みんなで朝ごはん
「どう?落ち着いた」
葵さんが優しく頭を撫でてくれたいる。
「はい。葵さん。ありがとうございます」
「いいのよ。それより、おなかすかない?」
「そういえば・・・・すきました」
「じゃあ、ご飯、食べに行きましょうか。ここにはこれしかないから」と冷蔵庫と引き出しを指差した。
私は少し考えて
「私、3人でここで食べたいです」
「あら、じゃあ何か買ってくるわよ」
「いえ。できれば「手作り」でいきたいです」
すると葵の顔がにわかに曇った。
「?」
「ごめんなさい、、、、実は、私、料理はダメなの」
「えーーーー。そうなんでか。意外です」
こんなイケメン完璧超人が料理ができないなんて、でも、これ、ある意味女の子にとってはイチコロの保護欲を掻き立てるのではないか。
「お米を炊こうとするとね、なぜか焦げたり、お店で食べるのと違って、歯が折れそうな変なご飯になったり。何度やっても食べられるものができないの。何か呪がかけられてるのかしら、、、」
あー。これは根が深そうだ。
リリアが「その場合、考えられる対処法としては、、」と説教しそうになったので。
「大丈夫よ。それよりリリア、お願い!」
静かにスマホが光った。
「状況確認しました。
目標:最初の朝ごはんを作る
所持資源:ほぼゼロ
人員:料理スキル皆無 × 3名(マスターは一部例外)」
「ひどい!」
「提案します。徒歩圏内のコンビニにて以下のものを購入してください――」
パックご飯×3パック
温泉たまご ×3個
納豆 ×2パック
刻みねぎ(カット済)
カップ味噌汁
サバ味噌 or ツナ缶(たんぱく質+保存性)
バナナ or カットフルーツ(ビタミン補給)
牛乳 or 豆乳
「“ゼロから始める朝ごはん”としては、ベストバランスです。
所要時間は7分以内、火も包丁も不要、後片付けも最小限です」
「……やっぱこの子、できるな」
「うん、たまに変だけど、頼りになるんだよ」
じゃあ、明叔父さん。たまには役に立ってください。
「はいよ」と言って、勢いよく飛び出して行った。
明おじさんが買い物に出ていったので、改めてリビングの床に座って、二人で話をした。
「そういえばテレビでは警視庁が調査してるって言ってたけど」
「はい。<検死>っていうんですか。それがもう少しかかるって言ってました」
結月がソファに座っていると、隣にいた葵がふとつぶやいた。
「……おかしいわね。自動車事故で“検死”だなんて。しかも、警視庁……」
結月は、ぴくりと眉を動かした。
「……何かおかしいですか?」
葵はスマホを手にしながら、画面を見つめたまま言った。
「普通、交通事故で亡くなった場合――
管轄は交通課。救急搬送されて、病院で死亡確認。
その場で“事故死”として処理されて、
すぐに葬儀屋さんに連絡するように言われて終わりなのよ」
「……それが普通なんですか」
「ええ。だけど、“検死”って言われたんでしょう?しかも、警視庁の監察医が関わってるってことは・・・」
リリアも沈黙を保っていた。
結月は思わず手のひらをぎゅっと握った。
「……それって、どういう……?」
葵は視線を結月に向けた。その目は、優しさと、探るような真剣さが同居していた。
「……ううん。なんでもないわ。多分、事故を起こした状況か、、相手がゴネてるんじゃないかな。あ、帰ってきたみたい」
「パックごはんはチンしてもらってきたよ」
どんなもんだい!と鼻高々に明叔父さんがいう。そういえばここにはレンジも見当たらない。
私たちは床に直において、割り箸を並べた。カップ味噌汁にウオーターサーバーからお湯を注ぎ配った。まあ最初の朝ごはん、にしては上出来だ、ということにしよう。
さっそくがっつこうとする叔父さんを制して、私が
「いただきます、をしてからです」
といったのに合わせて、明叔父さんと葵さんが声を合わせて
「いただきます!」
「はい、召し上がれ」
3人で初めてのご飯を食べた。
