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林箱

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、「林箱」を作ったことがあるかい?

 ないかあ、これは子供のころに出会うことができる、不思議な出会いのきっかけ。そのひとつといわれている。大人になってから作っても、さしたる効果が得られない箱のことなんだよ。


 ――気になるし、ものは試しだから、その林箱とやらを作らせろ?


 いやあ、材料がないし今作ったところで効果が出ないんじゃないかな。君でも、私でもね。

 子供のときにしか存在しないもの。それを扱うからこそ林箱は意味を成す。

 作る代わりに、話を聞いてみないか? かつて林箱を作ったという、友達の話だ。


 友達が林箱を作るのに、特別な動機があったかというと、そうでもない。

 夏休みで時間を持て余したなか、暇をつぶせそうなものを探していたときに、この林箱の存在を聞いたのがきっかけだ。

 林箱の話は、友達が別居している祖父から聞いたものらしく、お盆の折りにうかがったのだとか。そして実家に戻るや、作成に取り掛かったんだ。


 林箱というくらいだから、箱のイメージが強いが実際には鉢などでも構わないらしい。

 しかし、ひとつ重要な点は「人がいったん口に入れたもの」をその底へ置いておくことらしい。できれば食べ物がいいな……とはいえ、食べ物以外を口に入れるのはちょっと度胸がいるだろうけどな。

 友達は四角い、お菓子のギフトボックスの空箱を利用したらしい。その底に転がしたのは、ボックスの中のお菓子のかけら。ポテトチップスのひとかけらを入れたのだそうだ。

 そこへ土を盛る。林の成る地面がそうであるように。

 この土の種類に指定こそないが、質やどこの場所のものによるかで「林」の様子も異なると友達は聞いた。

 ひとまずお試し、ということで友達は当時家族で住んでいたアパートのわきの土を拝借。お菓子のかけらを隠したうえで、箱の底へまんべんなく土が行き届くような状態にさせたんだ。

 そこで一日二回。朝と夕方に水で土を湿らせていく。運がよければ、そこから「林」が育ち始めるだろうから、もし観察できたなら暇つぶしになるだろうと添えてね。


 それから友達は、言いつけ通りに林箱のお世話を始めた。

 最初の4日間はうんともすんともいわず……いや、動物ではないから、この表現はおかしいのか?

 とにかく音沙汰がなく、失敗かと思ったらしい。だが五日目に入って、その菓子箱にはじめての芽吹きを見ることができた。

 多くの自然に生えるような、緑をベースとしたものではない。黄色、それだけでなく表面には薄黒い斑点のようなものが浮かんでいる、小さなものだったんだ。

 その色に友達は見覚えがある。土の中に埋めたポテトチップスの欠片だ。あのときのポテトチップスはブラックペッパー味のもの。表面にもペッパーがまぶしてあるものだった。

 それと同じ色合いのものが、こうして顔を出してきたんだ。つまり、これは林箱の成功を意味している。


 友達は喜びながらも、林箱への干渉は水やりにとどめていた。これもまた祖父に言いつけられたことだった。

 観察をするのなら、ただ彼らが励むように支えてやり、それ以上のことをしてやることはないのだと。

 箱は3日とたたず、同じような色合いの芽たちが地面を埋め尽くすようになり、それらが肩を寄せ合う様子は、まるでもやしであるかのよう。


 ――おいおい、これじゃあ林どころか森。いや、密林だぞ。


 友達はそう心の中で突っ込みながらも、恵みの水を天上より注いでいくことをやめない。

 夏休みが終わるまでもう10日を切っている。このまま夏が終わるまででも、林箱のてんまつを見届けられるなら、それで目的は達成だ。

 もやしのようなポテトチップスの元たちは、一日一日とミリ単位で背を伸ばしている印象はあったものの、夏休み終わり2日前に友達の観察は終わってしまう。


 彼らが枯れてしまったわけではない。

 その朝、起きた友達は窓の脇に置いてある林箱の様子をうかがったとき、これまで白かったそれぞれの幹の部分が、真っ黒になっているのに気が付いたんだ。

 焦げや傷みのためではなかった。それらは友達が近づいたとたん、ぞっと音が立つかのように一斉に地面へ零れ落ちるや、わずかに見える地面を這いずり、箱の内側へ取り付いたんだ。

 アブラムシを思わせる彼らは、そこを這い上がることはしない。箱をかじりはじめたんだ。

 内側の塗装はたちまち剥げ、そのまま中身を削る音がはっきりと友達の耳へ届いた。


 その一連の動向に、友達は一気に鳥肌が立って、部屋にあった殺虫スプレーを大量に箱の中へぶちまけたのだそうだ。

 虫たちらしきものは動きを止め、次々と地面にへばっていくが、あのポテトチップスのもやしたちもまた、次々にしぼみはじめてしまい、巻き終わったときにはもはや黒々としたそれらが土へ横たわっていくばかりだったという。

 でも、もしあのままにしておいたら、もっと大変なことになっていたんじゃないかと、友達は思っていたそうだ。

 林箱を教えてくれた祖父に、のちほど結果を報告する友達。

 そうか、とつぶやいた祖父はなんとも複雑な顔をし、しばし黙ってからつぶやいたそうだ。

 いずれの世界も、遅かれ早かれこうなるものさ、と。

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