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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部四章 ウージスパイン魔術大学校
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2/魔術大学校 -7 タナエルの者

 ウージスパイン大図書館閉架。

 そこは、魔術大学校の関係者、及び許諾を得た学士にのみ開かれた区画である。

 開架に置かれている書物は大量に出版されたものが多く、ほとんどの場合、汚損しても替えが利く。

 閉架は価値の高い歴史的資料を保全する役割が強く、当然ながら閲覧にも制限がある。

 開架と閉架は繋がっているが、常に番兵が常駐しており、許可なき者の出入りを決して許さぬという気概に満ち溢れていた。


「ねーねー何探すの? 何探せばいいのー?」


 シオニアのしつこさに根負けし、ギャラリーに燕双閃・自在の型──ではなく燕返しを披露したのち、俺たちは閉架側から大図書館を訪れていた。

 何故か、当のシオニアも一緒に。


「まず探しやすいものから言えば、パレ・ハラドナの歴史書であろう。特に、神人大戦直後の五祖に関する資料があればよい」


「五祖?」


 俺の疑問に、シオニアが呆れる。


「カタナさんは剣術以外だめだめだな! 五祖なんて、初等部で習うじゃん」


「へえー」


 知らんけど。


「五祖は、神人大戦の直後に北方大陸を治めた五名の賢者のことでしよ」


 ヤーエルヘルが、丁寧に教えてくれる。


「パレ・ハラドナの祖、カガヨウ。ラーイウラの祖、ラライエ。ルルドカイオスの祖、ペイオラトス。トートアネマの祖、ダンイクハ。そして、ウージスパインの祖、トコタチ。千年前、北方大陸には五つの国しかありませんでした。それが徐々に分裂、独立を繰り返し、今の形になったんでし」


「──…………」


 ラライエ、か。

 歴史上の人物だったんだな。


「シオニアさんは、カガヨウが別の世界から来たって説をごぞんじでしか?」


「え、何それ何それ! 知らない!」


「イオタさんも、知りませんよね……」


「……ごめん、聞いたことないです。少なくとも座学では習わなかった」


「なるほど!」


 ぽん、とシオニアが手を叩く。


「その説が書かれた資料を探せばいいんだね!」


「端的に言えば、そういうことだな」


「まっかせっなさーい! 必殺技を見せてもらったんだから、そのくらいはするよ!」


「──…………」


 そこはかとない不安。

 ちなみに、この場にドズマはいない。

 普通に帰った。


「司書さん司書さーん! パレ・ハラドナの歴史書か、五祖についての資料をくださいな!」


「……しー! 図書館ではお静かにお願いします」


「す、すみませーん……!」


 シオニアの声が、心なしか細められる。

 だが、元の肺活量がとんでもないためか、それでも普通に会話するくらいの声量はあった。


「結局、司書に尋ねるのが手っ取り早いというわけか」


「だな……」


 司書が案内してくれたのは、閉架にある歴史書のコーナーだった。


「……なんだかんだ、編入してよかったかもな」


「でしね」


 閉架の資料も見られるのは、予想外のメリットだ。


「ね、ね、四人は元から知り合いなんでしょ。なんで? なんで編入してきたの?」


「あー……」


 イオタの護衛に来ただなんて、言えるはずもない。

 この子、風船にくくりつけたら空を飛ぶくらい口が軽いしな。

 適当にでまかせを吹き込んでおくことにしよう。


「これ、誰にも言わないでほしいんだけどな──」


「言わない!」


 かつて、これほどまでに信用の置けない言葉があっただろうか。


「簡単に言うと、全優科の査察に来たんだ。俺とヘレジナは武術のレベルを、プルとヤーエルヘルは座学のレベルを、それぞれ調査してる」


「へー!」


 シオニアが、目をきらきらさせる。

 教官にはすぐに真偽がわかるし、生徒はそれなりに納得する。

 ちょうどいい塩梅の嘘だろう。


「どこから? 国から?」


「それは、さすがに秘密にさせてくれよ」


 そう言って、人差し指を唇に当てる。


「そっか!」


 シオニアもそれにならった。


「カタナ……」


 ヘレジナの視線が痛い。

 嘘をついたことを責めるのではなく、よくそんな嘘をぺらぺらとつけるものだなという複雑な視線だ。


「え、……と。ひ、ひとまず調べ、……よ?」


「そうだな。つっても、俺は何もできないけど……」


「カタナさんは肩でも揉めばいいと思うな!」


「はいはい、疲れたらお言いつけくださいな」


 シオニアの言葉に適当に返し、皆に背を向ける。


「その前に、他にも司書の人に聞くことあるからさ。さっと行ってくるわ」


 プルが頷く。


「い、いってら、……っしゃーい」


 書物に没頭し始める五人から離れ、俺は、再び司書の元を訪れた。


「すみません」


「いかがなさいましたか?」


「少々お聞きしたいんですが、ヤーエルヘル、あるいは失われた名という言葉に心当たりはありませんか? 資料があれば、閲覧させていただきたいのですが」


「ヤーエルヘル……」


 司書が、しばし沈思黙考する。


「すみません、心当たりはありません」


「そうですか……」


 ならば仕方ない。


「あとは、そうですね。タナエルの者、異世界──そういう単語はどうでしょう。見覚えありませんか?」


「ふむ……」


 再び黙考し、司書が答える。


「タナエルの者、という言葉については、先程御案内した歴史書のどれかで見掛けた気がします。私もすべての書物に目を通しているわけではないので、他にもどこかに記述はあると思いますが……」


