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十三章

指示に合わせて大人が腕を広げたくらいの大きさの台が運ばれてきた。

「証拠は3つ」

やけに耳に残る、鼻にかかった様な声で商人のようにひとつひとつを説明し始めた。

「1つ目」

語尾に小さくんがつく喋り方。

示されたのは薄い長方形の黒い紙。

この姿でそれがなんであるかわかる人の方が少ないことだろう。

「これを放ると」

上空でぶわっと膨らむと、それは鳥の姿をとった。頭部に対してやたらと大きな目をしている、生気を感じさせない奇妙な見た目だ。

「このように鳥になります」

呪術師の操る鳥は王国の治安維持に役立つ。

死体の消えてしまうこの国では、どれだけ早く現場を抑えられるか、事件の発生に気がつけるかが肝要になる。そんななか映像を記録し保存出来る鳥は、魔法に代わって重宝される様になった。姿の見えない鳥がこの国には何万といるとされている。

「映像を見てみましょう」

鳥の口が開いたかと思うと映像が天井に投影される。腰に両剣を刺した将軍の姿が、確かに確認できた。

「2つ目」

こちらは手のひらに乗るほど小さなものだった。場内の人々は自然と前かがみになる。

「将軍様、これが何かご存知ですかな」

その場から動くことなく将軍は答えた。

「私の制服のボタンです。今着ている軍服の物と同じ」

銀をベースに、天秤に乗った万年筆と剣があしらわれたものである。

「事件現場に落ちていたそうではありませんか。ちなみにこれは偽装できませんぞ」

ひとえに制作過程に精霊魔法が使われているためである。精霊たちは非常に気難しい性格をしており、作ってもらうだけでも一苦労。ましてや同じものを作るなど彼らが許可するはずがないからである。

「ちゃんと本物ですぞ」

係を呼び付けようとして、ふと思い出したかのように将軍の方を向く。無言のメッセージを受け取った将軍がその手から小さめの火炎を出した。

「何してるんです?」

「ちょっと」

「証拠品になんてことを」

事情を知らない一部の人が騒いだ。

ところが。

「このとおり傷一つありません」

精霊が関わると、物は強くなる。

本来の力を引き出す精霊魔法を用いた製品は

使用者にも一定の加護をもたらすのだ。

その証拠に白猫獣人は無傷で、ボタンも無事で済んでいる。

「3つ目」

それは台の上で明らかに存在感を放つ長剣。

特徴的なのは柄がないこと。

おそらく本来の長さの3分の2程度でへし折られているのだ。それでも十分な長さだった。

男は慎重にハンカチで包んで両手で持つと、いきなり胸に向かって引き寄せた。

ガタッと椅子をたつ音がする。

「とまぁこのようにグレイブ殿の胸を一突きにしていた訳ですな」

寸止めしていた男は大義そうに剣を再び戻すと、ハンカチを畳んでしまった。

「国内でこれだけの大剣を持っているのは貴方くらいだ。証拠としては十分でしょう」

満足したように腹を撫でると、将軍に問いかけた。

「なにか反論がありますかな?

先程からやけに素直にお認めになりますが」

フッと将軍が笑った。

常の凛々しい顔つきとも、穏やかな笑みとも違う、皮肉の効いた笑い方。

静かに息を吐きながら、頭を下げ、再び上げた時にはいつもの将軍の顔つきだった。

「いえ、私を犯人にするにはあまりにお粗末な証拠品でしたので」

つい、と浮かべた優しい笑みの裏に、どこかヒヤリとするものを含ませていた。

白猫獣人の顔が思わず引きつる。

「私は先ほど機会・物証・動機がなければ罪を認めることは出来ないと言いました」

確かめるように場内を見回す。まだ記憶に新しい発言に、多くの人が頷いた。

「それがまだ満たされていないのですよ。これら3つの証拠品では」

「何をおっしゃる」

「そうではありませんか?」

頭一つ分は背の高い将軍が、見下ろす形になる。

「では、動機はなんだとお考えですか?」

「口論の末にグサッですな」

自分の胸に剣を突き立てるジェスチャーをした。将軍は鋭く質問を重ねてゆく。

「根拠は?」

「グレイブ殿の着衣に乱れがあったことと、

最近誰かにつけられているようだと周囲に相談していたという聞き込みの結果からですな」

掴まされたな。

将軍はそう判断した。

影の一族であることを知られぬように、グレイブは最大限の注意を払っていた。周囲にそんなことを相談しているはずがない。言ったとしたら必要な時、必要な相手に限ってするだろう。

