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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部四章 ウージスパイン魔術大学校
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2/魔術大学校 -10 友達

「──よう、カタナ。イオタ」


 ドズマが、ぽんとイオタの肩を叩く。


「ぎッ……!」


 イオタの肩が、びくんと跳ねた。


「ど、どうした? オレ、べつに力込めてないよな」


「き、筋肉痛で……」


「あー」


 ドズマが、納得したように頷く。


「カタナの弟子になる、とか息巻いてたもんな」


「うーす、ドズマ。今日は触らないでやってくれ」


「お前、どんだけやらせたんだよ……」


 指折り数える。


「えーと、腕立てが二百回三セットと──」


「あ、もういい。もう聞きたくない。聞くだけで疲れる」


 軽く後退りをしたドズマに、イオタが追い打ちをかける。


「それも、体操術なしでですよ……」


「うへえ」


 ドズマが両手を上げ、降参してみせた。


「お前の師匠、案外スパルタなのな」


「仕方ないだろ。肉体を鍛えるのに、体操術はむしろ邪魔になるんだよ」


 全身運動を行いたいのに電動自転車に乗るようなものだ。

 電動自転車は便利な移動手段だが、体を鍛えるために楽をしては意味がない。


「そんなわけで、体操術の使用自体を禁じられてまして」


「使ったら罰として各トレーニングの回数が百回ずつ増えるぞ」


「……こっそり使ってもバレないんじゃね?」


「わかるぞ。イオタのレベルだと体操術の制御に意識が逸れるし、どう繕おうと動きに不自然さが出る」


「この通りなんです」


「こっわ、何その眼力……」


「俺の師匠(せんせい)に比べたら、こんなん子供騙しだけどな。一生かかっても身につく気がしねえわ、あんなの」


「お前らにゃ世界がどう見えてんだよ」


 ドズマが呆れ顔をした。


「はー……」


 イオタが、大儀そうに自分の席に腰を下ろす。

 その瞬間、俺は見た。

 座面に置かれた画鋲の姿を。


「イオタ──」


「はい?」


 押し退けようとするが、間に合わない。


「いたッ」


 針の痛みにイオタが立ち上がり、


「──ンぎッ!」


 直後、筋肉痛にのたうち回っていた。


「──…………」


 エイザンを睨みつける。


「やあ、すまないな。僕の画鋲、そんなところに落ちていたんだね。でも、気付かなかったほうも悪いとは思わないかな」


 にやにやと薄い笑みを貼り付けたエイザンが、こちらへ近付いてきた。


「まあ、治癒術くらいはかけてあげるよ。これでも得意──」


「あ、治癒術はいいです……」


 イオタが、エイザンを制する。


「……どうして?」


「治癒術を使うと、筋肉の成長を阻害するらしくて。筋肉痛がひどすぎて大して気にもなりませんし、放っておいたら治るでしょう。これから気を付けてくれたらいいです」


「──…………」


 ドズマが、無表情に言い放つ。


「滑稽だな、エイザン。お前の嫌がらせ、どうでもいいってよ」


「チッ……」


 エイザンが、舌打ちと共に、自分の席へと戻っていく。

 その様子を見たクラスメイトたちが、声をひそめて何かを話し始める。

 銀組のパワーバランスが崩れ始めていた。


「……悪い、イオタ。気付くのが遅れた」


「いえ、ほんともう、それどころではないので……」


 イオタの表情は必死だ。

 自分がエイザンをやり込めたことなど、自覚していないのかもしれない。


「しッかし、いったん離れて見てみると、醜悪だな。オレもあんなことやってたのか」


 ドズマが、小さく頭を下げる。


「イオタ、悪かった。今まで」


「あ、いえ。べつにいいですよ。ぼくが弱かったのも悪いんですから」


 イオタがやさぐれた笑みを浮かべる。


「……と言うか、今までのいじめがどうでもよくなるくらいのトレーニングを、昨日課されたばかりなので……」


「──…………」


 ドズマが、半眼で俺を見る。


「いや、隣で俺も同じトレーニングしてっからな」


