ホームズさんが入室しました!
《ホームズさんが入室しました!》
ホームズ : おーい
ホームズ : 全員居るか?
ポワロ : はーい
ホームズ : おいおい、ポワロだけか?
ヘイスティングズ : せっかちすぎるんだよ、ホームズは
ホームズ : 確認しただけだろう
ヘイスティングズ : ねえ、本当にやるの?
ホームズ : 当り前だろう
ポワロ : いまさら怖気づくなよ
ヘイスティングズ : 別に、怖がってなんかいないよ。ただ、
ヘイスティングズ : ただ、もう少し計画を煮詰めたほうがいいんじゃない?
ホームズ : 大丈夫だ。 大体の計画は今まで散々話し合った通りだ
ホームズ : ドイルの計画通りにやれば問題ない
ヘイスティングズ : それが不安なんだけどな・・・
ホームズ : それより、ワトスンはどうした?
ポワロ : おそらくクリスティと一緒にいるんだろう
ポワロ : ちょっと待てばすぐ来るさ
ホームズ : あいつ抜きで話してもしょうがない
ホームズ : 少し待とう
ポワロ : おれたちじゃ頼りないってか?
ホームズ : 別に、そういうわけじゃないが
ホームズ : あいつをのけものにして怒らせると後が怖いからな
ヘイスティングズ : 相変わらずだね・・・
ポワロ : 同感
ホームズ : ?
ヘイスティングズ : ホームズのそういうところだよ
ホームズ : どういう意味だ
ポワロ : なんだかんだいいながら、ワトスンを一番信頼しているところさ
ヘイスティングズ : 普段あんなに仲が悪そうなのにね
ポワロ : 特に小さいころサッカーやったときなんか
ヘイスティングズ : いっつも最後はホームズとワトスンの喧嘩で終わったよね
ヘイスティングズ : しかも最後にはたいていワトスンが泣き出してさ
ポワロ : あの頃は今と違ってワトスンも女みたいだったよな
ホームズ : ・・・おい
ヘイスティングズ : ・・・ポワロ、ワトスンに失礼だよ
ポワロ : そうか?
ホームズ : お前、後でワトスンに殺されるぞ
《ワトスンさんが入室しました!》
ポワロ : げ
ホームズ : 来たか、ワトスン
ポワロ : ちょうどお前の話をポワロが・・・
ヘイスティングズ : 噂をすればなんとやら、だね
ヘイスティングズ :タイミングが良すぎるよ
ホームズ :ワトスン?
ホームズ : おーい
ワトスン : 過去ログを読んでいた
ワトスン : 相変わらず馬鹿な話をしているな、ポワロ
ポワロ : 御挨拶だな
ポワロ : ホームズ、何か言ってくれよ
ホームズ :悪いが俺がお前を弁護する義務はない
ワトスン : ポワロ、後で話がある
ホームズ : ・・・まあいい、とにかく時間がない
ワトスン : わかった。話し合いを始めようじゃないか
ポワロ : あんたを待ってたせいで今まで始められなかったんだよ
ポワロ : 一言あってもいいんじゃないか?
ワトスン : クリスティにつかまっていた
ワトスン : 無理やり振り払って来いと?
ヘイスティングズ : まあまあ
ホームズ : ポワロ、突っかかるな
ホームズ :クリスティに感づかれないようにはしなければならない
ヘイスティングズ : そのためにわざわざ直接会わずにチャットルームを使っているわけだし
ポワロ : ヘイスティングズ、うるさい。一番年下のくせに
ワトスン : だまれ
ワトスン : とにかく、始めるぞ
ホームズ : わかった
ホームズ : 計画に特に変更点はない
ホームズ : 決行は・・・今から二十分後だ
ポワロ : ドイルは予定通りこっちに向かっているのか?
