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第十八章

ベア王国の1年は12の名称で呼ばれ、ひとつの季節が終わるのは初め、中、終わりが過ぎた後である。一日の時は妖精が生まれる時間、数多の生き物が駆け抜る時間、オオカミの吠える時間、裏切り者の時間の4つ、一つの時は3サーアで構成される。

大陸最大の影響力と領地を誇るベア王国では

この季節を大切にする風習が根強い。

静寂

亡者の季節

芽吹く命

常世の春

童の試練

恵みの季節

神に愛されし者

勇者の帰還

実りの季節

天の怒り

闇の中

凍える大地

これらの月に合わせた催しの中で、スノーを最も悩ませるのは収穫祭だった。

「大体なんでそんなに月ごとに祝いをしなきゃならない?生まれた時と死ぬときで十分じゃねえか?あー、もう馬鹿馬鹿しい!」

一度丸椅子に座ったと思ったら、頭をかいて立ち上がる。

「なんだ?月の意味とかどうでもいいだろ。誰がいちいち理解して暗唱してるんだよっ。

コノヤロー」

部屋の中をウロウロと落ち着きなく歩き回ると、空を見つめた。

「いや自信が無いからって暦にあたったらダメだよな。うん、悪かった。悪いのは月じゃなくて意味とか決めたやつだもんな、うん。

ぶっ殺してやる」

そんなスノーの様子を、リリィとスワッチが扉の隙間から覗いていた。

「なんか、大変そうだね」

引きつった顔でリリィが言うと

「嫌の時期はいつもあんな感じだよ」

ご飯さえ食べさせとけばいいさ、とスワッチが両手をひらひらさせる。

一度部屋から離れた2人は、再びリリィの部屋に集合した。

初めの頃こそアスカが用意した子供向けや女児向けのぬいぐるみやらクッションやらでいっぱいだった部屋も、少し落ち着いた内装になっている。壁にかけられた制服が、リリィが住んでいる部屋だと実感させてくれた。

「でもスノーさんが絵を描く人だなんて知らなかった」

最後にスノーに宿題を聞きに行ったリリィは

ちょっとした出来心でノックをせずに扉を開いた。そこで目にしたのは大量のキャンバスと絵の具が散乱する中、真剣な表情で筆をとるスノーの背中だった。小さなバケツの水いれや絵の具の調合に使った板、丸められた紙などが散らばっていたのに、不思議とリリィは綺麗だと思った。時おりスノーの服が汚れているのも、部屋から目に染みる匂いがするのも、絵の具のせいだったのだ。

扉にあんなに繊細な彫刻ができるのも納得できる。

「あの子はあんまり自分のこと話さないからねー。まぁ、今の時期ならホイホイ喋ると思うけど」

作品制作に苦戦し自分の中に感情が溜まると

先程見たように永遠にひとりで喋るのだ。

「訓練も終わったし、休みがてら話してきたら?昨日宿題のこと聞けなかったんでしょ?」

「うーん、そうなんだけど。邪魔しちゃいけなさそうな雰囲気だよ」

そぉっとスノーの部屋を振り返るリリィに、

スワッチはあっけらかんと言った。

「大丈夫大丈夫。ああいう時はね、誰かと話した方がいいって僕が言ってるから」

「そうなんだ」

1度納得しかけたリリィは、その発言に違和感を覚える。

なんだ、何が違うんだ?

誰がと話した方がいい。

僕が言ってるから。

「ん?スワッチが言って……えぁ!」

眼前の景色が変わっていた。

なぜかスノーの部屋の中にいて、自分の背に扉の気配を感じる。瞬きはできるし、手も動く。おかしくなったわけではないみたいだ。

ではなぜ?

小さな頭で考えひとつの結論にたどり着く。

スワッチだ。

どうせ人に勝手に転移の魔法でもかけたに違いない。先程まで一緒に訓練していてもう十分にわかっているが、あの人は凄い。

いや、確か同意なく魔法をかけたらいけなかったはずだから、偉くは無いけど。

凄いのは確か。あれで将軍も同時刻に動いてるのだから訳が分からない。スワッチの説明で2人になれて、なっても能力が落ちないことはわかってるけど、頭にお互いの情報が入るというのだから、ひとつの頭で考えているようなものではないか?