「では動機はそうだとして、機会はどのように説明されるおつもりですか」

将軍には殺害したと思われる時刻に公務に参加していたアリバイがある。

「陛下にお尋ねいたします。私はその日首都での視察に同行しておりましたよね?」

「ええ、確かに将軍は私と共にいましたよ」

国王シャルルは静かに頷くとそれを認めた。

場内の人々の目が、白猫獣人に疑いの眼差しを向ける。男が僅かにたじろいだ。

そう思うと今度はニヤリと笑う。

「ご安心を、確かな証拠もなく国の要である将軍を疑ったりしません」

まるで執事のように胸に手を当て頭を下げると、国王シャルルに笑いかけた。

「私は、常々不思議に思っていたのですよ」

短い指を顎に当て、ゆっくりとその場を一周する。人の注意を引くためのパフォーマンスと分かっていても、人々の視線は釘付けになる。静まり返った場内に男の靴音だけが聞こえた。

「なぜドロワは複数の頭を持つ生き物として描かれるのでしょうか」

「!」

先の分からない話に首をひねる聴衆とは違い将軍がかすかに表情をかたくした。

睨んでいるともとれる視線を白猫獣人に向ける。

「王国は常に実在する生き物のみを描いてきました。なのに何故ドロワだけおかしな見た目なのでしょう」

自分もおかしな喋り方をしていたくせに、急にもっともらしい話し方をする。

「アロガン殿、そのくらいにしておいた方がいい」

初めて将軍が名前を呼んだ。

眉を軽くよせ、小さく首を振る。

その声は子供を叱るような優しさと、有無を言わさぬ圧力を感じさせた。

「ご自分に都合の悪いことだから止めたいのですか?」

「違います。そういうことでは…」

将軍の発言をさえぎり、男は1歩前に出た。

「ドロワは分身できる」

舞台に上がった役者のように叫んだ。

どうやらこういう演出がお得意のようだ。

「それが事実ではありませんか。あなたはその能力を利用して、国王陛下の警護と同時にグレイブ殿を殺害した」

その考えは余りに突飛だと、荒唐無稽だと笑い飛ばすことも出来たはずだ。

しかし将軍はそうしなかった。

彼がやったのは、難しい顔をして考え込むこと。黙して肯定したのである。

場内は2つの理由でざわめいた。

ひとつはドロワの秘密を知ったから。

そしてもうひとつは、それが将軍の罪を立証する証拠となるから。

「将軍、なんとかお答えください」

場内の一人、サイの獣人が懇願するように言った。口にこそ出さないが、他のものもそう思っていた。

最後の音が場内から消えると、沈黙が場を支配する。将軍はそれでも沈黙を貫いていた。

「被告の主張は以上ですか?」

見かねた審判が尋ねた。

予定の時間はとうにすぎている。

このまま反論しなければ有罪が確定することは明らかだった。

「将軍?」

将軍は小さく息を吐くと何かを諦めるように目を閉じた。

それからたっぷり時間をとってまぶたを開ける。朝日が昇るように黄金の瞳が姿を現し、見慣れているはずの大臣たちも思わず見惚れた。

その瞳は、ドロワの神秘性を抜きにしても、実に美しいものだった。

「認めましょう」

「では審判…」

「いえ、認めるのはドロワに分身の能力があることだけです。殺害の罪を認めることは出来ません」

真っ直ぐに審判を見て断言する。

「では皆が納得するように説明をお願いします」

実はこの判断も、将軍にとっては苦渋の決断だった。ドロワの秘密を守るためならば、最悪冤罪でも捕まる覚悟があった。そうしなかったのはそれが王国と王家にとって最善ではなかったから。将軍に罪を着せ、白猫獣人に国家機密を漏らした人物を突き止める方が大切だと判断したからにほかならない。