ホームズ : たぶん大丈夫だろう
ワトスン : 話した感じ、クリスティには感づかれていない
ワトスン : ドイルが予定通りクリスティにフェイクの連絡を入れたことを確認した
ヘイスティングズ : なんだか不安だな
ヘイスティングズ : ドイルが余計なこと言ってなければいいけど
ワトスン : 信頼してやれよ
ワトスン : ドイルはあれでも四人の子供の父親だ
ヘイスティングズ : 表向きは、ね
ポワロ : ていうか、それとこれとは関係ないだろ
ホームズ : そんなことはない
ホームズ : 子供がいる、というのはそれだけで社会的信頼度が高まる
ワトスン : 逆にいえば、それだけ疑われにくいということだ
ヘイスティングズ : ふーん
ワトスン : まあ、今回はクリスティにさえ気づかれなければいいわけだが
ホームズ : じゃあ、まず道具の確認からだ
ホームズ : ヘイスティングズ、例のものは?
ヘイスティングズ : ちゃんと用意したよ
ヘイスティングズ : いつものところで、作ってもらった
ホームズ : 結構無茶言ったが大丈夫だったか?
ヘイスティングズ : うん、ちゃんと作ってもらえた
ヘイスティングズ : だいぶ高くついたけど
ヘイスティングズ : その分・・・
ホームズ : なんだよ
ヘイスティングズ : まあ、楽しみにしてて
ポワロ : 足はつかないだろうな
ポワロ : あそこのオヤジ、口が軽いからな
ヘイスティングズ : 口封じはしてきた
ヘイスティングズ : ワトスンに手伝ってもらって
ホームズ : よし、なら大丈夫だろう
ワトスン : どういう意味だ
ホームズ : そのままの意味だ。それで、ヘイスティングズ
ホームズ : それは、今お前が保管しているんだな?
ヘイスティングズ : うん
ポワロ : 気をつけろよ、デリケートなものなんだから
ポワロ : ちょっとの衝撃でそれは使い物にならなくなるぞ
ヘイスティングズ : わかってるよ
ヘイスティングズ : 輸送にもすっごく気を使ったんだから
ヘイスティングズ : クリスティに気付かれないようにしなきゃいけなかったし
ホームズ : ヘイスティングズ、冷却はちゃんとしてあるな?
ヘイスティングズ : うん
ホームズ : よし
ホームズ : じゃあ、俺の合図でブツをクリスティのところまで運んでくれ
ヘイスティングズ : 了解
ワトスン : あと気をつけてほしいのは
ワトスン : あまり早くに着火しないこと
ワトスン : 着火して時間がたつと・・・
ワトスン : わかってると思うが、ひどいことになる
ヘイスティングズ : わかってる
ヘイスティングズ : これが初めてじゃないんだから
ヘイスティングズ :というより、それはホームズの役目でしょ?
ホームズ : そうだな
ポワロ : 二年前を思い出すな
ワトスン : ああ
ワトスン : あの時は大失敗だったな
ホームズ : 今回は大丈夫だろう
ホームズ : 経験も積んだし、
ホームズ : これだけ綿密な計画を立てた
ヘイスティングズ : うん
ヘイスティングズ : まかせて
ホームズ : よし
ホームズ : 次にポワロだが・・・
ポワロ : わかってるよ
ホームズ : 一応手順も確認しておきたいが、
ホームズ : その前に、電気系統は?
ポワロ : だから、わかってるって
ポワロ : リモコンですぐに全室の照明が消せるようになってる
ポワロ : テストは昨日した。問題ない
ホームズ : そうか
ワトスン : ポワロはそれをどこで操作するんだ
ポワロ : 今いるところからでも、できる
ポワロ : なんならやってみようか?
ワトスン : 馬鹿、よせ
ポワロ : 冗談だよ
ヘイスティングズ : ポワロが言うと冗談に聞こえないよ
ワトスン : まったくだ
ポワロ : そういうワトスンこそ大丈夫なのか
ワトスン : ああ、大丈夫だ
ワトスン : というより、さっきから気になってたんだが
ポワロ : なんだ
ワトスン : お前、その口調なんとかならないのか
ワトスン : 直接会ってる時とキャラが違う
ポワロ : ・・・それをあんたが言うか
ホームズ : こればっかりはポワロに同意
ヘイスティングズ : 確かに
ワトソン : ・・・悪い、話がそれたな
ワトスン : 手順確認をしたいが、いいか?
