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第十二章

事件が起きてから、二週間近くがたった。

「レディ、正直に話してはくれないか」

スカイの問いかけに、レディはうつむいたまま首をわずかに横に振った。

スワッチからの報告書を持ったスカイは、リリィが祭りに行ってしまった件について問い詰めていた。

「この事件は、あなたの協力がないとできないはずです」

事のあらましはこうだ。

まずロンロンに、あらかじめ偽造したメッセージを入れた魔道具を括り付けて校門にいかせる。

そしてそれを信じたリリィが屋敷に戻り、そのまま外出する。

スカイ、スノー、スワッチ。

そしてアスカがいる日には当然この計画は成り立たない。

彼らが一人で外出するのを許可するはずがないからだ。

祭りに行ったところまで計画だったのかはわからないが、共に外出して途中でリリィを置いていくことも

やろうと思えばできる。

「師団に突き出しましょうか?」

レディの栗色の瞳が、迷うように揺れた。

おずおずと、口を開く。

「アスカ様が憎かったからに決まってるじゃないですか」

演技にしてはあまりにつたない言葉。

「憎かった?」

「我が家を衰退させたのはアスカ様でしょう?」

レディはもともと、由緒ある貴族の家の娘だった。

家が没落することがなければ、家事などとは無縁だった人物である。

彼女がまだ少女だった時に、父親が事業に失敗して多額の借金を負う。

埋め合わせのために家の名を売ったものの、その売った相手にもだまされ、残ったのは古い小屋と

美しい娘だけだった。

それを見かねたアスカが何倍もの金額で家の名を買い戻したのだ。

もともとレディの家が扱っていた繊維業の権利を譲ることを条件にしたものの、破格の扱いである。

それに恩義を感じたレディが自ら屋敷で働くことを志願したのだ。

家柄だけを見て求婚してくる男たちに嫌気がさしていたのも勿論ある。

「相変わらず、嘘がお下手ですね」

「なっ、嘘ではございません」

「お父上でしょう?」

サッと顔を伏せる、その動きですべて示してしまっている。

スワッチの報告書では、アスカが買い与えた家に父親がもう何日も帰っていないことが記されていた。

「お父上を人質に、脅されたのではないですか?」

うっすらと涙の張った瞳が、こちらを見た。

まるで、信じてよいのですかと問いかけるようだった。

「そちらなら心配ありませんよ、もう手をまわしてありますから」

じきに知らせが来るはずです。

そう続けられた言葉に、レディの膝が落ちた。

もはやこらえようともせずに、両の瞳から涙をこぼす。

「申し訳ございませんでした」

「言ってくだされば、もう少し早くお助けしましたよ」

「買い出しに出た日に、路地につれていかれて、指示に従うように言われました。

逆らえば、逆らえば父の命はないと言われて」

指示は、彼女が洗濯物を干しているときに空に浮かんだらしい。

本当に、申し訳ございません。

頭を下げるレディを見つめながら、スカイは当事者である二人のことを思った。

今日、王宮に呼び出されたアスカとリリィのことを。


「行かなきゃダメかな?」

「何言ってるの、お父様。出廷命令を無視するわけにはいかないでしょう?」

王宮の前に到着した二人は、そこでちょっとした口論になっていた。

「だって、何にも悪いことしてないのに」

「悪いことしてないから、行くんでしょうが」

そう言うリリィの手が震えていることに気が付き、アスカは覚悟を決めた。

「わかった、行くよ」

今にも翼をはためかせて飛んでいきそうなシグリットの像を通り過ぎ、王宮の奥へと進んでいく。

初めて入るリリィは、天井の模様一つ、壁の装飾一つに感嘆の息を漏らした。

白と緑を基調とした城内は、親しみやすいのに高貴な感じがした。

裁判が行われるのは、普段は議会に使われる一階の一角で収容人数は百人を軽く超える。

シグリットが下界に肩入れしすぎていると、天界の審判にかけられたときに裁判を行った審判の間を

