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救いの手

「今日でテストが終了!嬉しいな!」

「日向、最後まで気を抜いちゃ駄目よ?」

「わかっているよ、お姉ちゃん。今回は自信があるから」

 私は滝村日向。高校二年生になったばかり。

 高校生になったら彼氏が欲しいと願っていたが、まだ一度もその願いは叶っていない。ちなみに一歳年上の真桜お姉ちゃんは高校一年生の頃から恋人がいる。学校の友達も恋人がいるから羨ましくなった。

「お姉ちゃん、恋人ってどうやってできるの?」

 トマトを切っていた手を止め、私を見て大きく溜息をついた。

「妹に対して失礼よ!」

「だって、またその話だから聞き飽きるわよ。焦る必要なんてどこにもないから食べよう?美味しいよ?」

 テーブルにはロールパンとグリーンサラダとフルーツヨーグルトが置かれている。

「パンは近所のパン屋に限るわね」

「そんなに他の店のものは嫌なの?」

「そうじゃないよ。ただ、パン屋がとても家から近い上にふんわりとしていて美味しいから。スーパーに売っているものとは少し違うの」

 お姉ちゃんが言うほど、私はパンにこだわりはない。私自身はどちらも美味しく食べているから。

「今日、寄り道するね」

「どこ行くの?喫茶店?」

「そんなお洒落なところじゃないよ。隣の駅にある本屋に行こうかと思っているの」

「わかった。あんまり遅くなっちゃ駄目よ?最近はすぐに外が暗くなって危険だから」

「うん、ちゃんとわかっているよ」

 最近テレビで万引きの事件が多く報道されていて、狙われやすい場所はスーパーやコンビニ。店の人達はそれを防ぐために店のあらゆる場所に防犯カメラを設置している。

 恐ろしい世の中。平気でこんなことをする人達がいるのだから。

「日向、ヨーグルトを食べないの?」

 ハッとしてテーブルを見ると、ヨーグルトだけ手をつけていなかった。時計を見ると、時間に余裕はあるが、少しでも長く勉強をしたいので、慌ててヨーグルトを食べた。学校へ行く準備を整えてから、教科書を広げ、二十分勉強することにした。

 時計を見ずに勉強していると、下の階からお姉ちゃんが私を大声で呼んでいた。教科書をすぐに鞄に入れ、玄関に向かった。外へ出ると、肌寒かったので、夜になると恐らくもっと冷えるはずだと考えた。

 学校は自宅から約一時間かかる。朝の電車は好きではない。人がかなり混雑していて、身動き一つとることができないから。

「日向、こんな狭いのに本を読むの?」

「文庫本だから心配ないよ。ほら、ちゃんと人の邪魔にならないようにしているから」

 人にぶつかってしまうときは流石に読まない。

「こんなに人が多いのに集中して読めるの?」

「もちろん。本の世界に入ってしまえば、特に気にならないよ」

「着いたら教えるね?」

「お願い」

 駅に着くまで本を読み続けた。展開が面白くなってくるところで肩を叩かれ、窓の外を見ると、駅に着いてしまった。改札口を出ると、同級生の子達と挨拶を交わし、テストについて話しながら校門を潜り抜けた。

「今日、何時くらいに家に帰るの?」

 階段を上ろうとしたとき、お姉ちゃんに訊かれたので、遅くなりそうだったら電話をすることを伝えた。教室に入ると、クラスメイト達は教科書を読んでいたり、ノートや問題集に問題を解いている。

 いつも賑やかな雰囲気だが、シャーペンを走らせる音や教科書のページを捲る音が教室中に響き渡っている。

「日向、勉強した?」

 友達の一人が教科書を片手に私に話しかけた。

「まあ、少しは」

 本当は長時間かけて勉強をしたなんて、えらそうなことを言う気はない。一時間目は日本史なので、教科書を出し、赤ペンでチェックしたところを頭に叩き込もうとしたとき、友達に問題の出し合いをしようと提案されたので、それに応じることにした。チャイムと同時に先生が答案用紙と問題用紙を持ってきた。自分の席に着こうとする友達にお互い頑張ろうという意味で笑みを浮かべると、向こうもそれを返してくれた。

