5 初めてのぼうけん、とその前に
(最初に冒険者ギルドに行ってよかった)
ジンは心からそう思った。
魔法や魔物など、戦闘に関してはEWOと共通する部分が大半を占めていたために、その他の面でもあまり変化はないだろうと思っていたのだが、実際には想像以上の違いがあった。
最も重要な事実はもちろん、この世界では希望する職業への転職方法が知られていないこと。
EWOでの職業取得および変更は、村や拠点ごとに必ず存在する女神像を“しらべる”ことで実行できた。ストーリー上は、職業を司る女神様のお力を借りて様々な力を宿してもらう、というものだった。
同じ力を教会が持っている可能性もあるが、他者に職業を強制的に授けるとなると、どうにも違う気がしてならない。
(であれば、俺が持っている知識は全く使えないか、価値ある知識としてほぼ独占状態にある、のどちらかだな)
ジンが持つ知識とは、EWOにおける通常の転職手順から外れた例外的な職業の取得方法。
つまり教会で授けてもらうわけでもなく、女神像をしらべるわけでもない、無職からの脱出方法。
加えて派生職や隠し職を含む、すべての職業の解放条件。
……もちろんこの世界でも使えれば、の話だが。
(だが仮にこの知識が使えるものだとしたら、人前で振るうのにはいくつもリスクがある)
未知の情報、未知のモノが人をどれほど引きつけるかは、生粋のコレクターであるジンがよく知っている。
故に未知を知る人間には、その知識を得ようとする人間が集まる。良くも悪くも、だ。
そして、その中には悪意を持つ人間も少なくない。
(今、この世界の常識すら知らない段階で知識をひけらかすのはリスクが大きすぎるか……冒険者制度、命の波動、グリム、それにEWOに存在しない魔物素材……職業を決める以前に確かめられることから、1つずつ確かめないとな)
ジンはギルドを出てまずは重さの単位、グリムの確認をすることにした。ギルドの扉近くに看板があり、裏手に井戸があると書いてあった。
ギルド併設の井戸には誰もいなかったが、水場特有のひんやりした空気が漂っている。
こういう昔ながらの井戸は初めて触ったのだが、桶を井戸の中へ落とし、水を汲んでロープを引き上げるだけなので、重かったが苦労はしなかった。早速水をコップに入れて、持ち上げてみる。
そして水を数口で飲み干した。冷たいだけでなくミネラルウォーターに近い風味もあり、今まで飲んだ水の中では一番美味かった。
(うーん、正確には分からないが、1グリム=1グラムと考えていいかもしれないな。名前も似ているし覚えやすいな)
そう思い、コップを返却場所へ戻した。
ジンは井戸を後にして、次に鍛冶屋を探すことにした。この先の職業取得のためにはほとんどの場合で武器が必須であり、相場を知れば金を稼ぐモチベーションにもつながると考えたためだ。
鍛冶屋はすぐに見つかった。
というか冒険者ギルドの隣にあった。
ショーウィンドウはなかったため、早速店に入る。店内には何人かの冒険者が棚の武器や防具と、その値段を見比べながら品定めをしているようだった。
奥に工房も設置しているようで、カンカンと金属を叩く小気味よい音も響いてくる。
ジンは鉄と油、革、それに削り出した木の匂いを深く吸い込み、冒険者たちと同じように商品を見始めた。
(EWOとは質感が違うからかすごく映える。本物の剣だから当然なんだが……って1万クルス!? EWOの数十倍はあるぞ! というかこの剣、素人目でわかるくらい質が悪い……)
ジンが手に取ったのは、「どれでも1万クルス」と書かれた樽に入った剣。
日本人の彼が本物の剣を見るのはこれが初めてなのだが、鞘から抜いてみた剣は、刃こぼれこそないが刃の形が変にうねっている。これでは敵を綺麗に切れないであろうことは容易に想像できた。
それ以外にも店内を物色してみるが、樽売りではなく個別に並べられた、まともな武器は5万クルス以上。鎧に至っては革製で5万クルス、鉄製で10万クルスもザラだった。
(実際に命を懸ける以上、EWOより高くなることは想定していたが、これはいかんせん高すぎる。他の新人冒険者はいったいどうやって武器を得ているっていうんだ……?)
