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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
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2/ロウ・カーナン -7 炎の神剣

 プルとヤーエルヘルが、受付の女性を連れて出入口へと向かう。

 プルが途中で転び、薄い水色のパンツを公開していたが、のんきに観察している暇はない。

 ここで食い止めねば、ロウ・カーナンの人々に被害が出る。


「ヘレジナ、何か手は!」


「ちょおッ、ま、待ってくれ! 蟲が……!」


 ヘレジナが、不格好なタップダンスを踊りながら、襲い来る蟲を次々と避けていく。

 肝心のヘレジナが当てにならないとなれば、仕方がない。


「──…………」


 集中。

 集中だ。

 腕を這う蟲を意識の外へ追いやる。

 発達した顎で皮膚を噛み千切られる痛みを無視する。

 蟲に煙る空間に身を置いている恐怖を克服する。

 やがて世界が晴れ上がり、すべての蟲の羽ばたきの回数すら把握できるようになる。


 緩やかな時の中で、

 ゆっくりと、

 ゆっくりと、

 眼前を横切る蟲の魔獣の一体を、居合いの要領で両断した。


 一閃、二閃、三閃、四閃──


 舞うように刃を走らせる。


 八閃、十六閃、三十二閃、六十四閃──


 神剣の一振りごとに、二、三体の蟲を斬り潰す。

 だが、それも雀の涙だ。

 蟲の魔獣は、一向に減らない。

 ジリ貧だ。


「ヘレジナ! おい、ヘレジナ! 早いとこ冷静に──」


「やあ!」


 ヘレジナが、自分のスカートを押さえつける。


「む、むし! むし、スカートにはいったあ……!」


 キャラが崩壊している。

 もう涙目だった。


「ああ、もう! 後から文句言うなよ!」


 俺は、十メートルの距離を三歩で詰めると、ヘレジナの前で膝をつき、躊躇なくスカートをまくり上げた。


「──!?」


 下着がまる見えになる。

 プル以外のパンツを見るのは新鮮だが、気にしてはいられない。

 俺は、ヘレジナの内ももを這っていた蟲の魔獣を手掴みにすると、宙に放り投げ、神剣の一振りで唐竹割りにした。


「ヘレジナ、火法でも炎術でもいい! あれをやる!」


「──……へ、」


 顔を真っ赤に染め、目尻に涙を浮かべたヘレジナが、思い切り叫んだ。


「へッ、へ、へんた────いッ!」


 それはないんじゃないですかね。

 ヘレジナが伸ばした両腕の先から、火法の炎が溢れ出す。



 そして、

 俺は、

 放たれた炎を、

 神剣で真っ二つに断ち割った。



 まばたきのうちに、折れた神剣が火法の炎を纏う。

 失われたはずの刃先が、炎によって形作られる。


 炎の神剣。

 ルインラインが使っていたものだ。


「よし……ッ!」


 炎の神剣を振るう。

 刃先から溢れ出た炎が、蟲の魔獣を焼灼する。

 炎が剣の軌跡を描き、その残像すらも魔獣を焼き殺すに十分だった。

 だが、炎の神剣を以てすら、この数では切りがない。


「──ッ!」


 ふと妙案が浮かび、俺は駆け出した。

 ホールの内周に沿って、走る。

 ホールをぐるりと一周したころ、神剣の明かりに釣られてか、ほとんどの蟲がこちらへ向けて飛んできていた。

 さらに半周、十分に引きつけたのちに切り返し、壁に向かって全速力で駆ける。


 ──跳躍。


 一歩、


 二歩、


 三歩──


 垂直の壁を駆け上がる。


 地上五メートルの高さで壁を蹴り、宙に舞う。

 そして、蟲の魔獣の大群の真上から、地面へ向けて真っ逆さまに落ちていった。


 密度が高すぎて床すら見えない蟲の群れ。

 だが、それは、蟲の魔獣が一ヶ所に集まっていることの証左でもある。

 俺は、炎の神剣を大きく振りかぶると、(くう)を斬った。


 炎が疾る。


 剣速と比例し勢いを増した業火が、まとまっていた飛んでいた蟲の魔獣のほとんどを、一瞬で焼き尽くした。


「──だッ!」


 体をひねり、尻から着地する。

 猫のようには上手くいかないものだ。

 尻をさすりながら立ち上がると、仕留めきれなかった蟲の魔獣の群れが、小城の外へと逃げていくのが見えた。

 一匹一匹はさほど強くない。

 大群でなければ、そうそう悪さもできないだろう。


 呼吸を整えていると、神剣から炎が掻き消えた。

 神剣に炎を纏わせるためには、必ずしも、自分で火法を使う必要はない。

 だが、その場合、ほんの二十秒足らずで炎が尽きてしまう。

 使いどころの難しい武器だった。


「──か、かたな!」


「ヘレジナさん!」


 小城の出入口からこちらを覗いていたプルとヤーエルヘルが、心配そうに駆け寄ってくる。


「二人とも、怪我は?」


「ないでし!」


「お、おかげさま、で。ふへ」


「よし」


「……か、かたな。あちこち血が出て、る。噛まれたのかな……」


「それどころじゃなかったからな。……思い出したら痛くなってきた」