 時計をときどき見ながら問題を解いていき、すべて書き終えたあとは何度も間違いがないか見直しをしていた。一時間目が終わり、二時間目になる前に数学の問題を解いていた。

「テストが終われば自由」

 せっかくだから他のところも行ってみようかな。

 本屋の近くに雑貨屋や飲食店など、他にも店があるのでそっちにも足を運ぶことに決めた。

 次の数学のテストは日本史より簡単だったので楽勝だった。

 テストはあっという間に終わり、いつもよりたくさん答えを書くことができて安心した。

「やっと終わった」

 クラスメイト達も私と同じように終わったことに安心して、笑みを浮かべながら友達同士でお喋りを楽しんでいて、教室の雰囲気が一瞬で変わった。帰る準備をして廊下に出ると、他のクラスからも賑やかな声が聞こえてきた。

 帰りの電車はそれほど人が乗っていなかったので、座ることができた。隣に座っていたおばあさんが私に微笑みかけてきたので私も返したが、話しかけられたら本を読めなくなってしまうと考え、別の車両へ急いだ。朝に読んだ本のページを忘れていなかったので、すぐに読むことを開始した。

 だけど面白いことや楽しいことをするときは本当に時間の流れはすぐに過ぎていく。本をすべて読み終えたときに駅に着いたので、本をしまう暇がなく、そのまま出口へ向かい、切符を入れてから鞄の中に本をしまうことができた。

 今日の目当ては漫画。連載中になっていて、互いに惹かれあっているのに、なかなか前に進むことができないでいる。じれったい気持ちもあり、それが初々しくて可愛らしくもあり、読んでいて楽しい。

 まっすぐに漫画コーナーへ行くと、新刊の本がズラリと並んであり、欲しかった本を手に取り、レジで会計を済ませた。時間に余裕があるので、手帳やポストカード、ペンなど、文房具が置かれているところを見ることにした。歩きながら見ていると、別の学校の女子高生とぶつかった。

「痛っ」

「大丈夫ですか?」

「平気です。あ!」

 鞄が落ちて中身が散乱したので、謝罪したあとに一緒に拾った。背後から大きな音が聞こえたので、何事かと見てみると、奥で福引をやっていて、祝福の拍手もしていたから、何か特別なものを当てたに違いない。

「あの、拾ってくれてありがとうございました」

「いえ」

 女の子は頭を下げ、早足で去った。急ぎの用事でもあるのかと思いながら見ていると、険しい表情をした店員がこちらに来た。

「君、ちょっといい?」

「はい?」

 連れて行かれたところは関係者以外立ち入り禁止のスタッフルームだった。中に入ると、彼に信じられないことを言われた。

「私は万引きなんてしていません!」

「実際に目撃者がいるんだ」

「さっき本を買ったばかりで、そのあとに手帳とかを見ていただけです!」

 レシートを見せようとすると、その動きが怪しく思えたのか、さらに怪訝そうな顔になる。

「とにかくそれを見せなさい」

 店員は鞄を指した。何もしていないのだから問題ないとチャックを開けて中身を出した。

「鞄のポケットも!」

 さっさと疑いを晴らそうと鞄を逆さにして揺すると、そこにはないはずのものが存在していた。

「嘘・・・・・・」

 机の上に転がったのは小さな消しゴムだった。これには一度も触れていないから驚きのあまり言葉を失った。

「これはどう説明する気だ?」

「私、盗んでいません。触れても・・・・・・」

 怒った店員がバンッと机を拳で叩きつけたのを見て、涙腺は緩んだ。

 どうしよう。もう泣きそう。

「いい加減にしなさい!連絡先を言いなさい!早く!!」

 私が何を言っても、この人は聞いてくれない。

 どうすることもできないと思ったそのとき別の店員が部屋に入ってきた。

「あの、すみません」

 三十代くらいの男性が恐る恐る店員に話しかけた。

「あとにしてくれ。今は忙しいんだ」

「ですが、万引き犯を捕まえたんです」

 店員が部屋の奥へ進むと、さっきの女子高生と別の女の子が怯えながら入ってきて、その後ろには二十代前半と見られる男性がいた。

 どういうこと?