「ドロワの持つ分身の能力ですが、絵画によく二つの頭で描かれるように、二人に分身することができます」

長靴のかかと同士を数回軽く叩くと、わずかに将軍が発光した。本当はその動作は必要ないのだが、観衆に分かりやすいようわざと取りいれた。皆の見守る前で、将軍は二人に増えた。

「「このように」」

二人の将軍が同時に話す。

「別々の行動をとることも」

「当然可能です」

一人は右足を出し、もう一人は左腕を上げる

「能力もきちんと一人前です」

「半分になることはありません」

ただ将軍が一人増えたのとおなじということである。

「それで?聞いていると殺害が可能だったという証明でしかないのですか」

なぜか苛立ったかのように審判が聞いた。

「お気づきではありませんか?」

「何に気づくというのです?」

将軍はもう一度一人に戻ると、再び二人になった。

「どうでしょうか」

審判が困ったように周囲を見るが、そばにいる人も同じように困惑した表情を浮かべていた。みな将軍が何を言いたいのか分からないのだ。

「教えていただいても?」

「わかりました。それでは皆様私の耳に注目して頂けますか」

そういうと、再び二人になる。

あ、と小さな声がちらほらと上がった。

確かめ合うように互いの顔を見合せ、もう一度将軍を見る。

「ピアス、ですか?」

そう、将軍の耳には小さいけれど銀色のピアスが付けられていた。それが2人に増えると片耳ずつになるのだ。

「これは外して片方につけるということはできません」

一人の将軍がもう一人の将軍にピアスを外してつけようとするが、体から離れた途端に元の位置に戻った。

「そうですよね、王子様」

美しい深緑の瞳を瞬いて、王子が将軍のことを見た。ややあって、ええと頷く。

「建国祭の時に私を守ってくださった将軍に褒美として差し上げたものです。将軍には自分から絶対に離れない護身具が欲しいという要望を受けたのでその通りに依頼しました」

一同の視線を受け、少し困ったような表情で言う。

「先ほどの映像を流していただけますか」

将軍の指示で、鳥から再び映像が流される。

腰に両剣を刺し、普段身につけている紺色の軍服姿の彼がそこにいる。ただし、本来そこにあるべきピアスの姿はなかった。

「この映像は、グレイブ殿が殺害された日。つまり建国祭の後に撮影されているはずですそうだとしたらピアスが写っていないのは不自然ではありませんか?」

「それは…」

「それに」

その黄金の瞳をひたと向け、将軍はどこか宣言するような調子で言った。

「私はこの生涯の間で、この能力や自身の持つ力を、己の、醜い私欲のために使うことはありません」

それは幼年の頃に立てた誓だった。

人並み外れた、特出した能力。

母校の学園長は、それを己のために使うことを禁じた。彼が厳しく言ったのはそれだけだった。

「僕は真剣に聞いてるんだ先生。ふざけないでくれ。でないと先生でもころしてしまうかもしれない。あぁそのくらい気がたってるんだよ」

学園長室で必死に訴える彼の話を先生はいつでも笑顔で聞いてくれた。力も、心も安定しない時期のことだった。今の学園長と同じウサギの獣人だった。

「前に言ったよね先生、力のある者は無い者のためにあるって。じゃあさ、ある者は誰に守ってもらうの、誰にほどこしてもらうの。力のある者が、自分のために力を使えないなんて、そんなの絶対絶対おかしいよ」

