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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部四章 ウージスパイン魔術大学校
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2/魔術大学校 -12 純粋魔術

 夕刻、すべての授業を終えた俺たちは、魔術研究科の研究棟へと向かっていた。


「──ふと思った」


「?」


 プルがこちらを振り返る。


「魔術の研究って、そもそもしていいもんなのか?」


「し、……したら、だめなの?」


「ああ、ほら。どっかで聞いたんだよ。神代から学び、純粋魔術を禁忌とした──とかなんとか」


「ふむ、なるほどな」


 ヘレジナが頷く。


「神人大戦の折にエル=サンストプラを作り上げた純粋魔術。人々はそれを禁忌とし、その成果を排斥した。そのことを言っておるのだな」


「そうだ、それそれ。純粋魔術が駄目なら、そもそも魔術の研究自体が禁忌なんじゃないのか?」


「いえ、それは違いまし。純粋魔術と魔術研究は、根本的に異なるものでし」


 俺の質問に、ヤーエルヘルが流暢に答える。


「たとえば、サンストプラで盛んに研究されているテーマの一つに冷却魔術がありまし。温度を上げる火法、炎術はあるのに、温度を下げる冷却魔術はない。これは魔術研究における大きな障害の一つでし。でしが、この研究には目的がありまし。冷却魔術を作り出すことで、食料の長期保存が可能になる。大陸の端から端まで新鮮な果物を届けることもできる。酷暑だって、涼しく過ごすことができる。これは悪いことではありませんよね?」


「ああ、そう思う」


 文明とは発展するものだ。

 より便利に、より快適に。

 人が人として生きる限り、歩みを止めることはできない。


「でしが、純粋魔術は違いまし。純粋魔術とは、魔術ありきの考え方でし。まず研究して、できそうだから、やる。手段が目的になってしまっているのでし。そして、純粋魔術を志す人間には、自らが作り出した術式を証明する義務がありまし。最後に到達したのが、人工的に神を作り出す方法であったから、まだよかった。もしこれが、世界を滅ぼす術式であったなら──」


