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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部五章 海洋国アーウェン
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2/エン・ミウラ島 -1 人歴1071年 夏の中節二十九日

「──……ん、う」


 西日に当たらないよう、木陰でプルに膝枕をされていたヤーエルヘルが、ゆっくりと目蓋を開いた。


「あちし……?」


 プルが、ヤーエルヘルの前髪を払う。


「お、おはよ、ヤーエルヘル。具合は、ど、……どう?」


「あ、はい。大丈夫でし。あちしはどうしたのでしょう……」


「遺跡の半輝石セルに、魔力マナを送りすぎたみたいなんだ。覚えてるか?」


 ヤーエルヘルが、小さく目を見開く。


「──そうだ。途中で止めようと思っても、魔力マナが吸われるみたいに動けなくて。気が付いたら、気を失ってて……」


 どうやら、強制力の働くものだったらしい。

 ヘレジナが、身を起こしたばかりのヤーエルヘルに視線の高さを合わせた。


「お前が気を失っているあいだに、とんでもないことになっておる」


「とんでもないこと、でしか?」


「ああ。まず、そうだな──」


 背後を振り返る。

 そこには、マナナの腕にぶら下がって遊んでいる女の子の姿があった。


「あの子は……?」


「聞いて驚くな。あの少女は、自らを、ナナイロ=ゼンネンブルクと名乗った」


「……へ?」


 ヤーエルヘルが、どんぐりまなこをまんまるにする。


「他にもわかったことが幾つかある。ヤーエルヘル。今年は人歴何年だ?」


「え、えと、1131年でしょうか……」


「そうだけど、そうじゃない。今日は、人歴1071年、夏の中節二十九日。俺たちのいた時代から、まるまる六十年巻き戻ってるらしい」


「──……???」


 ヤーエルヘルの頭上に、無数のハテナが浮かぶ。

 いきなり言われても、そうだよな。

 プルが、ヤーエルヘルの肩に手を置く。


「な、ナナイロは、ま、魔獣に襲われてた、……んだ。それで、ね。ま、町が、大丈夫じゃない、……って」


「大丈夫じゃ、ない……」


「状況から考えて、可能性は低くない。俺たちが、本当に時を遡った可能性。そして、俺たち自身が、六十年前の英雄──ワンダラスト・テイル当人だって可能性だ」


「あちしたちが……」


 ヤーエルヘルの表情に、徐々に理解と驚愕が浮かび始める。


「それと──」


 ヤーエルヘルの前に屈み、その左手首を指し示す。


「これが何か、わかるか?」


 そこには、黄金の腕時計の姿があった。


「……? なんでしょう、これ」


 ヤーエルヘルが、半球状の蓋を指先でカチリと押す。

 すると、磨き込まれた黄金の蓋が徐々に透けていき、その中身が露わになった。


「え──」


 そこにあったのは、四本の針だった。

 光を押し固めたかのような赤い針が宙に浮き、それぞれが反時計回りにゆっくりと回転している。

 あまりの奇妙さに絶句し、目を奪われる。

 異様だが、美しい光景だ。


「──お、やっと起きたなコノヤロウ!」


「わ」


 ナナイロの声に、ヤーエルヘルが反射的に腕時計を隠す。

 その行動を意にも介さず、ナナイロが帽子を取って頭を下げた。


「おれは、ナナイロ=ゼンネンブルク! よろしくな!」


「や、ヤーエルヘル=ヤガタニ、でし……」


「名前なげえ! 今日からヤー姉な!」


「は、はい……」


 ヤーエルヘルが、目を白黒させながら、尋ねる。


「……その。ナナさん、なのでしか……?」


「?」


 ナナイロが、不思議そうに大きく首をかしげる。


「おれはおれだぞ。ナナイロだぞ」


「──…………」


 ヤーエルヘルは、言葉もない。

 当然だろう。

 目の前の少女が六十年前の師だと言われて、戸惑わない人間は恐らくいない。


「ははっ! ヤー姉はへんなやつだなー!」


 マナナが、ナナイロの頭を、痛くないようにこつんと叩く。


「こーら、ナナイロ。初対面で失礼でしょうに」


「はーい」


 さすがだ。

 マナナは子供の扱いに慣れている。


「ヤーエルヘルも起きたし、いったん町に戻ろう。歩きながらでいいから、現在の状況を教えてくれないか」


「おーけーだぜ、カタナ兄!」


 ナナイロが、ビシッと親指を立てる。

 本当に元気な子だ。

 町へと通ずる獣道を辿りながら、ナナイロが事情を話す。


「まず、そーだな。一年くらい前から、島に魔獣が出始めたんだって。んで、おっちゃんやらにーちゃんやらが北の入り江に討伐に行ったんだけど、戻ってこなくてさ。それを何度も繰り返してたら、島に男がぜーんぜんいなくなっちまったんだと」


「──…………」


 聞き覚えがある。


「そのうち、黒ずくめの海賊やらなんにゃらが出てきて、今度は女のひとまでさらい始めたんだ。残ったのは、おれたちみてーな子供と、うまく隠れた大人だけ。やべーぞまじで。おれでも年長者なんだぞ」