「それもまた信じられないんですよ。あの地獄のメニュー、隣でひょいひょいこなしてるんですよ。本当に同じ人間か疑いましたもん……」


「そんなこと思ってたのか……」


「聞いたら、毎日やってるらしくて。そりゃ強いですよ」


 だって、騎竜車の中って暇なんだもん。

 下手すればその倍はやっている。


「カタナ、ちょっと上着脱いでみ」


「……? まあ、いいけど」


 制服の上着を脱ぎ、肌着姿になる。


「ちょっと失礼」


 ドズマが、俺の肌着の裾を持ち上げた。


「──腹筋バッキバキじゃねえか! 見た目細いくせに、お前!」


「毎日筋トレしてりゃ、このくらいにはなるって」


「え、なになに? カタナさんの腹筋がどうしたの?」


 甲高い声に視線を向けると、シオニアが銀組の扉から顔を覗かせていた。


「おう、シオニア。見ろ見ろ。カタナの腹筋、えらいことになってんぞ」


「ちょ!」


 慌てて肌着を下ろす。

 十代女子に間近で腹筋を見せつける行為に、事案という単語が脳裏をよぎる。


「えー! 見せて見せて!」


「嫌です」


「見せて!」


「嫌じゃ!」


「むむむ! カタナ君に一つお願いできる権、ここで発動!」


 それでいいのか。

 いいならいいけど。

 早めに消費してくれるのなら、助かるし。


「……しゃーない、わかったよ」


 恐る恐る、肌着を持ち上げていく。


「え、え、なんかえっちいんだけど……」


「人聞きの悪い!」


 大胆に肌着を持ち上げる。


「わ、すっご! なにこれ! かった!」


 思わず身をよじる。


「触っていいとは言ってねえ!」


 シオニアから一歩距離を取り、肌着の裾を下ろす。


「ほら、もういいだろ。おしまいおしまい!」


「えー、これじゃ半回分くらいかな」


「何を分割しようとしてるんだよ。一回は一回!」


「ちぇ」


 この子の相手は、疲れる。


「あはは、カタナさん困ってますね」


「距離感バグってんだよ、この子……」


「褒められた」


「今の言葉のどこで褒められたと思った?」


 ドズマの突っ込みが入る。


「雰囲気?」


「いや、雰囲気も褒めてなかったろ」


「え、褒められてなかったの? どうして?」


「お前の行動のどこに褒める要素があったんだよ……」


 教室の時計を確認し、シオニアに告げる。


「ほら、そろそろ教官来る時間だぞ。森へお帰り」


「ヤダー! 銀組になる!」


「その成績でよく言えたもんだな」


「ドズマに言われたくないんですけどー!」


「オレ、いちおう座学で五位以内キープし続けてんだけど」


「その見た目で?」


「見た目は関係ねーだろ!」


「……ふふっ」


 イオタが吹き出す。


「ご、ごめ、ちょっと二人の掛け合いが面白くて……」


 三人で顔を見合わせる。


「笑っとけ笑っとけ。お前が笑ってるとこ、初めて見たよ」


「いっつもハの字眉毛だったもんね!」


 イオタが、嬉しそうに苦笑する。


「そう、だったかな。だったら、変われてきてるのかも」


「──…………」


 イオタは、自分を変えるために一歩を踏み出した。

 その一歩は尊く、どこまでも眩しい。


「がんばれイオタ君! まいふれーんど!」


 シオニアが、イオタの肩を叩いた。


「ンぎゃッ!」


 イオタの肩が、びくんと弾んだ。


「ご、ごめん、今はちょっと……」


「何これ! 面白い!」


 ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。


「ギッ、がッ、ンッ、とおッ!」


 ギガント?


「やめたれ」


 ドズマがシオニアを羽交い締めにする。


「なんだこらー! やんのかー!」


「さっさと白組戻れ、アホ。マジで教官来んぞ」


「はーい」


 シオニアが不満げに銀組の教室を出て行く。

 憔悴したイオタに、問う。


「大丈夫か?」


「な、なんとか……」


「オレも席戻るわ。またな」


「うん、またあとで」


「ああ、また」


 騒がしい。

 だが、楽しかった。

 運命の銀の輪は、あなたの隣人が回す。

 イオタの銀の輪は回り始めた。

 銀輪教の教えは、まさにその通りなのかもしれなかった。

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