ホームズ : ああ
ワトスン : 決行は後十分後、1900。ドイルからの連絡を待って全員所定位置にて待機。
ポワロ : 俺が全室の照明を無力化後、ホームズが1Fリビングに突入、クリスティを拘束
ホームズ : 対象拘束後、所定位置に移動。ヘイスティングズは『モンブラン』を対象の前に設置
ヘイスティングズ : 『モンブラン』設置後、ホームズが着火。同時にワトスンがドイルを誘導
ワトスン : ドイルを最終ポイントまで誘導後、全員による一斉射撃にて状況終了
ホームズ : 完璧だ
ヘイスティングズ : これで二年前の借りを返せるね
ポワロ : ああ
ポワロ : いくらクリスティでもひとたまりもないだろう
ワトスン : ドイルから連絡がきた
ホームズ :よし、じゃあそろそろ所定位置に
ワトスン : 待て
ワトスン : いかん
《ワトソンさんが退室しました!》
ホームズ : おい、ワトスン
ホームズ : どうした!
ポワロ : 無駄だ、退室している
ヘイスティングズ : 気付かれたの?
ヘイスティングズ : まさか、クリスティに?
ポワロ : まさか
ヘイスティングズ : ホームズ、どうする?
ホームズ : ちょっと待ってみよう
ポワロ : おい、そんなこと言ってる場合かよ
ホームズ : だが・・・
ヘイスティングズ : あ
ヘイスティングズ : あしおと
ヘイスティングズ : やばい、きるね
《ヘイスティングズさんが退室しました!》
ホームズ : おい
ホームズ : くそ
ポワロ : やっぱり
ポワロ : 気付かれたんだ
ホームズ : 落ち着け
ポワロ : こうなったら
ホームズ : ポワロ、まて
* * *
不意に部屋の電気が切れて真っ暗になった。パソコンの電源まで落ちたせいで、今までチャットルームを表示していたディスプレイまで黒くなっている。扉の外から悲鳴が聞こえた。
「くそ」
ドイルと一緒に作ったこの作戦もこうなっては失敗だ。今回のターゲット――クリスティに感づかれたと考えて間違いない。
手探りで扉までたどり着き、扉を勢いよく開ける。同時に隣の部屋から誰かが飛び出してくる。身構えるが、それがポワロであることに気づいて俺は肩の力を少し抜いた。
「大丈夫か」
「ああ」
「よし、じゃあ一階に」
ヘイスティングズとワトスンは一階にいるはずだった。真っ暗な中を二人で慎重に、だができる限り急いで階段を駆け下り、一階のリビングに飛び込む。
「・・・・・・」
誰も、いない。
そんなはずは・・・。
不意にポワロがくぐもった悲鳴を出した。その声に振り返った俺は、今回のターゲット――クリスティが怒りに燃えた目と視線を合わせることになった。
「何やってるの・・・あんたたち」
* * *
「何やってるの・・・あんたたち!」
完全な失敗だ。俺はため息をついて返事をした。
「何でもないよ――母さん」
コードネーム“クリスティ―”、田中和代――すなわち俺の母親は、カンカンになって怒っている。
「何でもないはずないでしょ!ごはんよって呼んでるのにだれも出てこないわ、裕美も隆裕も部屋に鍵かけてでてこないわ、おまけに停電するわ――」
昔から母さんは夕飯に誰かが遅刻することを許さなかった。特にその傾向は半年前に父さんが単身赴任で家を出てから強くなった。だれか一人でも遅れればそれだけで不機嫌になるのに、そろいもそろって俺たちが部屋から出てこなかったのだから、まあ仕方がない。
「納得のいく説明をしなさい!兄妹四人そろって今度は何をやろうとしたの!」
「落ち着いてよ、母さん」
湯気が出そうなほど怒っている母さんの隣ではハンドルネーム“ポワロ”――次男である裕司が小さくなっている。もちろんこの停電の仕業がこいつの仕業だからなのだが。そしてその奥からはがっくり肩を落としてリビングに入ってくるワトスンとヘイスティングズ――俺の双子の妹の裕美と、末っ子の隆裕が見えた。
