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3/地竜窟 -4 君が眩しく見えたから

【黄】プルを抱き上げる


【白】踵を返し、逃げる


【青】指輪を投げつける




 青枠!

 選択肢を吟味する余裕はない。

 俺は、ナクルに貰った指輪をポケットから取り出すと、ルインラインへ向けて遮二無二投げつけた。


「む」


 灯術の術式とナクルの魔力マナが込められた魔術具の指輪。

 ルインラインが、それを、反射的に叩き斬る。



 ──カッ!



 一瞬の閃光が、視界のすべてを白く塗り潰す。

 まるで、音のないスタングレネードだ。

 涙の滲む目を閉じて、手探りでプルの体に触れる。


「わ、わ! へ、へんなとこ!」


「舌噛むぞッ!」


 なんとかプルをお姫さま抱っこし、きびすを返す。

 何も見えない。

 だが、些細な問題だ。


「──[羅針盤]ッ! 俺を導け!」


 瞬間、選択肢が現れる。




【黄】右足を前に出す


【白】左足を前に出す




 左足を踏み出し、その場から駆け出す。




【黄】真っ直ぐ進む


【白】左に曲がる


【黄】右に曲がる




 来た道を必死に思い返しながら、俺は、速度を落とさずに走り続けた。

 数え切れないほどの選択肢の果て、ようやく目が慣れた頃に辿り着いたのは、ボロボロの赤絨毯が敷かれた大広間だった。


「──はッ、は、はあッ……!」


 プルを下ろし、スーツの上着を羽織らせる。

 そして、岩壁に背を預けたまま、ずるずるとその場に座り込んだ。


「ど、どうして……」


 プルが、ぽつりと呟くように言った。


「どうして、わ、わたしを、助けた……ですか」


「本気で聞いてるんなら、げんこつだぞ」


「ふぎゃ……」


「──…………」


 弾む吐息もそのままに、口を開く。


「……楽しかった。俺は、この旅路が楽しかったんだ。いつまでも、どこまでだって行きたかった。プルと、ヘレジナと、──まあ、ルインラインも」


「──…………」


「プルは、楽しくなかったか?」


「……たの、し、……かった」


「そうか」


 思わず笑みがこぼれる。


「──俺、な」


 プルの頭に手を乗せながら、言った。


「死のうと思ってたんだ」


「え……」


「具体的に自殺の手段を考えてたわけじゃない。ただ、漠然と死にたかった。ある日いきなり空から隕石が降ってきて、地球ごと滅べばいいってずっと思ってた」


「──…………」


「そんなとき、川で溺れてる女の子を見つけたんだ。川は、前日までの豪雨で増水してて、土色の濁流になってた。女の子は、何かの取っ掛かりに捕まって、必死に助けを求めていた。そんな可哀想な子供を見て、俺は思った」


「なん、……て?」


「──ああ、死ぬ言い訳を見つけた、ってな」


 プルが、悲しげに目を伏せる。


「知ってるか。服を着て川に飛び込んだら、まず間違いなく溺れるんだぞ。どんなに泳ぎが上手な人だって、服を着たまま泳ぐことは難しい。そんなことは知っていた。知っていて、俺は、スーツのまま川へ飛び込んだ」


「──…………」


「女の子を、なんとか助けて。川岸へ運んで。これが最期の善行だと思った。野次馬たちが差し伸べてくれた手を振り払って、俺は、そのまま力を抜いた。それからは、プルの知ってる通りだよ。な、カッコ悪いだろ?」


「そんなこと……!」


「カッコ悪いんだよ、俺は。あの子を助けることはできたかもしれない。でも、それは、死ぬための言い訳だ。自分の葬式で、いい人だったね──なんて一言が欲しかっただけなんだ。助けるのなら、死ぬべきじゃなかった。死ぬのなら、一人孤独に死ぬべきだった。俺は、あの女の子に、一生の負い目を作ったんだから」


「……あ、……うう……」


「──でも、お前は違う。お前は立ち向かった。ヘレジナを助けるために。最期は、この地竜窟で贄になるつもりだったのかもしれない。でも、あのときは、そんなこと頭から抜けてたはずだ。あそこで死ねば、贄になることすらできなかったんだから」


