第二話
青い青い空の下。
お昼寝にはもってこいの空の下で、ぼくは今、ちゃんばらごっこ……じゃなくて、剣の稽古?訓練?まぁどっちにしろ、剣を振り回している。
そう、振り回しているのだ。それもかなりやる気なく。
「アルヴィ様、闇雲に剣を振り回すのではなく、私を切るおつもりで向かって来て下さい!」
向かいで、ぼくに剣を教えてくれてる先生が、剣を構えながら言う。
彼は、セネルガ家の軍の、隊長さんらしい。名前は……忘れちゃった。
とーさまと同い年かちょっと上のたいちょーさんは、背が高くて、筋肉モリモリ。服の上からでもゴツゴツしてるのがわかるくらい。きっと筋肉を愛してる人だと思うんだ。
それから髪の毛はちょっとくすんだブロンドで、長髪のオールバック。しかも似合わないポニーテール。初めて会ったときはギャグかと思った。
顔は……何て言えばいいのかな。ゴリラとメダカの掛け合わせ?
そんなたいちょーさんの眉間にはシワが寄っていて、「なんてできの悪い生徒なんだ!」って気持ちが、ガンガン伝わってくる。一応ぼく、セネルガ家の一人息子なんだからね?
でもまぁ、たいちょーさんの気持ちも分からなくもないけどね。だって、ぼくが彼に剣を習い始めて、そろそろ一年経つ(気がする)もん。それなのに、今だ剣を振り回すだけって……呆れてものも言えないね。
しかも彼は、軍の隊長。きっとプライドが許さないんだと思う。
そんなわけで、この約一年間、ただ適当に剣を振り回すだけだったから、そろそろちゃんとやろうかな?
剣を振り回すのを止めて、教えの通り、軽く腰を落とし、剣を構える。始めてぼくがちゃんと構えたことに、彼は軽く目を見開くと、嬉しそうにニヤリと笑った。
その瞬間、ぼくは思いっきり剣を振り上げた。
ひゅん! キィーン……グサ!
はい、何が起きたでしょ~か。
答えは、ぼくが勢いのついた剣を、たいちょーさんに向かってぶん投げた。たいちょーさんは、顔に向かって飛んできた剣を慌てて弾き飛ばして、弾かれた剣が地面に刺さった、でした~。
「アルヴィ様、剣は投げて戦うものではありません!」
怒りで若干顔を赤くして、怒鳴るたいちょーさん。
だけどぼくは悪くない。だって……にやけた顔が気持ち悪かったんだもん。だからつい……。
「ごめんね……剣が手から抜けちゃった」
「戦の時に剣が手から抜けるなど、あり得ないことです。しっかりと剣をお掴み下さい!」
「はぁ~い」
適当によゐこの返事をしながら、剣を拾いに行く。剣の所までたどり着いたとき、屋敷の方から誰かが近づいてくる気配がした。
誰だろう。でも、用があるのはぼくじゃないな。
ぼくには関係ないから、さっさと地面に刺さった剣を、引っこ抜……けない。あれ? 思ってたよりけっこう深く地面に刺さってたみたい。さすがたいちょーさん。
だけどあー、ダメだ。か弱くて非力なぼくに、これを引っこ抜くのは無理だ。よし、剣を地面に刺した本人に引っこ抜かせよう。うん、それがいい。
自己完結して、くるりと振り返り、たいちょーさんに声をかけようとしたら、ちょうど訓練場に人が現れた。
見た感じ兵士のその人は、たいちょーさんの後ろにいるため、たいちょーさんは気づいていないみたい。隊長なら、気配で気づけよ、とか思ってないよ?
「訓練中申し訳ありません。フェルレイン隊長、旦那様がお呼びです。大至急書斎に、とのことです」
兵士さんの声に、案の定気づいてなかったたいちょーさんは、僅かに肩を揺らした。
だけどたいちょーさんは、まるで最初っから気づいていたような素振りで振り返ると、「分かった」と頷く。そしてこっちに向き直った。
「アルヴィ様、申し訳ありません。訓練の途中ですが、急用ができてしまいました。私の代わりに、彼に相手をさせますので、くれぐれも、訓練を怠らぬよう」
「とーさまがお呼びなら、仕方ないもんね。気にしないで行ってください」
「すみません。では、失礼させていただきます」
たいちょーさんは大袈裟にお辞儀をすると、剣を仕舞って、足早に訓練場を出ていった。兵士さんにすれ違い様に、「くれぐれも粗相のないように」と言い残して。
たいちょーさんが訓練場から立ち去り、沈黙が降りた。最初に動いたのは、兵士さん。
ゆったりとした、だけど隙のない歩みで、ぼくの側まで来る。
この人、たいちょーさんより強いな。前世で合気道を極めたぼくには、相手の強さを測るのは簡単な事だ。気配を読むのは朝飯前。
だから分かる。この人は、かなり強い。
「初めまして、アルヴィ様。私、一週間ほど前からセネルガ家の軍に入隊しました、シャルロイでございます。シャルとお呼びください。一番下っ端の兵士の身ではございますが、精一杯アルヴィのご指導をさせていただきたいと思っております」
ぼくに目線を合わせるよう、膝をついて、爽やかに笑う兵士さん。彼の言葉に、態度に、目をぱちぱちする。
なんなんだ、この人は。片手で数えられる程しか人生を歩んでいない幼子に、適当に扱う訳でもなく、だからといって媚を売るわけでもなく、一人の人間として、位の高い相手にする挨拶をしてくれた。
たいちょーさんもぼくに礼儀を尽くしてるけど、あれは本心からじゃない。初めて会ったときなんて最悪だったし、今現在も、幼子だとなめている。
まぁ実際ぼくは幼子だし、貴族の一人息子ってだけで、ぼく自身が偉い人間でも何でもないんだけどね。
だからこそ、彼の態度にびっくりした。
うわぁ、この人強いだけじゃなくて、性格も良い人だ。よく見たら、顔もイケメンだし。
スラッと高い身長に、程好い筋肉。たいちょーさんみたいに主張の激しい筋肉じゃないけど、かなり鍛え抜かれてると思う。
ハニーブラウンの柔らかそうな髪の毛は、低い位置でひとつに纏められ、長めの前髪がふわふわと風に揺られている。いったい何人の女性を落としてきたんだ!って感じの甘いマスクには、柔らかな笑みが浮かんでいる。
イケメンは顔だけじゃなくて、性格もいいんだね! ぜひとも仲良くしたい!
「シャルさんよろしくお願いします。ぼくのことは、アルって呼んで?」
「シャルでよろしいですよ? ……私がアルヴィ様を愛称でお呼びするなど、畏れ多いです」
「シャルさんには、アルって呼んでほしいの。……ダメ?」
首をコテンと傾げながら、お願いしてみる。ぼく無表情だから、愛らしさなんてないかもだけど。幼子は無条件で可愛いっていう、最強の武器が、ぼくにもあると信じて。
案の定シャルさんは、言葉を詰まらせ、僅かに視線を反らした。勝ったか? どっちだ~?
「……ふ、2人のときだけですよ、アル」
やった~。勝った~。幼子バンザーイ。
「ありがとー、シャルさん。あと、言葉も堅くなくていーですよ」
「………………ふぅ、分かったよ」
シャルさんは、降参と言うように笑うと、「では」と言って、立ち上がった。そして、地面に刺さったぼくの剣(引っこ抜くのが面倒くさくて、たいちょーさんにやらせようとしたやつ)を抜いて、にかっと笑う。
「さっそく訓練するか」
その言葉にぼくは、大きく頷いた。