「おい」

そんなことをうだうだ考えていると、スノーの低音が聞こえた。

「あっ、お邪魔しましたー」

できるだけ素早く静かに立ち去ろうとするリリィを、スノーは軽く首を振ってとめた。

元々男らしい顔つきに、疲れのせいか色気が増したように見える。リリィはもうだいぶ獣人の姿でも平気だと思っていたが、屋敷の中ではスノーは絶対に金髪碧眼の姿だった。

「少しでいい。そこにいろ」

「へい」

はいと良いよで迷ったリリィは中途半端な返事をしてストンと床に座った。からだはじっとしているが、瞳は好奇心を抑えきれずに動き回っている。再びこちらに背中を向けたスノーは、緩慢な動作で筆をとった。

リリィの目には、その絵はもうほとんど完成と言っていいように見える。

何が不満なんだろう?

唇をぴょこぴょこ出したり引っ込めたりして

遊びながら、リリィは考えてみる。

少しして、いやだいぶ待って、スノーが唐突に振り返って声を上げた。

「なあ」

「はい」

危うく唇を噛みそうになったリリィはパッと口を手で抑える。

「どう思う?」

どう思う、とは?

質問の意図をはかりかねるという渋面を見て

スノーはキャンバスを手に取ってこちらへ向けた。

「どう思う?何を感じる?」

夜空の中に、星でできた橋を渡るようなトナカイの絵だった。星々は眩しく、トナカイの毛は一つ一つに意思が感じられる。布に触れたら、そのまま同じ世界に入れるんじゃないかと思うくらい、その絵には現実感というか透明感というか、そんなものがあった。

「綺麗だよ。でも……」

「わかった」

リリィが続けて何を言うかは、本人もわかっていたらしい。

綺麗なだけなのだ。

芸術に詳しくないリリィでも、この絵を描くには大変な技術がいることが分かる。

これはすごい絵だ。でもそれだけ。

わぁ綺麗だね。

その会話しかうまれないだろうし、寝たら忘れられる。そんな印象の絵だった。

なんとなく、なんとなくだけどスノーが書きたいテーマやものじゃないんじゃないかと思う。

「収穫祭の後に何が行われてるか知ってるか?」

「うん、いや、うん、知らない」

「どっちだ?」

「ごめんなさい、助けになりたかったの」

「知らないからって困りゃしねぇよ。説明するか決めたかっただけだ」

こういうところ、案外スノーさんは優しい。

床にほっぽり出してあったノートを拾って、

スノーは地面に座り直した。その後を追ってリリィは自然と右隣に座る。

鉛筆を持って少し考えたあと、スノーはさらさらと筆を走らせた。骨格のわかりやすいがっしりした手に握られた小さな鉛筆と、几帳面な字に横から覗き込んだリリィは小さなギャップを感じた。

スノーが描いたのは広場のステージの周りに円のように人々が集まって、絵を描く人々を見物する様子だった。書き込まれた文字でから、首都の広場であることと投票されていることがわかった。

「収穫祭の後は、秋の精霊に捧げる作品を選ぶために色んな人が芸事を競うんだ。歌や演奏、舞踊や物語。それに絵の腕前なんかを競って1番の人を決める。1番になったら次の年の祭りまで、その人は国一番ってことだな」

「へぇー」

それを聞いてから見ると、なんだかステージに立っている人達がかっこよく見えてくる。

「投票は審査員よりは圧倒的に民衆の影響が大きいな。テーマに合ってるか、自分が好きかが大事にされてる」

「テーマがあるの?」

「毎年出される。といっても事前に完成させていいのは全体の8割までで、残りは当日ぶっつけ本番で仕上げなきゃならないけどな」

「8割?」

「過去には全部当日に仕上げた奴もいる」

絵はまだしも、踊りや歌なんかはどうするんだろう。初めから頭の中にないことを、一体どうやって信じてもらえばいい?

リリィは困惑した。

「今年のテーマは、12の月。学校で習ったことあるだろ?」

「うん、メリ先生が教えてくれた」

「静寂、亡者の季節、芽吹く命、常世の春、

童の試練、恵みの季節、神に愛されし者、

勇者の帰還 、実りの季節 、天の怒り、闇の中

凍える大地で12の月」

「精霊が4人いて、1人の精霊が3つの月を担当していると言われてるんだよね」

「言われてるんじゃなくて、そうなんだ」

やけに真剣な顔つきで言うと、スノーは立ち上がって伸びをした。人の姿をとっていてもその動きは猫科特有の滑らかさを持っていた。

「言われてるんじゃなくて、そう?」

首を横に倒してストレッチを始めたスノーは目をつぶったまま話を続ける。

「4人の精霊達は少しも違わずに季節を交代する。実際にベア王国で季節がズレたことはほとんどない」

「でもそれだけだよね」

「やけに現実主義者だな」

「だって、季節がズレたとか私には分からないし。体験したことも無いもの」

商人のおじさんのところにいた時は待遇が良かったけれど、基本的に地下室の中で商品と一緒に生活していた。季節のわかるのなんて入荷した植物や僅かに感じる風の香りくらいだ。