「とりあえず、電気をつけなさいよ!」
「・・・裕司」
「うん」
裕司が手元のリモコンのスイッチを押すと、ブレーカーが音を立てて入り、一気に明るくなった。まったく、大した機械馬鹿だ。中学で理科部に入っているだけのことはある。
「で?」
母さんがじろっと俺を睨む。とっさに裕美を見て助けを求めたが、裕美は勝気そうな瞳をさっとそらして逃げた。仕方がない。俺は母さんと目を合わせないようにしながら答えた。
「・・・お祝い、しようと思って」
「・・・え?」
「今日、誕生日だろ。・・・母さんの」
そう、今日十月十七日は母さんの誕生日。夕ご飯の前に停電騒ぎを起こし、家の中を真っ暗にする。何も見えない母さんを食卓に誘導し、電気がつくとそこにはバースデーケーキが!というのが作戦だった。そしてこの作戦のそもそもの言いだしっぺが――
「おーい、裕?どうなったんだー?」
のんきな声を上げながらリビングに入ってきたドイル――父さんに、母さんは目をむいた。
「あなた・・・!どうしてここに?今週末は帰れないって・・・!」
「嘘だ」
さらりとそう言い訳して父さんは俺たち兄妹四人を見渡した。計画ではバースデーケーキの登場と同時に、単身赴任でいないはずの父親が登場して大団円。の予定だったが、
「失敗かあ。まったくお前ら、もうちょっとうまくやれよなあ」
「父さんの連絡が遅れたせいじゃないの!」
「そう怒るな、裕美。これでもタクシー飛ばして帰ってきたんだぞ」
「あんたもグルだったわけね・・・」
もはや怒る気力もない、と言わんばかりに脱力しきった母さんがつぶやく。そう、そもそもこの計画は、発案者も父さんなら、母さんに気付かれないで話し合うためチャットルームを用意したのも父さん。グルというよりは、首謀者といったほうがいい。
「まあまあ和代、そういじけるな。ほら、これ」
母さんに手渡されたのは真っ赤なバラの花束。
「・・・どうしたのこれ」
「買ってきた。愛妻のためにな」
恥ずかしげもなく言うのが憎らしい。
「・・・・・・・ありが、とう」
「すごい、大きいね」
隆裕も目を見開いてはしゃいでいる。
「年の数だけ買ってきたんだろ」
幸いにして、裕司のつぶやきは感激している母さんの耳には届かなかったらしい。
「全く、あんたたちったら・・・」
こころなしか目がうるんで見えるのは気のせいだろうか。
「ほら、和代、感動にはちと早いぞ。ほら、隆裕、ケーキ持ってこい」
「もう持ってきたよ。よっ・・・と」
隆裕が食卓の上において箱を開けたケーキを見て、母さんは今度こそ声を無くしたようだった。
巨大なモンブランのホールケーキ。バースデーケーキにモンブラン、しかも六人分のホールという無茶を言ったのだが、幸い近所のケーキ屋の親父さんは手を抜かずに全力投球してくれたようだった。無理だったらどうしようと考えていたが、十月生まれの母さんの好物である栗を主役にしたケーキは、見るからに美味しそうだった。
「ほら、母さん座って」
俺は茫然としている母さんを無理やり椅子に座らせてから、ポケットから取り出したライターでケーキの上のローソクに火をつけた。二年前、似たようなサプライズをやろうとして早く火をつけすぎてしまい、ローソクの蝋が溶けてひどいことになった。
「よし、それじゃ」
俺は全員に目配せした。俺の後ろで固まっていた五人が、一斉にわらわらと動いて母さんを取り囲んだ。
「え、え、今度はなあに?」
嬉しそうに、しかし若干不安そうに俺たちを見まわす母さんを、俺たちはにやにやしながら見下ろす。そして俺たちがポケットから取り出したものを見て、母さんの目が大きく開かれた。
――ドイルを最終ポイントまで誘導後、全員による一斉射撃にて状況終了。
作戦を思い出しながら、俺は右手に持ったクラッカーのひもを引く。派手な音を立てて、五人の手から紙吹雪が飛び出した。その音に負けないように、俺たちは大声で声を合わせて叫んだ。
「ハッピーバースデー、母さん!」