「確かにそうだね」

よいしょと椅子から立ち上がり、将軍と目を合わせた学園長は愛おしいものを見るような目つきで笑った。

「僕はどうしたらいいの?」

師匠は自分で考えろと言った。

他人が立てた支柱よりも、自分で立てた支柱の方が信用できるし、出来栄えも確かだからと。

でも彼は教えて欲しかった。色んな考えが浮かんでは消えてしまうこのぐちゃぐちゃな脳内を整頓して欲しかった。だから聞いたのだ

「じゃあスワッチ、一つだけ覚えておきなさい。これは絶対じゃないよ。ただ心の拠り所の1つにするんだ」

真の名が決まる前に付けられていた幼名で呼ぶと、学園長は言った。

「何かを守ろうとする気持ちが誰かを傷つけてはならない」

「なにかを守ろうとする気持ちが、誰かをきずつけてはならない?」

「そうだよ。守りたいものはなんだっていい。自分でも、周囲の人でも、物だっていい。大事なのは一つの事だけに集中しすぎないこと」

幼い頃の将軍にはまるでなぞなぞのように感じられたこの言葉は、今では彼の座右の銘になっている。

「そうですか、では能力を悪用することがないと仮定して、残りの2つの証拠はどのように説明される気でしょうか」

白猫獣人は己がまだ優位に立っているような傲慢な表情で尋ねる。そちらに向かって将軍がほほ笑みかけると、つかつかと台に向かって歩き出した。

「何をなさるおつもりで…!」

慌てた男が台に取り付くようにしがみつくと腰に刺さっている両剣のうち右側を抜いた。

シャッという音の後、光を受けて輝く刀身が現れた。ヒェッと情けない声をあげ、白猫獣人が腰を抜かす。

「だ、誰か」

その場にいた誰もが、将軍の刃など受けたくは無い。人々が目を逸らしているうちに迷いなく振り下ろされた剣が、柔らかいものでも切るように台を真っ二つにした。木製で重量のあるはずの台をだ。

「アロガン殿?目を開けていただいても大丈夫ですよ?」

「え?ああそうですか」

どこか気恥しそうに言って立ち上がると、叫び声を上げた。

「何ということを!」

将軍は台の上に置いてあった長剣ごと叩ききってしまったのだ。見るも無惨な姿に変わり果てている。

「証拠品に手を上げるなど、将軍といえど無事ではすみませぬぞ」

「私は己の無実を証明するために行ったまでです」

指を突きつける男に涼しい顔で答えると、聴衆に向かって問いかけた。

「なぜ剣は折れたのでしょう?」

「何をいけしゃあしゃあと、あなたが叩ききったんでしょうが!」

唾を飛ばしながら怒鳴る男に、これまた冷静に返した。

「おっしゃる通り。ですがおなじ練度の剣どうしがぶつかった場合折れたりはしないはずです」

残る左側の剣も抜くと、右に持つ剣へと振り下ろす。キィんという金属同士の澄み切った音がするばかりで、どちらにも傷一つ、刃こぼれひとつ無い。

「私は自分が使う武器は自分で鋳っていますあの剣が本当に私が作ったものならば先程もこのようになるはずでした」

「それは…」

「そもそも」

ぐるりと場内を一瞥して、再び口を開いた。

「何故柄がないのです?」

「己のものだと思われないために、柄だけへし折ったからでしょう」

将軍が持つ剣には、代々将軍職を担うものに受け継がれている宝石が埋め込まれる。エメラルドが埋め込まれるのは、ちょうど失われた持ち手、柄の部分なのである。

「それ以外も私の剣に酷似しているのにですか?抜いた方が早くはありませんか?」

「むぅ」

図星をつかれたように黙り込む男に、将軍が畳み掛ける。

「わざわざ普段使っているものよりも質の劣るものを持って、グレイブ殿の元へ向かったということでしょうか。そうなるとその時点で殺意があったということですよね。つまり先程仰った口論の上にグサッは成り立ちません」

「それは…ぇぇそう!これは計画的な犯行だったのですよ」

「質を落とした剣を作る時に証拠が残るかもしれないのに?あらかじめ剣を作るのなら自分とは似ても似つかないものにしても良かったとは思いませんか」

そもそもこの議論自体が無意味と言っていいものだ。他の追随を許さない高品質の武器を作る腕前と、妥協を許さない頑固な性格によってアウグル家はその名声を得たのである。ベア王国イチの武器作りの腕を持つアウグル家に育った将軍が、質の劣る武器を作るはずがない。まずその血筋が許さないだろう。