 プルが目を伏せる。


「そ、それは、……たいへんだった、ね」


「大変なんてもんじゃねーよ! たい……ッ、へん! だぞ!」


 昨夜朗読してもらったワンダラスト・テイルの伝説と、そっくり同じ状況だ。

 今ならわかる。

 未来のナナイロさんは、この事実を知っていた。

 これから起こる出来事を、覚えていたのだ。

 マナナが尋ねる。


「ナナイロ。記憶喪失ってのは、どういうことだい?」


「あーね。おれ、もともとこの島の人間じゃねーんだよ。半年くらい前、森で倒れてたんだと。昔のこと、なーんも思い出せない!」


 ニカッと笑うナナイロに、ヤーエルヘルが尋ねる。


「……大丈夫、でしか? つらくはないのでしか?」


「ないぞ! だって、パタ姉も、島のひとたちも、ちょーやさしーもん。だから──」


 その瞳に決意が灯る。

 子供らしからぬ、意志の光だ。


「今度は、おれがみんなを助けるんだ」


 ふと、気付く。


「……まさか、お前。魔獣に追われてたのって」


「あいつらが町を襲いに来たから、石投げて引きつけてやったんだぞ!」


「いや、それは──」


 どう考えたって、危険だ。

 そう言い掛けたとき、


「──やめてくだし!」


 ヤーエルヘルが、ナナイロの肩を掴んだ。


「ナナさんを心配してるひとたちだって、たくさんいるはずでし。そのパタ姉ってひとだって、他の子供たちだって!」


 ナナイロの表情が、悔しげに歪む。


「だったら──だったら、どーすればいいんだよ! 一歳の子だっているんだぞ! 大人だって、てーはなせない! メシだって作んなきゃなんない! おれしか、いねーだろ!」


「──…………」


 俺は、ナナイロの帽子の上に、ぽんと手を乗せた。


「ヤーエルヘルの言葉は、間違っちゃいない。ナナイロの覚悟も間違ってない」


 ゆっくりと、ねぎらうように頭を撫でる。


「頑張ったな」


「うん」


「怖かったな」


「……うん」


「でも──」


 俺は、力強く微笑んでみせた。


「俺たちがいる。ここにいる。あっと言う間に全員助け出してやるから、安心してろ」


「──……う」


 ナナイロは、涙の出掛かった目元を手の甲でこすり、気丈に言い返した。


「……カッコつけやがって、このやろう」


 ヘレジナが薄い胸を張る。


「カッコつけているのではない。カッコいいのだ。その証明として、この島を救ってくれよう」


「う、うん。だから、む、無理しなくていいんだ、よ。……ナナイロ」


「お前らあ……」


「……もう、無茶しないでくだし。お願いでしから……」


 ヤーエルヘルが、ナナイロを抱き締める。


「──…………」


 ナナイロが、照れたように視線を地面に向けながら、答えた。


「……わかったよ。もう、しない」


「よろしい!」


 ヤーエルヘルが、ナナイロから離れる。


「えへへ、なんだかへんな気分でし。ナナさんをいさめるなんて」


「ヤー姉は、よーわからんことを言う……」


「ごめんなし」


 くすりと笑って、ヤーエルヘルが俺を見上げる。

 その様子に微笑みを返すと、話の区切りを待っていたのか、マナナが口を開いた。


「──ナナイロ。パタ姉って、もしかして、パタネアって名前だったりする?」


「そーだぞ! よく知ってんな!」


「やっぱかー……」


 なんとなく想像はついていた。


「パタネアさんって、その。マナナの?」


 ナナイロが察することがないよう、言葉を濁す。


「ああ、そうみたい」


 ナナイロが大叔母であるからには、パタネアはマナナの祖母なのだろう。

 血の繋がりこそなさそうだが、大きな問題ではあるまい。


「……複雑な気分だな。まだ若い──パタネアに会うのって」


「おいおい。パタ姉に年齢のこと言ったら、どつかれるぞ! ちょっと気にしてんだから!」


 マナナがからからと笑う。


「ははッ、了解了解! 第一印象は大切だもんな」


「おう!」


 町へと辿り着く頃には、太陽はすっかりその姿を隠していた。

 島の北西にある小高い山の稜線に沿って、光の線が薄く引かれているのみだ。

 俺たちは、この町を、深くは知らない。

 だが、それでも拭えない違和感のようなものが、僅かに感じ取れる。


「……やっぱ、違うわ。うちの知る町とは違う」


「?」


 マナナの言葉に、ナナイロが首をかしげる。


「勘違いとか、イタズラとか、万が一の可能性は消えた。ここは確かに──」


 そこまで言って、マナナが言葉を止める。

 六十年前。

 その言葉をナナイロに聞かせることを躊躇したのだろう。


「……しかし、暗いな。どの家にも明かりがついてない」


「連れて行かれちまったかんな。いまは、みんな、おれんちの近所に固まってる。おれんちは診療所だぞ」


「ああ、わかった。さっさと帰って、パタネアさんを安心させてやろうぜ」


「おう!」


 六十年の時を跨ぎ、俺たちは、ゼンネンブルク診療所への帰途についた。

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