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2/ハノンソル -6 魔術具の指輪

 ハノンソルは活気溢れる街だった。

 時計の針が頂点を過ぎても人通りが途切れることがない。

 それどころか、繁華街へ近付くにつれ、少年の背中を見失いそうになるほどの人の波が通りを満たし始めた。


 ハノンとハノンソルは、あらゆる意味で対照的だ。

 ハノンが昼の街なら、ハノンソルは夜の街。

 ハノンは道路が石畳で舗装されているが、ハノンソルでは土が剥き出しだ。

 碁盤目状に区画整理されているハノンに比べ、ハノンソルの街並みは放射状であり、元の場所へ戻れと言われても難しいほど複雑に入り組んでいる。

 枯れた声の客引き。

 一人で叫ぶ酔っぱらい。

 通りの端に佇むひときわ露出度の高い女。

 たとえ世界が違っても、盛り場の様子だけは、どこもかしこも変わらないものらしい。


「──それにしても明るいな。随分派手な街だ」


 ハノンの街灯は白一色で落ち着いた雰囲気だったが、ハノンソルの光はどれも色彩豊かだ。

 看板に描かれた絵や文字が鮮やかに街を彩っている。

 まるで、元の世界のネオン街へと迷い込んだ気分だった。


「当然だ。ハノンソル・カジノばっか目立つけどよ。ソルは灯術士の街でもあるからな」


「灯術士?」


「……おい、姉ちゃん。あんたの保護者、灯術士も知らねえのか」


「ほごしゃ……」


 友達にも兄妹にも恋人にも見えない二人だから、無理もないだろう。

 プルは不満げだが。


「知らないもんは知らない。案内ついでだ、教えてくれ」


「しゃーねーな」


 溜め息ひとつ、少年が口を開く。


「魔術と魔法の違いくらいは、兄ちゃんでもさすがにわかんだろ?」


「ああ。魔力マナをただ垂れ流すのが魔法で、術式を通して魔力マナを変容させるのが魔術だろ」


 騎竜車での道中、プルとヘレジナに教えてもらったのだ。


「その通り。んで、光法は魔法。灯術は魔術だ。魔力マナを変質させて、色を変えたり、絵を描いたりする。今見えてる明かりのほとんどは灯術士の仕事だぜ」


 影の魔獣を葬り去ったのも、魔法ではなく魔術──灯術なのだろう。

 となれば、看板に描かれた光の絵や文字も永遠ではない。

 一日二日で消えゆく儚いものだ。


「毎日描き直してるとなれば、食いっぱぐれのなさそうな職業だな」


「そう! そうなんだよなァ! 灯術士になりさえすれば、ジジイになっても仕事に困るこたねえ。おまけにソルじゃあ年中人材不足と来たもんだ。こんないい条件、他の仕事にあるもんかよ」