「うーん、そうか。そうだったな」

気まずそうに頭をかいたスノーは、ふと視線を窓にやった。

「リリィ、屋敷の森に妖精がいるのは知ってるか」

「知らない。ていうか妖精と精霊って何が違うの?」

「そんなことは俺じゃなくてスカイとか将軍に聞けよ」

どかりと床に座ったスノーに、リリィは首を傾げて尋ねる。

「スカイさんか、スワッチに?」

「なんでスワッチなんだ。あいつは将軍っていうよりかはガキ大将だろ。あれだ、お前のお父さん、アスカ様に聞け」

「おと…おじ様にかぁー」

「嫌なのか」

「私が嫌っていうよりかは、おじ様が嫌なんじゃないかなって」

寂しげな様子で言ったリリィの言葉に、スノーは口を中途半端に開けた状態で固まった。

(やっぱりそうなんだ)

言葉を返せないスノーの様子を見て、リリィはさらに悪い方向に想像力を働かせる。

「最近忙しそうだもんね。うん、しょうがないね」

口を挟む隙間を作らず結論づけた彼女は、一転笑顔を浮かべてスノーを見た。諦めたようなその笑顔には同情や慰めを拒否する冷たさもあった。

「俺にこんなこと任せるなよ……」

「ん?なんて?」

「いい、なんでもない。とりあえず妖精と精霊の話は置いておこう」

置いておかれた。

結構面白そうで、大事そうなのに置いておかれた。

少しむくれた顔でスノーを見るも、その時にはちょうど背中を向けていた。部屋にちらばっているキャンバスを集めて、こちらへ持ってくる。手伝おうとしたリリィは、その1枚の重さに目を見開いた。持ち上げるどころか引きずることだってできやしない。

「おっも!何が入ってんのこれ」

「枠組みと布だけだ。無理して運ばなくていい」

まとめて6枚も運ぶ腕力に、リリィは静かに感心する。自分のひょろっとした腕に目をやり

スノーのたくましい背中を見る。なんだか溜息をつきたい気分だった。

12枚のキャンバスを並べたスノーは、再びリリィと向かい合うように座った。

「12の月の意味はわかるか」

「なんか、コロコロ変わるんだっけ」

「コロコロ変わるんじゃない。その月をもっとも象徴する出来事に名前が変わるだけだ」

「月を、最も象徴するできごと?」

「そうだ。例えば……」

スノーの脳裏に画料屋での出来事が流れた。

あの花を紫に変えた少女。

忌み子と呼ばれる紫と黄緑の瞳を持つ彼女。

はたして、このことを詳しく話してしまっても良いのだろうか。

ありえない。

ありえないことだけれど、もしそれが呼び水となってしまったら?

「例えば?」

続きを促すように下から覗き込んだリリィの両目を見て、スノーは覚悟を決めた。

「今の時期だと穀物がよくとれるから実りの季節だし、己の名前が決まるものが多いから童の試練って言うだろ」

話さない。

それがスノーの決断だった。

今この瞬間、一生口を噤む覚悟をしたのだ。

「みんな自分で名前を決めるんだっけ」

「決めるっていうのとは少し違うな」

(意外と細かいな)

ムッと頬を膨らませるリリィだが、興味はあるので耳は傾ける。

「どちらかというと天から降ってくる感じだ。自分の内側から出てくるイメージの人もいる」

「赤ちゃんなのに?」

ふくふくとした赤ん坊が目をカッと開いている様子を想像してリリィは吹き出した。

「名前は二つあるんだ」

幼い時と大人になった時。

そう言って立てられた2本の指は色とりどりの絵の具で染められている。

ベア王国では子供が生まれた時と、1人前になったときで名が変わる。出生の登録をする際に立ち寄る神殿で、幼い時の名前を神子に決めてもらうのだ。自分の名が決まるまでは、その名前で暮らすことになる。どれだけ不満があっても変更することは出来ない。それは本来の名前ではないから、執着する必要が無いのだ。本来の名前、自分の名が見つかった時に、その者は成人として1人前に扱われる。

