表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
71/115

2/リィンヤン -7 リィンヤンの夜

 ──体が痛い。


 全身の筋肉を徹底的に痛めつけられたのがわかる。

 幾分か中身のこぼれた水瓶を背負い、ふらふらになりながら教会へと戻った俺を待ち受けていたのは、さらなる筋トレ地獄だった。

 ヤーエルヘルを背中に乗せての腕立て伏せは、さすがに無理があるだろ。


「ふー……」


 夜風が心地良い。

 痛みと火照りで眠れず、思わず外へ出てきてしまったが、悪くない。

 杭に腰掛けながら、眠る騎竜の鼻頭を撫でる。

 大人しいものだ。

 明日には、リィンヤンの預かり所に、一時的に引き取ってもらう手筈になっている。

 いつまでも教会の前に停留していては、さすがに邪魔になるものな。

 しばし僅かに欠けた巨大な月を見上げていると、


「──か、かたな?」


 教会の扉が遠慮がちに開き、見慣れた顔が覗いた。


「プル」


「そ、……外へ行く、のが、見えたから」


「そっか」


 思わず口元を綻ばせる。


「ね、……眠れない、の?」


「今日いじめた筋肉が、痛いわ熱いわでな……」


「……、ち、治癒術、だめなんだね。もともと疲労には、効果は薄かったけど」


「今の時点でこれなんだから、明日の朝がマジで怖い」


「──…………」


 プルが、悲しげに目を伏せた。


「……ご、ごめんなさい。わ、わたし、治癒術しかできない、……のに。それすら、できなくなっちゃった……」


「治癒術、……しか?」


 呆れを通り越して、いっそ軽い怒りすら湧いてくる。


「何言ってんだ、お前は」


「え……」


「料理一つ取ってもそうだ。故郷から遠く離れてしまった俺のために、豆醤を使ったレシピを考えて、実際に作ってくれた。俺がどれだけ救われたか、わかるか?」


「……!」


「俺、気付いてるからな。夕食に出てきたパン、プルが作ったやつだって」


「わ、わかるの……?」


「いや、わかるだろ。他の料理はそつなく美味いのに、パンだけ明らかに作り慣れてないんだから。操術じゃなくて手でこねたから、勝手が違ったんだろうってさ」


 炎術による炎は長続きしない。

 通常の調理であれば問題はないが、パンのように長時間火を通す場合には、ネルの屋敷にあるような石窯が必要になってくる。

 そのため、魔力マナを封じられているプルでもパンを焼くことができたのだろう。


「や、ヤーエルヘルも手伝ってくれ、……た」


「そうか」


 他のすべての料理より、プルとヤーエルヘルの焼いたパンのほうが、俺は好きだった。

 作ってくれたネルには申し訳ないが、そう思ってしまった。


「──プルは、いつだって、俺たちを支えてくれている。プルの傍が俺たちの帰る場所なんだって、そう思わせてくれる。お前の治癒術は確かにすごいさ。でも、それは、お前を構成してる要素の一つに過ぎない。お前がお前であるだけで、俺たちは頑張れるんだよ」