「ち、治癒術、かけまっす……」


「ありがとう」


 ホールの壁に背を預け、床に腰を下ろす。

 プルの治療を受けていると、いまだに頬の赤みが抜けていないヘレジナが、躊躇いがちにこちらへと歩み寄ってきた。


「あー……」


 思わず目を逸らす。


「悪い、ヘレジナ。他に方法が思いつかなかった」


「いや、いいのだ。カタナは素晴らしい働きをしてくれた。私が憎むべきは、自らの未熟だ。私は心が弱い。たかだか蟲程度で冷静さを欠くとは、自分で自分が恥ずかしい……」


 以前、流転の森で、巨大なムカデを銀琴で真っ二つにしていたことがあったから、単純に虫が苦手というわけではないのだろう。

 実のところ、ヘレジナの気持ちはわかる。

 とてもわかる。


「……まあ、パニックになるのも当然だ。俺だって鳥肌立たせながら戦ってたからな」


 はっきり言って、二度は相手にしたくない。


「だが、カタナは動けた。私は動けなかった……」


 俺の治療をあらかた終え、プルが立ち上がる。

 ルルダンの屋敷で見せた、あの凜とした表情だ。


「ヘレジナ=エーデルマン」


「は」


 ヘレジナが反射的に片膝をつく。

 無関係な俺ですらひざまずくべきだと錯覚するような、そんな問答無用な声音だった。


「一度の失敗が死を招く。一瞬の逡巡が仲間を危険に晒す。それは、わかっていますね」


「……はい」


「ですが」


 プルが、その顔にそっと微笑みを湛える。


「失敗しなかった他の場面での活躍は、報われて然るべき。評価されて然るべきだとわたしは思います」


「──…………」


「ヘレジナ、いつもありがとう。だから、そんなに自分を責めないで」


 ヘレジナが、軽く目元を拭う。


「……も、もったいない、お言葉です」


 プルの雰囲気が元に戻る。


「そ、そういうときは、ありがとうって、言う……」


「ありがとう、ございます……!」


「ふへ」


 ヘレジナは主に恵まれたし、プルは従者に恵まれた。

 ふたりは、眩いほどの絆で繋がっている。


「──…………」


 痒くもない後頭部を掻きむしりながら、目を閉じる。

 こんなシーンを見せられてしまっては、いくらひねくれた俺だって、胸が熱くなってしまうじゃないか。


「──べつにいいんだぜ、ヘレジナ。俺がお前に追いつけば、それで万事解決だ。そうだろ?」


「まったく……」


 ヘレジナが苦笑する。


「随分と不遜なことを言う。私とて、いつまでも奇跡級中位に甘んじるつもりはない。お前が成長する以上の速度で私は前へと進むつもりだぞ」


「お前に頑張られたら、いつまでも追いつけないだろ……」


「男ならば、それでも追いつき追い越してみせるがいい。期待しているぞ」


「あちしも頑張りまし!」


「わ、わ、わたしも、……がんばる!」


 向上心の強いパーティだ。

 そんな会話を交わしていると、受付の女性が門の外から小城を恐る恐る覗き込んでいるのに気が付いた。


「もう大丈夫だ。あらかた殺した。すこし逃したけど、外の冒険者が勝手に倒してくれるだろ」


「……あの量を、この短時間で……?」


 受付の女性が、目を見張りながら、ホールを見渡す。

 蟲の魔獣の死体が溶け、タール状の粘液となって床を汚していた。


「これは、掃除が大変そうね……」


「ギルドに依頼でも出してはどうだ? 人手が必要だろう」


「あなたたち、受けてくれる?」


「悪いな。俺たちには時間がない」


「──ともあれ」


 受付の女性がホールに足を踏み入れる。


「これで、道を塞ぐ魔獣はいなくなった。今なら枝道まで行けるかも。一攫千金を狙うなら、他の冒険者たちが気付く前に潜ったほうがいいと思うわ」


「で、でも、地図が……」


「待ってて」


 受付の女性がホールの奥へと向かい、数分ほどで戻ってくる。


「これ、五年以上前のだけど、迷宮の地図。枝道への分岐にしるしをつけておいたから、参考にして」


「いいのか?」


「助けてくれたお礼。ついでに、魔獣を倒したことは、しばらく隠しておいてあげる。〈扉〉から魔獣を溢れさせたなんて知られたら、私の責任問題にもなるし」


〈扉〉の前でもたもた作戦会議をしていた俺たちのせいでもあるんだけどな。


「……この汚れ、どう言い訳するんでし?」


「とぼけるしかないわね」


 それで済むならそれでいいんだが。


「地図、サンキューな。朗報待ってろよ」


「ええ」


 受付の女性が、右手の甲をこちらへ向け、一礼する。


「──あなたたちの旅路に、サザスラーヤの導きがあらんことを」


 サザスラーヤ。

 たしか、エル=タナエルの生み出した陪神の一柱だ。

 ラーイウラではサザスラーヤ信仰が盛んなのかもしれない。


「……さーて、行くか」


「う、うん!」


「ああ」


「はい!」


 俺たちは、〈扉〉の下の階段へと足を踏み入れた。

 果たして何が待っているのか。

 不安と期待を等分に抱きながら。

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