「……」

完全に黙した男を横目で見ながら、将軍は台の周りを一周する。優しい手つきでボタンを拾い上げると白い手袋の上に置いた。

「最後の証拠であるこちらですが、私は事件のあった日よりも前に、紛失届を出しているはずです」

王宮の紛失届けには特殊な加工をした紙が使用される。偽造防止のため製造日・納品日・記入日・提出日が記され、専門の機関で受理されるまでは新しい品物は届かない。

「こちらで確認したところ、提出されていないとのことですが」

審判が不審げな顔で将軍の制服に目をやり、眉間のシワを深くした。制服のボタンは、全て揃っている。

「予備の制服を着用して偽りを申されているのではないですか」

「そのようなことは致しません。私の執務室を調べていただいても構いませんよ」

「すでに向かわせています」

鼻の穴を広げながら白猫獣人が言った。

その発言に、王子が即座に反応する。

「たとえ審判にかけられている身であろうとも王国の守備の要である将軍の許可無く、部屋に立ち入るのは無礼ですよ」

思わぬ人物からの叱責に動きを停止させる。

恐らく体の動きだけでなく、脳内も思考を停止させていることだろう。

そんな男をバカにするかのようにため息を吐いた男がいた。

「この後予定があるもんで失礼するぞ。こんなのは時間の無駄だ」

大きな音を立てて立ち上がると、ダガーが場内を出ていく。あまりにも突然で鮮やかな退場に咎める声も出ない。

場内にやや気まずい空気が流れ始めた頃、男の部下が駆け込んできた。

「ありました!」

「何がだ?」

先程の失態を取り戻すがごとく勢い込んで尋ねる彼に、部下もまた威勢よく手にもつ書類を掲げた。

「それはなんだ」

「紛失届けです」

「ん?なんだって」

期待に満ちた顔はたちまちしぼみ、余った感情は怒りに変わる。

「今それがなんだと言った?」

「未提出の紛失届けです。製造日・提出日・記入日は記載してあります」

その日付は、どれもが事件日より前のものだった。

「うっかり、提出するのを忘れてしまっていたようですね。これは失礼をいたしました」

優美に頭を下げる将軍を、アロガンは憎々しげに睨んだ。もう取り繕う余裕もないらしい

もちろん、将軍やその部下がそんなミスをするはずがない。

これは一種の保険だった。

謎の集団と生き物に襲われたあとボタンがないことに気がついた将軍の保険。悪用されることを逆手にとった防護策だった。

「さて、審判は以上でよろしいですか」

微笑みながら見られたにも関わらず、審判はゾッと背中に寒気が走った。前に立つ男が、もっと大きくて恐ろしいもののように感じられたのだ。

「これ以上進展がないようでしたら審判を終わりにします」

震えそうになる声を抑えながら言うと、反対の声は上がらなかった。

手順に従って、粛々と終わりの言葉が述べられていく。予定の時刻を1サーアも過ぎる、実に長い審判であった。

「将軍は無罪」

それを聞き届けるか届けないかのタイミングで将軍は廊下へと出た。まだ人気のない静かで冷えた廊下。知る人の少ない道を選んでいき、足音1つ、呼吸の音さえ消しながら進んでいく。そうながらしばらく歩くと、ある1点で立ち止まった。手を壁に当て、己のエネルギーを押し込むとカチャリという手応えののちその内部へと招かれる。

そこは秘密の部屋だった。

王城の改築に関わった際、密かに防衛システムに織り込んだ、将軍しか存在を知らず入ることも叶わない部屋。部屋といっても黒い机と椅子が1組あるだけの殺風景な部屋だ。

その椅子に腰を下ろし、背に上着をかけた将軍は手を組みそこへ頭を預けた。下を向いた状態で、一見すると眠っているようだった。

彼は、審判の間で一つだけ偽りを言った。

いや、偽りというには酷かもしれない。

ただ人々の勘違いを否定しなかっただけ。

ドロワは二つの頭を持つ生き物として描かれる。ゆえに分身できるのもふたりまでだろうと。そして分身は将軍にそっくりな見た目をとるだろうと。おもむろに立ち上がった将軍は、三人に分身した。

一人は黒い艶やかな毛並みと黄金の瞳をもつクロヒョウに、一人は灰色の毛並みと瞳を持つ狼に、一人は焦げ茶色の髪と小麦色の肌を持つ人間の男の姿になった。

彼らの間に会話は必要ない。

お互いの考えや、取得した情報がリアルタイムで共有されるからだ。三人までなら、オリジナルとおなじ能力も有していられる。

将軍はそのまま執務に戻り、狼は潜入中の組織へ戻り、男はスワッチとして屋敷に戻った

ダガー・シェンが途中退出したのが気にかかる。アスカも屋敷にいるはずだが、長年戦場で培った勘が危険だと訴えていた。

王宮内で使えないはずの転移を使って、スワッチは屋敷へと向かう。



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