「──…………」


 はらり、と。

 プルの両目から、涙の粒がこぼれた。

 無意識にか、俺のほうへ歩み寄ろうとして、


「あ──」


 当たり前のように足を滑らせ、体勢を崩す。


「ば……ッ!」


 慌てて一歩を踏み出し、プルを抱き留める。

 全身の筋肉がギリギリと痛むが、知ったことか。

 今だけは無視する。


「気を付けろって、だから……」


「──…………」


「プル?」


 プルは、俺に抱き締められたまま動かない。

 涙を俺の胸元に染み込ませながら、プルが言う。


「……かたな、あつい」


「炎症、起こしてるからな……」


 相手がプルとは言え、こうして密着していると、さすがに緊張してしまう。


「わ、……わたし、ね。気付いてた」


「何にだ?」


「……かたなが、傷ついてること」


「──…………」


「旅人狩りの、人たち、……殺しちゃったこと。後悔してるの、知ってた」


「はは……」


 プルに隠し事はできないな。


「……そんな、かたなに頼りきりで。なにかしてあげたいなって思って。でも、魔術を封じられたから、治癒術すら使えなくて。ずっと、……つらかった」


「……そうだな」


 気持ちは痛いほどわかる。

 何かをしてもらったとき、何も返せない自分に気付くと、これ以上ないくらいの無力感に苛まれる。

 俺は、プルを抱き締める腕に力を込めた。


「もし、皆を助け出すことができたらさ」


「……うん」


「ご褒美として、ほっぺたにキスの一発でもかましてくれよ」


「え!」


 冗談めかした俺の言葉に、プルが驚く。


「そんくらいはしてもらってもいいと思うんだよなー」


「そ、……そんなので、いいの?」


「いいんだよ。男なんてアホなんだから、ニンジン目の前にぶら下げときゃどこまでだって走るもんだ」


「……ふ、ふへへ。……そっか」


 腕の中のプルが、俺を見上げる。


「な、なら、ほっぺたにね。キス、するね」


「おう!」


 俄然やる気が出てきたぞ。

 マジで単純だな、男。

 と言うか、俺。


「ヘレジナにも同じこと言っとけば、あいつもプルバカだから走るぞ」


「へ、ヘレジナ……」


 プルが、わずかに首をかしげる。


「かたな。ヘレジナと、な、何かあった?」


「何かって?」


「はげました、の、かなって……」


「ああ。ヘレジナも気落ちしてたからさ。泉で休憩してるときに慰めてやったんだよ」


「そ、……そっか」


 何事か思案し、プルが口を開く。


「……ロウ・カーナンで、ヘレジナの機嫌が悪かったことあったの、お、覚えてる?」


「あー」


 理不尽に尻を蹴り飛ばされた記憶がかすかにある。


「プルに聞いたけど、秘密って言って教えてくれなかったやつな」


「へ、ヘレジナは、言ってほしくないのかなって、あのときは思って……」


「今はいいのか」


「う、うん……」


 プルが苦笑し、言葉を継ぐ。


「あれね。わ、わたしとヤーエルヘルの頭は撫でてるのに、ヘレジナのことは撫でなかったから、す、拗ねてたんだと思う」


「……マジで?」


「た、た、たぶん……」


 おい二十八歳。


「──…………」


 だが、心当たりはある。

 今日も、頭を撫でてやったあとは、満足そうな顔をしていたしな。


「……ほ、ほんとはね。ヘレジナも甘えたい、ん、だと、……思う。大きなものに寄り添って、褒めてほしい。認めてほしい。で、でも、ルインラインはそれを許さなかった。甘やかしてはくれなかった。だから、無意識に、かたなにそれを求めてるんだと、思う。……普段は自制してるけど、自分の欲しいものを与えられてるわたしとヤーエルヘルを見て、う、羨ましく、なっちゃったんじゃない、……かな」


「……なるほどな」


 聞けば聞くほどヘレジナらしい。

 ヘレジナの家庭環境までは聞いていないが、愛情に飢えているのかもしれなかった。


「まったく、手の掛かるやつめ。事あるごとにからかいながら頭撫でてやろうかな」


「か、からかうのは、しなくていい気が……」


 とは言え、茶化さないと変な雰囲気になってしまうしな。


「みんなの形無お兄さんとして、俺も頑張るかあ」


「お、お兄さん……」


「おじさんとか言うなよ。けっこうデリケートな年齢だぞ」


「い、言わない、よー……」


 プルが苦笑する。


「ほら、いい加減しゃんと立て」


 抱き締めていたプルの体を離す。


「あ、……あの、ね?」


「うん?」


「か、……かたなも、甘えたくなったら、言ってね。お、お兄さんだって、そういうとき、あると思うから……」


「──…………」


 優しい子だ。


「なら、ちょっと甘えちまおうかな」


「う、……うん!」


 プルが、手入れされている芝生に腰を下ろし、自分のふとももをぽんぽんと叩いてみせる。

 膝枕だ。

 俺がプルの膝枕を気に入っていること、しっかりバレているらしい。


「──よっ、と」


 プルのふとももに頭を乗せる。

 ふにふにとした生足の感覚が心地よい。


「ふへ、……へ」


 プルが、そっと、俺の頭を撫でてくれる。


「……そう、だよね。……誰も、殺したくなんて、なかった、……よね」


「──…………」


「それ、でも。かたなは、選んでくれた。罪を背負い、わたしたちを助ける道を選択してくれた……」


「……ああ」


「……ありがとう、かたな。ほんとに、……ありがとう」


 ──そうだ。

 俺は、俺を肯定してほしかったんだ。

 俺の罪を。

 間違いなんかじゃない、と。


「……はは。まあ、頭に血がのぼって、それどころじゃなかったのもあるけどな」


「かたな」


 プルが、俺の目元に右手をかぶせる。

 手のひらが視界を遮り、何も見えなくなる。


「……わたしも、背負うよ。あなたの罪を」


「──…………」


「いつか、また、誰かを殺さなければならない時が来るかもしれない。そのときは、思い出して。わたしがいるから。あなたと罪を半分こして、一緒に、どこまで歩いていくから」


「──…………」


「……それなら、すこしは荷物が軽くなる、……よね?」


 嗚呼。

 涙が溢れてくる。

 プルは、知っていた。

 わかっていた。

 だから、俺の目を隠して、涙を見ないようにしてくれたのだ。


 本当に、敵わない。

 一生頭が上がらない気すらする。

 俺は、プルの気遣いを無駄にしないために、なるべくしゃくり上げないようにして、静かに泣き続けた。

 ヘレジナに慰めが必要だったように、俺は赦してほしかったんだ。

 誰かに、赦してほしかったんだ。


「──プル」


 溜まっていた涙をすべて洗い流したあと、俺は言った。


「うん」


「必ず、助ける」


「……うん」


 プルが、言った。

 それは、俺のことを信頼しきった声音だった。


「ほっぺにちゅー、す、素振りしておくね」


 素振りってなんだ。

 部屋でほっぺにちゅーの練習をしているプルを想像して、思わず吹き出してしまう。


「はははっ!」


「……ふふ、ふへへ」


 頑張ろう。

 この子たちは、不幸になってはいけない。

 俺のすべてを賭けて、救い出そう。

 そう、素直に思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