 目を閉じる。

 あのときのプルの姿が、今でも鮮明に思い出せる。


「腰の引けた俺を責めるでもなく、ただ、自分の力でヘレジナを助けようと前を向いた。それが、俺には、たまらなく眩しく見えたんだ」


「──…………」


 プルの両肩に手を置く。


「頼む、生きてくれ。一言でいい。生きたいんだって言ってくれ。そうしたら、俺は」


 俺は、必死に涙をこらえながら、その言葉を口にした。



「──お前を、きっと、助けてみせるから」



「……う、……あ……」


 プルの双眸から、雫が溢れ落ちる。


「あ、……ああ、……ああああああ……」


 そして、俺の胸に飛び込んだ。


「こ、……こわ、がった……! いやだった……! 死にたくなかった……! い、……生き、……生きて、いたいよう……!」


「……そっか」


 プルを抱き締め、背中をそっと撫でてやる。

 ありがとう、プル。

 あとは──


「あのわからず屋を、説得するだけだ」


 ──どさっ。


 米袋を投げ落とすかのような重い音に、思わずそちらを振り返る。


「わからず屋とは、儂のことかね」


 プルを抱き締めたまま、ゆっくりと立ち上がる。


「プル、明かりを頼む」


「は、はい……!」


 灯術の明かりが、大広間の全貌を露わにする。

 だが、そんなものはどうだってよかった。


「ヘレジナ……ッ!?」


 プルが、引き攣った声でヘレジナの名を叫ぶ。

 血まみれのヘレジナが、ルインラインの足元で、襤褸切れのように転がっていた。


「なあ、プルクト殿。贄となる前に、ヘレジナの傷を塞いでやってくれんか。血を流し過ぎた。このままだと、死んでしまうかもしれんのでな」


「……ッ!」


 プルが駆け出し、ヘレジナの前で膝をつく。


「ありがとう」


「──…………」


 ぎり、と。

 俺の奥歯が軋みを上げる。


「そんなに睨まんでくれ、カタナ殿。思っていたより強くなっておってな。加減ができなんだ」


「……二人から離れろ。プルだって、あんたが近くにいたら集中できないだろ」


「そうさな」


 ルインラインが、プルとヘレジナから大きく距離を取る。


「それで、プルクト殿はたらし込めたかね」


「──…………」


 本当に、いつも通りだ。

 なんの違和感も覚えさせないほど、シームレスに狂っている。


「悪いが、プルは殺させない」


「腕尽くで止めるかね?」


「わかってて言うのは嫌味だぜ」


「なに、試してみるぶんには構うまいさ。カタナ殿を殺すつもりはない。胸を借りるつもりで挑んでみてはいかがかな」


「……余裕だな」


「こちらには殺す理由がないのだよ。儂は、プルクト殿の〈遺言〉通り、カタナ殿とヘレジナをパレ・ハラドナへと送り届けねばならない。それが、死にゆくプルクト殿への、せめてものはなむけなのだ」


「──…………」


 考えろ。

 死ぬ気で言いくるめろ。

 ルインラインの自我の礎はなんだ。

 そう。

 それはきっと、陽の光の射さぬ世界で出会った、運命の──


「……エル=タナエル」


「む?」


「あんたはエル=タナエルの信徒だ。皇巫女の神託は決して外れない。それは、運命を司るエル=タナエルの言葉そのものだからだ」


「その通りだ。我が神は、皇巫女を通じてその意を伝える。その言葉に間違いはない。間違いなど、あるはずがない」


「……どうかな?」


「事実、そうなのだ。疑いの余地はない」


 無理矢理に口角を吊り上げ、ルインラインの双眸を見つめる。


「もちろんそうだろうさ。──ただし、その神託が本物だったなら」


「ほう」


 ルインラインが片眉を動かした。


「エル=タナエルの言葉に間違いはない。あんたはそう言った。だが、事実として間違っている部分があるだろ」


 神託の一言一句までを思い出し、口を開く。


「あんたは地竜じゃない。ただ、その血を引いているだけだ。仮にあんたに息子がいたとして、そいつはあくまでルインラインの息子だ。あんた自身じゃないだろ」


「──…………」


 ルインラインが口をつぐむ。


「おかしいとは思ってたんだ。神託は絶対に実現する。決して外れることはない。プルの爺さんが心臓発作で亡くなったようにな。だけど、どう考えたって妙だ。今回の神託は、何もしなければ絶対に外れたんだぜ。能動的に実現を目指す必要があるんなら、それは予言なんかじゃない。ただの指示だ」


「ふうむ……」


「神託を授かるとき、プルに意識はない。なら、付け入る隙はいくらだってあるだろ。神託の書かれた紙をすり替えられたのかもしれない。その場にいたやつらが全員で口裏を合わせたのかもしれない。そもそも神託を受けたこと自体が嘘で、プルは睡眠薬か何かで眠らされていただけなのかもしれない。この神託は、明らかに、地竜がお亡くなりになってることを知らない人間が作ってる。偽物の神託に従うほうが、エル=タナエルへの冒涜になるんじゃないか?」


 ぱち、ぱち、と。


「さすがカタナ殿、実に明晰だ。僅かな時間で、よくここまで考えをまとめたものだ。儂など、その可能性に行き着くまで数日を要したのでな」


「──…………」


 気付いてやがった。


「だが、さしたる意味はない。儂は、結局、謀略の証拠を見つけることができなかった。限りなく黒に近いが、それだけだ。神託が本物である可能性が僅かでもある以上、儂はこのように動く他ない」


 この方向でも、駄目か。

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