「ありがとうございます」


 今調べていることは、無駄ではない。

 それがわかっただけでも収穫だ。

 俺は、司書に丁寧に会釈をすると、五人の元へと戻った。


「カタナさーん。疲れた。肩」


「はや……」


「かーた! かーた!」


「はいはい」


 シオニアの肩を軽く揉んでいると、ふとプルと目が合った。


「!」


 だが、慌てて目を逸らされてしまう。


「……?」


 さっきから、プルの様子がおかしい気がする。

 言葉少なだし、挙動不審だ。

 まさか、本当に、シオニアが俺に惚れていると勘違いしているわけではあるまいな。


「はー……、奇跡級の肩もみは効きますな」


「なんだよ、それ……」


 しばし按摩に徹していると、


「──あ!」


 ヤーエルヘルが、不意に声を上げた。


「ここ! このページを見てくだし!」


 皆が、ヤーエルヘルの元へと集まる。

 俺は、見ても読めないので、すこし離れて立っている。

 疎外感。


「……なんて書いてあったんだ?」


 俺の問いに、イオタが答える。


「はい。端的にまとめると、カガヨウは、月から来た〈タナエルの者〉であると」


「月から……」


 なるほど。

 月がエル=タナエルそのものであるなら、そこから来たとされる人間をタナエルの者と呼ぶのは道理が通る。

 実際は地球からなのだろうが、そのほうが権威があると判断したのかもしれない。


「俺のせ──地元にも、似たような話があったな」


 俺の世界と言い掛けて、慌てて軌道修正する。

 特に隠しているわけでもないが、これ以上余計な噂を拡散させたくなかった。


「カタナさんの地元って、どこ?」


 当たり障りのない答えを返しておこう。


「まあ、東のほうだ。言ってもわからないド田舎だよ」


「それで、どのような話なのだ?」


 ヘレジナに頷き、言葉を返す。


「かぐや姫って昔話」


 思い出し思い出し、あらすじを語る。


「竹を採る仕事をしていたお爺さんが、あるとき光る竹に出会う。竹を割ってみると、あら不思議。中には小さな女の子が座っていた。お爺さんとお婆さんは、その女の子をかぐや姫と名付け、大切に育てた。このかぐや姫が、実は月から来た存在だったって話で、物語の最後には月へ帰って行くんだよ」


 プルが、興味深そうに頷く。


「な、……なんだか、ふしぎな話」


「実際、よーわからん話ではある。昔話ってたいていは訓話だろ。でも、この物語は違う。何を伝えたいのか、さっぱりなんだよな」


「そんなの簡単だよ!」


 シオニアが、得意げに胸を張った。


「簡単、でしか?」


「それ、きっと、実際にあったことなんだよ。事実は小説よりも奇なりって言うでしょ。現実のほうが創作より、ずっと突拍子もないんだ。だから、そのかぐや姫って人は、本当に月から来たんだよ!」


〈な、なんだってー!〉と言いたい気持ちを抑えつつ、言葉を返す。


「さすがにそれは厳しいだろ。千年前の話だし、かなり歪められてる。いろんな説話が混じって成立したって説も聞いたことあるしな」


「千年前……」


 プルが、ぱちぱちとまばたきをした。


「も、……もしかすると、し、し、シオニアさんが、正しい、……かも」


「ほらほら、プルちゃんも言ってるじゃん! カガヨウとカグヤもなんだか似てるし、きっと同一人物なんだよ!」


「──…………」


 たしかに、と思ってしまった。

 思ってしまった時点で、負けだ。

 かぐや姫は、月へと帰った。

 カガヨウは、月からやってきた。

 今から、ちょうど千年前に。

 筋が通る、イコール事実ではない。

 どんな陰謀論だって、おおよそ筋は通っているものだ。

 だが、


「……絶対ない、とは言い切れねえか」


「でしょ!」

 かぐや姫は、月ではなく、この世界(サンストプラ)に来ていたのかもしれない。

 そう考えると、なんだかわくわくした。


「本当だとしたら、こりゃ大発見だな」


「ふふーん」


 シオニアが、どやりと笑う。


「いや、見つけたのはヤーエルヘルじゃん……」


「アイディアはアタシでしょ! これで、カタナさんに一つお願いできる権、ゲット!」


「……必殺技を見せたお礼に手伝ってたんじゃ?」


「いーじゃんいーじゃん、ちゅ!」


 投げキッスをされる。


「!」



 ──がたッ!



 プルが、唐突に立ち上がった。


「ど、……どうした?」


「あ、……そ、その。な、なんでもない、……でっす」


「プル……?」


 やはり、様子がおかしい。


「大丈夫か? 体調悪いとかなら、寮まで送っていくけど……」


「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ……」


 ヘレジナに視線を送る。


「──…………」


 ヘレジナもまた、原因がわからないのか、小首をかしげてみせた。

 地竜窟での神託の件でもわかる通り、プルは一人で抱え込むタイプだ。

 心配だが、今はヘレジナとヤーエルヘルに任せるしかないだろう。

 それからしばらく資料を漁っていたが、他に有益な情報は見つからなかった。

 やがて、寮の食堂が開く時刻となり、俺たちは騒がしく帰途についた。

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