 なるほどな。


「お前、灯術士を目指してるのか」


「この流れで八百屋目指してるわけねえだろ」


 そりゃそうだ。

 プルが、恐る恐る少年に話し掛ける。


「……さ、さっきの、知らない術式だった。指向性のある光、みたいの……」


「ああ、これか?」


 少年が念じると、手のひらの上に光が現れた。

 ただの光ではない。

 懐中電灯のように前方のみを照らす光だ。


「遠くまで照らせるから、わりと便利でよ。術式も基本式の応用だし」


 うんうんと頷きながら、プルが灯術を観察する。


「べ、……勉強に、なりまっす」


 ところで、見ただけで再現できるものなのだろうか。

 術式という概念に触れたことのない俺にはよくわからなかった。

 魔術か。

 使えるものなら使ってみたいもんだ。

 クソ上司を魔術で十メートルほど吹っ飛ばす妄想に浸っていると、


「──よう、悪童ナクル!」


 身長二メートルはあろうかという偉丈夫が、少年──ナクルに声を掛けてきた。


「まーた観光客騙して金ふんだくってんのか! ガハハ!」


「あッ、馬鹿野郎! 言うなスカタン!」


 ナクルがあからさまに慌てている。

 知り合いらしき偉丈夫は通りすがりだったようで、挨拶代わりに言うだけ言ってさっさと歩き去ってしまった。


「──…………」


「──……」


 俺とプルの冷たい視線がナクルを刺し貫く。


「俺は優しいからな。言い訳のひとつくらいは聞いてやるぞ」


「──待て。まあ、待て。あの方の居場所は50で教えたし、カジノまでの案内は85で請け負った。金に関わる部分じゃ嘘は言ってねえ。そうだろ!」


「その交渉のテーブルに、脅して騙して乗せたのはどこのどいつだったかな。なあ、ナクルくんよ」


「か、金は返さねえぞ!」


「──…………」


 しばし半眼で見下ろしてみる。


「……ぐ」


 観念したのか、ナクルがかぶりを振った。


「わかった、わかった。しゃーねえな。金は返さねーけど、代わりにこいつをやる」


 ナクルがポケットから取り出したものは、シンプルな形状の指輪だった。

 リング自体は荒く歪んでいるものの、ほのかに光を放つ月の色をした石が美しい。


「この石は?」


「せ、半輝石セル、でっす。魔力マナを封じておける石……」


「へえー」


 指輪を受け取り、夜空に翳す。

 見れば見るほど荒削りな一品だ。

 だが、リングの内側には細かな意匠が彫り込まれており、完成度のわりに手間が掛かっていることがわかる。

 そのリングをプルに見せると、


「……も、もしかして、魔術具?」


「正確にはその真似事だ。腕のいい灯術士は仕事も多い。魔力マナもそのうち尽きちまう。だから、あらかじめ魔力マナ半輝石セルに封入しておくんだ。見様見真似だけど」


 魔術具。

 本来であれば術者の想像力でのみ織り上げられる術式を素材に直接刻み込み、魔力マナを流すだけで魔術に変換されるよう作られた道具だ。

 ヘレジナの持つ銀琴は標的を爆砕する光の矢を放つ魔術具で、流した魔力が多ければ多いほど威力が増すのだと聞いた。


「この指輪があれば、魔力マナがなくても灯術が使えるのか?」


「さあな」


「製作者だろ、責任取れ」


「わ、わたし、こんな小さな魔術具、は、初めて見た……かも」


「だから真似事つったろ。このサイズだと放熱に耐えきれなくて、途中で融解するかもな」


「いらねえー……」


 思わず本心が漏れた。


「いらねえならいらねえで捨てちまえばいいさ。1シーグルどころか5ラッドにだってなりゃしないが、手持ちでいちばん価値のありそうなのがそれだから勘弁してくれ。次からランクがガクッと下がるしな」


「具体的には?」


 ナクルがポケットを探る。

 取り出したのは、丸まった糸くずだった。


「ポケットのゴミ」


「──…………」


「いるか?」


「いらん。指輪のがましだ」


「おう、素直にもらっとけ」


 魔術具らしき指輪をズボンのポケットに仕舞う。

 使う機会が来るとも思えないが、サイズからして邪魔にはならないだろう。


「──さ、そろそろハノンソル・カジノだ。前髪くらい整えとけよ」


 ナクルの後を追い、舗装された大通りへ出る。

 すると、十数階建ての見目麗しい建造物が、見事にライトアップされていた。


「わー……」


 高さ数十メートルの縦長のキャンバスを、色の異なる無数の光が彩っている。

 口さがなく言うのであれば、まるでゲーミングPCのようだ。


「なんだかな……」


「す、すごいと思う、けど……」


「まあ、すごいはすごいな」


「待て待て待て待てィ!」


 ナクルが振り返る。

 その表情は、あからさまに不満げだ。


「お前らが見てるのは、灯術の極致! 奇跡級の灯術士たちが数人がかりで織り上げた光の芸術だぞ! もっと、こう、口開けたまま絶句するとか、あまりの美しさに涙するとか、しろ!」


「そう言われてもな」


 光の芸術。

 ナクルのその言葉を否定するつもりはない。

 だが、ゲーミング問題を差し引いたとしても、ラスベガスやマカオに比べれば質素で上品に感じられてしまうのだ。

 プルはプルで、皇族ゆえに、宮殿がライトアップされるさまを見慣れているだろうし。


「……ったく、案内しがいのねえ客だぜ。行くぞ!」


 肩を怒らせながら、ナクルが明後日の方向へと歩き出す。


「あれがカジノじゃないのか?」


「あれはハノンソル・ホテルだ。ホテルの地下からもカジノに繋がってるが、そいつはオカネモチの宿泊客さま専用さ。オレたちみたいな貧乏人にゃ、別のルートがいくつもあるんだよ」

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