 店員の話によると、女の子達は学校や家がつまらなく、何か面白いことをしたいと考えて始めたのが万引きだった。別のところで同じことを繰り返そうとしたときに偶然私とぶつかって、そのときに盗んだ消しゴムを面白半分で私の鞄に忍ばせた。そのあとに本当に欲しかったものを鞄に入れようとしたところ、男性に見つかり、今に至る。

「だけど目撃者は・・・・・・」

「制服が似ていて、髪型も似ていたから、きっと勘違いをしたんですよ。顔はよく見えていなかったらしく、商品を盗んでいるところだけを見ていたようです」

 何でこんなことに巻き込まれたんだ、私は。

「だからその子を帰してあげてください。何もしていないのですから」

 私をここに連れてきた店員は私を見て、先程とは違って顔を青くしていた。

「その、疑って申し訳ありませんでした」

 本当に。この人にも腹立つが、この女の子達にも腹が立って仕方がない。

 ここにいたくないので、荷物を鞄の中に入れ、謝り続ける店員に背を向け、店をあとにした。

「喉が渇いたし、お腹も空いた」

 朝食に牛乳を飲んだくらいであとは何も飲んでいなかったので、喉がカラカラだった。

「俺も」

 びっくりして跳ね上がると、さっきの男性が後ろにいた。

「あそこ、これから防犯カメラを設置するだろうね」

「そうですか」

 当分行かないことにした。今回の件で行きにくいところになってしまった。

 まさかこんな形で自分が巻き込まれるとは思ってなかった。

「これからどうするの?」

 どうする?

「えっと、どこかで何かを食べようかと思っています」

「だったら俺と行かない?」

「誰と?」

「だから俺とだよ、日向ちゃん」

「何で知っているのですか?」

 まだ私、自己紹介をしていないよね!?

「何で俺のことを知らないの?」

 質問を質問で返さないでください!

「俺達、何度も会っているよ?」

 何度も会っている!?

 きっと何かの間違いよ!

「でも私、あなたのような大学生と知り合いになった記憶はありません!」

「俺、大学生じゃない・・・・・・」

「あれ?えっと・・・・・・」

 頭を必死に回転させるが、何も出てこない。

「すみません、思い出せないです」

「残念だな。じゃあ罰として、今から俺とどこかへ行こうよ」

 どんな罰だと思いながら、拒否をする。

「!?む、無理です!」

「どうして?」

 不思議そうな顔をされて、パニックになる。

「今日は一人で買い物を楽しむからです!」

「でもさっきは楽しめなかったよね?いいことと悪いことの判断がまともにできない子達のせいで」

「それは・・・・・・」

 彼女達が馬鹿なことをしなければ、こんな気持ちにならずに済んだだろう。

「それに俺が助けなかったら、君はどうなっていたんだろう?」

 もしかして脅迫されているの!?

 そう言われても本当に困る。

 今日は一体何なのだろう?テストが終わったばかりなのに溜息ばかり吐いている。

「幸せが逃げるよ?」

「あなたのせいです!」

 男性はやれやれといった感じの表情になっている。

「日向ちゃん、俺と一緒にいたら、君にもいいことはあるよ?」

「あなたは未来がわかるんですか?」

 わたしの質問がおかしかったのか、くすくすと笑って否定した。

「まさか。それより立ち話するのに疲れてきたから、あそこのカフェに入らない?」

「何でですか!?」

「じゃあ、向こうの可愛らしい店にする?」

「そうじゃなくて!」

 もう、何なの?どうすればいいの?

 頭が混乱しているのに、お腹が空いたと鳴っている。

 聞こえたかなと彼を見ようとしたとき、手を握られて引きずられた。振りほどこうとしても、しっかりと握られてしまっている。

「俺が奢るから行こう?」

 誰か助けて。

 助けを求めても、誰も私を助けてくれる人なんていなかった。

 どうしてこんなことになったの?


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