 ヤーエルヘルが、目を伏せる。


「彼らは、それを、躊躇いなく実行したでしょう」


「──…………」


 なるほど。

 目的があれば、文明は、その方向へと舵を取る。

 だが、盲目的に自分のできることを増やし続ければ、人間は容易に自滅する。

 核ミサイルは兵器として作り上げられたものだ。

 脅威ではあるが、管理されている。

 しかし、純粋魔術を志すどこかの誰かが、たまたま核ミサイル相当の威力の術式を作り上げたとしたら、〈可能だから〉という理由だけでそれを使用してしまうのだ。

 サンストプラの人々が純粋魔術を禁忌とするのは、当然のことだった。


「サンキュー、概ね理解」


「どういたしまして!」


 イオタが目を見張る。


「ヤーエルヘルさん、本当に博識なんですね。ぼくには、そこまで噛み砕いてまとめられないと思う……」


「えへへ」


「や、……ヤーエルヘル、は、ワンダラスト・テイルの頭脳担当、……だから」


 プルの言葉に、イオタが数度まばたきをした。


放浪の物語(ワンダラスト・テイル)、ですか?」


「ああ。遺物三都でのパーティ名だな。私たちがヤーエルヘルと出会ったのは、遺物三都なのだ」


「遺物三都って、冒険者の街──でしたっけ。たしか、地下迷宮に、無数の財宝と魔獣が眠っているという」


「財宝、見つけたんでしよ」


「──……えっ」


 イオタの目が点になる。


「ああ。エルロンド金貨を千枚ほどな」


「……は? え? ……えっ?」


「ま、まあ、ほとんど使っちゃった、……けど」


「え、エルロンド金貨千枚を、……ですか?」


「いろいろあってな」


「いろいろあり過ぎですよ!」


 俺もそう思う。


「人生が濃すぎる、この人たち……」


 俺もそう思う。


「い、いい、イオタ、……くん。研究棟って、あれ……?」


 プルが指差した先には、木々に隠れるように建てられた無骨な建造物があった。


「あ、はい。そうです。ぼくも子供の頃に何度か入ったきりなんですが……」


「ほう、入ったことはあるのか」


「全優科に入る前なので記憶が曖昧なんですけど、身体検査を受けた記憶があって」


「そういうこともしてるんだな」


「そんなわけで、中までは案内できませんけど……」


「いや、構わん。ここまで連れて来てもらっただけで十分だ。当てもなくふらふらとしていたら、日が暮れるところであった」


「ありがとうございまし!」


「い、いえ、ぼくにできることなら」


 イオタがはにかんだように笑う。

 この一日で、随分と笑顔を見るようになった。

 我が事のように、嬉しい。


 ヘレジナが、研究棟の扉に埋め込まれた半輝石(セル)に触れ、魔力(マナ)を込める。

 すると、開けゴマ(オープンセサミ)とばかりに扉が左右にスライドした。

 広々としたホールに行き交う職員たちが、一瞬、こちらを見て固まった。


「?」


 ヤーエルヘルが小首をかしげる。


「どうしたのでしょう……」


 互いに顔を見合わせていると、白衣を着た研究員らしき一人の男性が、恐る恐るといった様子でこちらへと近付いてきた。


「えー……、と。君たちは全優科の生徒かな」


「はい」


「何か用があって、ここへ?」


「ええ。すこし調べたいことがありまして」


 見る間に人がいなくなる。

 まるで、波が引くように。


「魔術研究科は関係者以外立入禁止だ。今すぐ帰ったほうがいい」


 聞いていた雰囲気と、まったく違う。

 ここまで露骨に拒絶の意志を示されるとは思ってもみなかった。

 妙だ。


「あの──」


 ヤーエルヘルが前に出る。


「ナナイロ=ゼンネンブルク。この名前を聞いたことはありませんか?」


「ナナイロ……」


 研究員が、片眉を上げる。


「ナナイロ=ゼンネンブルクって、あの?」


「ごぞんじでしか!」


 ヤーエルヘルの表情が、ぱっと華やぐ。


「ああ、知っている。今から三十年ほど前、純粋魔術の研究を行って永久追放となった教授の名だろう」


「──……え」


 一瞬、たしかに華やいだその表情が、みるみるうちに萎れていった。


「純粋、……魔術……?」


「用がそれだけなら、帰ってくれ。ここは君たちの来る場所じゃあない」


 研究員は、それだけ言い残すと、二の句も継がせぬとばかりにきびすを返した。

 そして、ホールには、俺たちだけが残される。


「ナナ、さん……。そんな」


「や、ヤーエル、ヘル……」


 プルが、ヤーエルヘルを背後から抱き締める。


「……だ、大丈夫。大丈夫、……だから」


 サンストプラの人々にとって純粋魔術がどれほどの禁忌であるか、俺にはわからない。

 だが、この反応を見るに、相当根の深い問題であると感じられた。


「そうか」


 ヘレジナが、ヤーエルヘルの前に立つ。


「ヤーエルヘル。お前の師は、禁忌を犯した。そうだな」


「……は、い」


「ならば──」


 慣れないウインクと共に、ヘレジナが言った。


「見つけて、とっちめてやらねばな。尻叩き百回だぞ。よいな!」


「ありがとう、ございまし。ヘレジナさん……」


 そして、

 ヤーエルヘルが俺を見上げた。

 不安そうに。

 救いを求めるように。

 赦しを乞うように。


「──……あ」


 イオタが、何かを言い掛けて、言葉を止める。

 それを横目に、俺は口を開いた。


「純粋魔術がどれほどの禁忌なのか、正直言って俺にはわからん。でも、ヤーエルヘルの口から語られるお師匠さんは、優しくて、頼りになって、物知りで、世話焼きの人だ。たとえ禁忌を犯していたとしても、それだけは事実として変えられない」