パックごはんが涙が出るほど、美味しかった。
食べおえて、ゴミを片付けながら
「私、決めました。当面、明叔父さんのところで暮らします。 ……法律的にもそうしなきゃいけないみたいです。児童相談所の方も言ってました。叔父さん、いいですか」
「おう!リビング、好きに使ってくれ」
「もう・・・。明ったら」
葵さんがため息をついて、補足説明をしてくれる。
「一緒に住むのはいいことだと思うの。でも、明は、その、だいぶ結月ちゃんのお父さんとは違う人よ」
「はい。よく分かってます」
「違うの。本当に、その、特殊な人なの。私もこんな人とあったの初めてなの」
「そんなに特殊なんですか?」
「そうなの。明は、その、基本的に仕事をしてるか寝ているか、どちらかなの。そうね。その辺はおいおいと教えてあげるけど、、、問題は彼、潜ると、あっ、これは集中すると、って感じかな。とにかく気をつけないと、帰ってこなくなるときがあるの」
「帰ってこない?」
「そう。彼、思考の中に沈み込んで、コードを打つだけの機械、っていうと伝わるかしら」
そうすると葵さんが寒そうに、腕を摩った。
「人間て、入りこむと、あそこまで深く思考に沈むことができるのかって、側で見ていると、いつも怖くなる。もう帰ってこないんじゃないかって」
「よくわからないです」
「そうよね。でも安心して。最近は彼が分担する部分がだいぶ減ってはきてるの。ほらAIがコードを書いてくれるから。でもゲームの完成の数日間は完全に、その、潜っちゃうの」
「まあ、その時は私もいるから、大丈夫よ」
葵さんはウインクしてくれる。
だから、結月ちゃんは、ここで本当に好きにしていいと思うわ。
「ありがとうございます。あ、でも、いいんですか。葵さん」
私は恋人同士ってよくわからないが、せっかく二人なのに私がお邪魔しちゃうのかと心配になった。
「大丈夫よ。そんなこと、心配しなくてもいいわ。ここでは仕事しかしてないのよ。見てわかると思うけど。デートは外でしてるから」
またウインクしてくれたが、私はまだ何を意味しているのかはわからなかった。
リリアが
「ご説明しましょうか?」
と言ってきたが、葵さんが
「あら、リリアちゃん。それは野暮ってもんでしょ」
とやんわりと嗜めてた。
「そうですね。まあ、法律的にっていうのもあるんですけど・・・」
結月が言ったその言葉には、どこか強い覚悟があった。
「でも……それだけじゃなくて」
彼女はちらっと明の部屋の方向を見る。
「……あの人、ちゃんと生きてくれるか心配だから」
「ふふっ、そうね。ちゃんと生きててもらわないと」
葵が柔らかく笑う。
「……なんとしてもあと八年は生きててもらわないと、
私、保護施設に送られちゃうから」
「なるほど。成人するまで、保護者として明の保護下にいなきゃいけないわけね」
葵はすぐに話を理解して、指をトントンと顎にあてた。
「そうね。これからお葬式とか、お墓とか、いろいろ対応しなくちゃいけないことが出てくるわね。あと相続なんかもあるか」
明をチラッと見たが、なんのこと言っているか理解してないのは私でも分かった。
「相続のこととか、さすがに私でも手が回らないわ。でも大丈夫、知り合いの弁護士を紹介してあげる。 私と同い年だけど、有能よ。頼れる女性よ」
「弁護士さんの知り合いもいるんですか?」
「もちろん」
葵はスマートに答える。
「こんな仕事してたら、税理士と弁護士は絶対必要。
相談しないで放っておいたら、すぐに税務署やら労基署やらが飛んできちゃうからね」
「よし!実は最近ゲームが一つ完成して、今は少し時間があるの。今日は結月ちゃんのいろいろ、しちゃおうかしら」
「あれ、そうすると、ひょっとしてデートだったんじゃないですか」
「いいのよ。私たのデートなんて、いつでもできるから。先に結月ちゃんよ」
「ありがとうございます」
今日はなんだか忙しくなりそうな、そんな予感がする。