周辺国とは違い、ベア王国の成人の基準は曖昧と言われるのはそのためだった。

「迷ったりしないの?」

「しない」

ピースが完全にはまるような感覚。

名が決まった時の状態は人によって感じ方が異なるが、スノーはそういう感覚だった。

「嘘言ったりもできるでしょ?」

「大概すぐバレる。人にもよるが、その家系に伝わる能力とかは成人以降にしか発現しない場合が多いんだ。それに何より偽りの名はしっくりこない。傍から見ても、なんかこう違和感があるんだ」

稀にずっと見つからない人もいるが、そういう人は何かが自立を邪魔している場合が多く課題を乗り越えてしまえば見つかるものだった。

「じゃあ私も見つかるってこと?名前、変えないといけないの?」

「いや変えなくていいんじゃないか?人間だし、似合ってるだろ」

「うん」

僅かに頬を赤らめたリリィは頷くと、ホッと小さく息を吐いた。名前まで変わってしまったら、本当に捨てられたような気分になる。

「スノーさんは何でスノーにしたの?スノーさんの色は白じゃなくてどちらかというとグレーに近いよね」

落ち込みかけた気分を変えるように顔を上げると、スノーが渋い顔をしている。ゆっくりと頬の傷を撫でている時は、なにか落ち着かないことがあった時だと最近気がついた。

「あ、嫌だったら全然……」

最後まで話すことすら許さないような顔に、リリィは口を噤んだ。悲しむような、怒るような、思い出すかのような、そんな表情のまま、ユキヒョウの耳としっぽが飛び出す。

「!」

リリィが先程言ったような、灰色に近い白い毛で覆われたそれは心情を表すかのように揺れていた。彼女の何気ない言葉は、スノーの記憶のドアを叩いてしまったのだ。

生まれてから数日のあの忌々しい出来事。

開きかけたドアを、スノーは全力で閉じた。

足を踏ん張り、歯に力を込め、全身の力で抑え込むかのような精神力を持ってして。

仕上げのように頭を振ると、もう険しい表情は無くなっていた。

「何の話だった?」

「え、えっと」

忘れているのか、ふりなのか。

リリィには分からなかった。

言い訳を捻り出そうとして、頭の中から違う言葉が飛び出す。私大事なことだったでしょう?とでも言いたげな、慌てた様子で。

「あ、大事にしている言葉、それが聞きたかったの」

「その宿題は大人に聞いて回ればいいってもんじゃないだろ。ちゃんと自分が尊敬する人に聞かねぇと」

「知ってるよ、だから聞いてるの」

「は?」

名探偵が犯人を名指しするかのようにビシッと指をさして、リリィはもう一度説明した。

「尊敬する人。尊敬する大人に私は聞いてるの、大事にしている言葉はなあに」

「なっ」

顎からじわじわと赤くなり、ポンっと効果音をつけたい感じで真っ赤になった。

「え?なになにどうしたの?」

今日のリリィは無敵である。普段ならあるはずの壁がないからグイグイ行けてしまう。

一方のスノーは防戦に徹している。

両腕で顔を隠し、余った手のひらを振る。

「なんでもない、あっち向いてろ」

「なんでもなくないよ耳まで真っ赤だよー」

「ちょっとでいいからほら」

「えー」

この時、リリィはスノーが案外ちょろいことに気がつく。普段無表情に近いのはその裏返しなのではないかと気づいてしまったのだ。

スノーはスワッチに並ぶめんどくさいやつにつかまってしまったことになる。

赤というよりもはや紅に近い顔色のスノー相手に攻撃の手が休まることは無い。

「どうしたのどうしたの?ん?」

「あーもううるさいな」

内側から花が咲いたみたいに、スノーが半人から獣人の姿に変わった。グレーの柔らかな毛に黒の斑点が浮かんだ見事な毛皮に包まれた彼は、その立派な模様に似合わぬ弱々しい声を出す。