「──…………」


「ヤーエルヘルは、お師匠さんのこと、好きか?」


「……はい」


「なら、俺にとってはそれが事実だよ。ヤーエルヘルには見る目があるからな。そうでなきゃ、俺たちと旅なんてしてないだろ?」


「……ふふっ」


 くすりと笑い声を上げるヤーエルヘルの頭を、帽子の上からぽんと撫でる。


「追放、か。てことは、ここには二度と戻らないだろうな。手掛かりなくなっちまった」


「……さ、三十年も前のこと、だし、け、研究成果も……」


 プルの言葉に追従する。


「たとえ研究成果が残ってたところで、見せる気ゼロだぜ。このざまだ」


 誰もいないホールを見渡す。

 勝手に調べて回りたい衝動に駆られるが、それはそれで警備員を呼ばれかねない。


「仕方があるまい。一度帰るとするか」


「そうしよう」


 ヘレジナの言葉に頷き、きびすを返す。


「……?」


 研究棟を出ようとしたとき、ふと違和感を覚えて振り返った。

 イオタが立ち尽くしていた。


「どうした、イオタ」


 はっとした表情を浮かべ、イオタがこちらへ駆け寄る。


「あ、いえ。あはは……。筋肉痛が」


 どうしたのだろう。


「イオタ、お前──」


 そう、言い掛けたときだった。


「──カタナ=ウドウ」


 ホールの奥から、聞き覚えのある声が響いた。


「パドロ──」


「デイコス!」


 イオタを背にかばい、ヘレジナと共に臨戦態勢に入る。

 武器はないが、無力なわけでもない。


「本当に、本当に、本当に、忌々しい。こちらの考える最悪を悠々と越えて行きましたね。あなた方がネウロパニエに来るまでは想定の範囲内でした。それが、イオタ=シャンの護衛をしているだなんて。これだから関わり合いになりたくなかったんだ」


 姿を現したパドロが、大きく溜め息をつく。


「そいつは悪かった」


「本当、反省してください。大きな力を持つということは、大きな影響力を持つことと同義だ。あなたが動くだけで、さまざまな事柄が狂っていく。良きにつけ悪しきにつけ、何かが大きく変わるのです」


「暗殺なんぞを止めて、何が悪い! 元より気に食わなかったのだ。不躾に現れて、ネウロパニエに来るな、などと。お前たちの都合など知るものか!」


 ヘレジナの怒号に、パドロが肩をすくめる。


「ええ、ええ、そうでしょうとも。これでイオタ=シャンの暗殺は事実上不可能となった。カタナ=ウドウ。あなたがその少年を守る限り、我々の持つすべての手札を注ぎ込んだとしても目的は果たせない。依頼失敗、です」


「そうか」


 パドロが、お手上げとばかりに両手を上げる。


「冬華寮と赤葉寮に潜ませていたデイコスは、引き上げさせましょう。あとは御自由に学園生活とやらをお楽しみください」


 そう言って、パドロが俺たちに背を向ける。


「待て」


「何か?」


「どうして研究棟にいる?」


「潜入していたからですよ、僕も。それもここまでですがね。さっさと荷物をまとめて帰ることにします」


「──…………」


 違和感がある。

 だが、それが何かわからない。


「何か隠してるだろ」


「何を?」


 パドロが苦笑する。


「まあ、よくあることです。暗殺者などをやっていれば、常に含意を疑われる。心の底で何を考えているか、わからないと。言ってしまえば、今回は苛立ちですよ。仕事を遂行できなかった苛立ち。あなたたちへの苛立ち。そして、復讐すら成せない矮小な自分への苛立ち。僕たちの影を気にしながら、せいぜい無意味な護衛とやらを続けてください。では失礼」


 そう吐き捨て、パドロは今度こそ研究棟の奥へと姿を消した。

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