ジンは頭痛を感じながらも、手ぶらで鍛冶屋を後にせざるを得なかった。
インベントリという便利な機能がない今、魔物素材の収納用に何かしらの袋が欲しい。
そう考えたジンは次に雑貨屋を訪れた。
冒険者ギルドから少し離れた店であるが、所狭しと商品が並んでいる。鍋をはじめとした調理器具、スコップや植物の種などの園芸用品、カウンターの近くにはメモ帳のようなものも置いてある。
「いらっしゃい」
とカウンターに立つ小太りのおばちゃんが挨拶してくれた。
「300クルスで買える袋で、一番大きいものはどれだ?」
「そしたらあの辺にある麻袋とかいいんじゃないかい?」
とおばちゃんはジンの左側を指さす。指さした先は壁であり、彼女が言うように麻袋がいくつもぶら下げられていた。
種類は色々とあるが、口を縛るだけでなく、背負いやすいようにするためか左右に紐のあるものが並んでいたためそれを選んだ。
「毎度、300クルスね。麻袋が入り用ってことはお兄ちゃんこれから魔物討伐? 石プレートだし武器も持ってないってことは荷物持ちかなにかかい?」
とネームタグと装備を見ながらおばちゃんは聞いてきた。
「いや、そうではなく……一人で討伐に出かけます。剣を買うお金も無くて」
ジンはあえて冒険者ではあまりやらない方がいいとされる敬語で答えた。敬意をもって接した方がいいと、おばちゃんの顔を見て感じたからだ。
「おやまあ苦労してるんだね……よし分かった。うちじゃ武器や防具は売ってないからね。その麻袋くらい持っていきな」
「いいんですか!?」
「おうともさ。その代わり、武器も買って儲かったらまた何か買いに来ておくれ」
「また買いに来ます、約束します」
「ぜひ頼むよ」
そう言うとおばちゃんは麻袋をそのまま差し出してきた。
貰ったのはたった300クルスの麻袋だったが、ジンにはそれ以上の価値があるように思えた。
(武器以外の準備はこれで大丈夫かな。あとはMPの自動回復だが、日が少し傾いていることを考えればスライムと戦ってからかなり経っている。試しにスライム1体に対して魔法を使えば問題ないだろう)
EWOにおけるMPの自動回復は、スキルや装備による補正がなければ、非戦闘状態でゲーム内時間が3時間経過すると満タンになる仕様だった。
同じ法則が適用されるなら問題はないはずだ。万一初手で魔法が発動しなかった時は逃げることも視野に入れている。
(当面の課題は、俺の最初の職業をどうするかだ)
『最初の職業系統で上級職に到達することが、別の職業になるための必須条件』という縛りが有効であれば、今後の方針に大きく関わるだけでなく、短期的な問題もある。
武器が得られない今、近接戦闘の職業でのソロプレイでは継戦能力に難がある。
というのも、他に無職の知り合いを作らないと検証できないとはいえ、EWOとシステムが同じなら剣士、 戦士、盗賊は無職で得た魔法が使えなくなるのだ。
特に、プチヒールが使えなくなるのが痛い。
かといって魔法使い、僧侶、弓使いでソロプレイもまた難しい。
これらは近接戦闘にマイナス補正が入るため、敵に近づかれるだけで一気に不利になる。特に魔法使いはMPの枯渇が有効な攻撃方法の枯渇となり、死に直結してしまうからだ。
この中で最もマシなのは、近接戦闘にマイナス補正が入るとはいえ、回復手段のある僧侶だろうか。
(これがEWOだったら、弱いなりにも初期武器がある上に、数回クエストをこなすだけで新しい武器を得ることができたものを)
しかしながら、基本職を得るための裏技の実行には、ひとまず無職のレベルを最大の10に上げなくてはならない。
武器を得るのはそれからでもいいだろう。
最悪レベルが上がらなくても、10カ月後には何かしらの職業が貰えるわけだ。まずはいのちをだいじに、の方針でいこうとジンは決意した。