「目に見えるものだけが結果ではない」

「え?」

「大切にしている言葉だ」

これでいいだろとでも言いたげに背中を向けしゃがみ込んだ。

「どうしてその言葉が大切なの?」

今度はおちょくるのではなく真面目に聞いたリリィは、ゆっくりと正面に回る。膝の上に頭を置くように座ったスノーの顔は、まだ赤かった。

「…自分は自分のままでいい気がする、から?」

「自分は、自分のままでいい」

両の目の色が違っても。

みんなと違って人間でも。

魔法が使えても。

私は私のままでいい。

誰かに愛されたいと願っても。

他の人と同じように暮らしたいと思っても。

それは変なことではないのかもしれない。

(その、そんな考えって)

「とっても素敵」

「うん」

小さい子が褒められたみたいな笑顔を見せたスノーは、照れたように目を伏せた。

「誰かに教えてもらったの?」

「自分で思ったんだ」

一見逃げのように思われるそれは、強気な肯定だった。昨年の収穫祭で優勝した時も、それ以前の大会でも。スノーは非難にさらされた。芸事は神子が優れているべきだ、その中途半端な毛色で神子を着どる気か。お前の絵は芸術とは言えない。幼少期から言われ続けたあらゆる非難が、筆をとる度頭をよぎる。

絵を描くためにした経験、調査を否定されたこともある。でもそれは譲れないことだ。

絵として形に現れる部分だけでなく、その絵が持つ色や感情に影響するものなのだ。

たとえ失敗しても、必ず己の身に残る。

目に見える毛の色や、目に見える絵だけを肯定しない、させない。そういう意味だと、スノーは幾分柔らかくして説明した。

「おぉ、かっこいいね。なんか、こう、かっこいいって言う言葉に収まらないかっこよさを感じる」

「そうか」

「今回の絵の見えない部分はどこなの?」

「歴史」

「歴史?」

テーマが発表された時から、スカイにあらゆる文献を借りて読み漁った。自分の中の知識が、この絵には現れている、はずだ。

「ふーん?」

並べられたキャンパスを見て不満そうに唇を突き出すと、上目遣いでスノーを見る。

「なんだ」

「それってさ本当にやりたいことだった?」

「本当にやりたいこと?」

自分でも説明が難しいのか、首を傾げて考えると、ゆっくりと口を開いた。

「今まで見た絵はね、作者がどんな気分で何を伝えたいのかがすごく伝わってきたの。こう髪の毛がぶわってなるみたいに」

でもこれはならない。

奇怪なものでも見るかのようにキャンバスを見ると、そっと指先でつついた。

この絵は話さない。

「スノーさんは、12の月に対して何を思ってるの?どんな考えなの?それが大事な気がするな」

「思ってること、か」

長く息を吐いてスノーは考えてみた。

12の月と聞いて、最初に湧き上がったイメージはなんだっただろうか。

「精霊」

「どんな見た目の?それは何人?」

「4人だ。見た目は、こう、ベールというか具体的な塊ではなくて、緩くつながったり離れたりしながら形を作るような」

楽しそうに、悲しそうに不規則に揺れるけど形が見えなくなることはない。4人の精霊が

時に混ざったりしながら円を描くように動く。そんなイメージだった。

「いいねいいね。それを描こうよ」

「え?」

「誰にも描けない、誰にも見えない、誰もが考えたことの無い12月。スノーさんなら形にできるでしょ?」

見えない、気づかれない。

誰にも捕まらない自由と孤独を知る精霊。

輪のように繋がって……

「描けるかもしれない」

「おぉ!」

「いや描く。描ききってみせる」

部屋でむにゃむにゃ言っていた時とは全く違う表情に、リリィは思わず声を上げた。

「できるよ」

「おう。じゃあリリィ」

「何?」

「出ていってくれ」

両肩に手を置き、スノーが扉を開く。

え?という前の半開きの口のまま部屋の外に追い出されたリリィは、開いていた口を思いっきり閉めると、振り返ってドアを見つめた。

(なんて自由人なの!)

私のことをホイホイ物みたいに扱って!

勝手に部屋に入れるスワッチも、部屋からだすスノーも。みんなみんな身勝手だ!

小さな体で精一杯地団駄を踏むリリィは、しかし急に笑みを浮かべた。

「描けるようになってよかったな」

学校に飾ってある森の絵が、リリィはとても好きだ。スノーが本気になったら、素晴らしい絵がこの世に生を受けることをリリィは知っている。腹は立つ。ものすごく立つけど、けれどそれより絵がみたい。スノーの考える1年が、どんなものなのか見てみたい。

「特別に許してあげる」

ニヤリと口角を上げたリリィは、扉を背に歩き出した。

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