち悪い野心も消えて、興味もなくなると思ったんだ。
案の定作戦は上手くいって、たいちょーさんの気持ち悪い野心は消えた。相変わらず気持ち悪い視線は向けられるけど、でもそれだけでそれ以外の実害はない。
「……だから、ぼくができるって知ったら、何をされるか……」
説明すると、シャルさんは「あー」って言いながら、同情の眼差しでぼくを見てきた。同情のするなら金をくれ! いや、代わってくれ!
「えっと……どこでやろうか」
「ぼく、いい場所知ってます」
ってことで、邸からいい感じに離れてて、周りが緑で囲まれている、人の気配のないなだらかな丘で、シャルさんと勝負をしてる。
この丘は、一応セネルガ家の土地。沢山あるセネルガ家の土地の中で、ここが一番自然で溢れてる。というか、一切人の手が加えられていない。
ここは、かーさまのお気に入りだった場所みたいで、とーさまがかーさまのために残した土地なんだって。
ほとんどの人が、この場所の存在を知らないみたい。まぁ、四方を緑で囲まれているから、外から見たらただの森にしか、見えないんだよね。
しかも、滅多に人が近寄ることがないから、この場所を、ぼくの丘にしたんだ。勝手に。
ついでに、ぼくと、ぼくの信頼した人しか入れないように、精霊たちに手伝ってもらいながら結界を張ったから、絶対に誰も入ってこない。最高でしょ?
ちなみに、シャルさんが第一号だ。恥ずかしいから本人には内緒だけど。
まぁそんなわけで、勝負中。
観客は大勢いる。いつもぼくが自主トレしてるときと比べ物にならない位いっぱいいる。
何故なら、結界を張ってから、初めてぼく以外の人間が入ってきたからだ。
ちなみに観客は精霊。もちろんシャルさんには見えてないし、聞こえてもいない。
もしシャルさんにもこの光景が見えていたら、きっとビックリするだろうな~。なんだか動物園の動物になった気分……。
《キャー! 頑張って~、アルちゃ~ん》
《いけいけ! そこだ! 斬りかかれ~!!》
《アルちゃんカッコイ~!》
《イケメンのお兄ぃさんも頑張れ~》
《いいぞいいぞ~もっとやれ~!》
……うるさい。
タムティが旅立ってからは観れなかった剣の試合に、精霊たちがものすごく興奮しているのが分かる。
殺しあいの剣じゃなくて、純粋な剣の試合だから、精霊たちも観ていて楽しいのだろう。しかも、ぼくたちは結構強いから、余計なのだろう。
それは分かる。分かるけど、もうちょっと落ち着いて観戦してくれないかな? あまりにも外野がうるさすぎて、どうも集中しきれない。
とうとう、シャルさんに見えていないのをいいことに、ぼくたちの周りを飛び回る奴まで出てきた。
あぁもう、いい加減にしてよ。邪魔だって! 顔の横を飛び回らないでよ。
興奮して、ぼくの邪魔になっていることに気づいていない精霊に、本の少し注意を逸らされた時だった。
キィン……と軽い音を立てて、ぼくの剣が中空に放り出された。
あ、っと思ったときには、シャルさんの剣先がぼくの喉元に向けられていた。
「むー……負け、ました……」
両手を顔の横に上げて、降参ポーズをすれば、シャルさんはフッと笑って剣を引っ込めてくれた。
「いや、アルが余所見をしなかったら、どうなっていたか分からないよ。アルはほんとに強いね。もしかしたら、俺より強いんじゃない?」
楽しそうに笑いながら言うシャルさん。
シャルさんより強いだなんて、あるわけないじゃん。互角だよ。お互い良いライバルになれそうだね。
「アルの師匠はよっぽど強い方なんだね」
「うん!」
タムティのことを誉められて、嬉しくて元気に頷いた。そしたら、シャルさんが頭を撫でてくれた。
頭を撫でられるのは、(生まれ変わってから)初めての事だったから、ビックリした。だけど、シャルさんの大きな手が気持ちよくて、目を瞑っておとなしく撫でられる。
少し離れた所で、ぼくの邪魔をした精霊が、他の精霊たちにフルボッコにされてるのなんて、見えないよ? 耳を塞ぎたくなるような台詞や、断末魔の悲鳴なんて、聞こえないよ?
あまりにも可哀想だったから、後でこっそりお菓子をあげようと、こっそり思った。
その後は、軽い打ち合いをして終わりにした。
今は、2人で丘のてっぺんで仰向けに寝っ転がっている。
青い蒼い空と、プカプカ浮かぶ雲。そよそよと、優しく頬を撫でていく風が気持ちよい。
「こうやってゆっくりするのも、良いもんだね」
シャルさんが静かに呟いた。
「うん。シャルさんなら、いつでも好きにここに来て良いですよ。ぼくも、邸に居ないときはほとんど、ここでお昼寝してるから」
「お、良いね。なら俺も、時間があるときはアルのお昼寝仲間に入れてもらおうかな」
「ふふ、シャルさんなら大歓迎!」
2人でクスクス笑ったあと、ゆっくり流れる真っ白な雲を、静かに眺めた。
穏やかな時間が流れる。
平和だなぁ~。
うとうとと微睡んでいるシャルさんの周りには、精霊たちが溜まっていて、
《お兄ぃさんイケメンねぇ。私とこれから遊ばない?》
《貴方いい体してるわね~》
《よう兄ちゃん、今度俺たちと酒なんてどうだい?》
などと、セクハラ紛いのことをされているシャルさんだが、本人には見えていないし聞こえていない。精霊たちも、分かっていて楽しんでいる。
そんな様子を目の端に捉えつつ、静かに思った。
このまま穏やかに人生を生きていきたいな。
厄介ごとなんて面倒だ。目立つことなく、地味に平凡に人生を終えたい。
でも、無理なんだろうなぁ……。
精霊たちの、賑やかな声を聞きながら、ゆったり流れる雲を眺めた。
あ、今度とーさまに、剣の先生をシャルさんに変えて、ってお願いしよ~。