モチーフにつくられている。公平の神であるドロワがもつ天秤が扉に彫られていた。

ドロワの姿は、伝える人によって異なる。

そのためその肖像は国内に残されていない。

ただその証があるもののみが、ドロワとして認められる。

金の瞳と、天秤の痣をもって生まれたものだけがその役割を担うのだ。

現在、その責は将軍フランマが持つ。

だからこの場で二人と会うのは自然なことである。

「将軍」

「国主様」

いつもの紺色の軍服を身にまとった将軍が、扉の前に立っていた。

「体の具合はもういいのか?」

「なんとか」

そう言ってわずかにほほ笑む彼は、やはりどこかすぐれない表情だった。

「今日は君が審判なのか?」

「いえ、今日はかけられる側です」

「なんだって?」

訳を聞こうとしたアスカは、己が手を握っている少女の存在を思い出した。

「リリィ、少しだけあちらで待っていてはくれないか」

アスカが指したソファーを見て、リリィは小さくうなずいた。

「…わかった」

その寂しげな背中を見つめながら、アスカは小声で謝った。

きちんと足をそろえて座るのを見届けて、再び将軍に向き直った。

「将軍が一体何の罪を犯したと?」

辺りにさっと視線をやった後、少し顔を近づけて将軍が言った。

「影のグレイブ様が何者かに殺害されたのです」

「!」

建国祭を祝う日、アスカに頼みごとをしたグレイブ。

灰色のマントを羽織った、偉大な白狼がこの世を去った。

生涯を、この国と王家にささげ、ネクロポリスと戦い続けた男。

「それが、どうして将軍の罪になるのです?」

「それは…」

キィーと扉が開いた。

「裁判を始める前に、被告の主張を尋ねます。アスカ・シェン・シグリットはこちらへ」

「将軍、また後でお会いしましょう」

「ええ、必ず」

扉の中へと入っていくアスカを見送った将軍は、一人で座る少女のもとへと向かった。

歩いているのに、胸につけた金色のチェーンが揺れることはない。

「こんにちは、リリィ」

「初めまして」

リリィは建国祭の日に見た人物が目の前にいることに胸を高鳴らせながら、金の瞳を見つめ返した。

(なんて、綺麗な瞳なんだろう)

夜空に浮かぶ満月のような、光り輝く瞳。

知的で、優し気で、神秘的な瞳をしている。

「これから私が言うことを、よく聞いてほしい」

「?」

思わず首を傾けたリリィに、安心させるように将軍が笑った。

それは、子供でも感じるほど大人の色気に満ちていた。

その魅力に囚われ、頭で考える前に、首肯する。

「今日の審判の間で、君は激しい非難と憎悪にさらされることになる。

でもね、けっしてそれを全て受け止めてはいけないよ。祖先の罪は君の罪ではない。

人間であることも罪ではない。自分を愛し、大切にしてくれる者のことばだけを信じるんだ」

わかったね?

その問いかけに、今度はきちんと考えた後にうなずいた。

「わかりました」

「良かった」

白い手袋に包まれた、大きな手に撫でられた時リリィは不思議な心地がした。

パレードの時にも思った、懐かしい感じ。

知らないはずなのに、よく知っているような人。

誰に似ているのだろう。私の周りにこんな人はいないはずなのに。

「それじゃあまたね」

将軍が離れていくのを見送った時、リリィは手の震えが止まっていることに気が付いた。

祖先の罪は私の罪ではない。

その言葉が、やけに胸にしみた。

私を愛してくれる人。

アスカの顔が真っ先に浮かぶ。

頼りないし、へたれなところもあるけれど、大切にしてくれていると分かる人。

スカイさん、スワッチもそうだ。

スノーさんは、ちょっとよくわからない時がある。

レディさん、ライノ、マッカラン、ブレイム。

いつの間にか、私には商人のおじさん以上に大切な人ができていた。

これはとても不思議で、幸せなことだと思う。

「被告はこちらへ」

その一言で思考の海から引き揚げられたリリィは、一歩扉の中へと足を踏み入れた。


ウサギの獣人である男が、罪状を読み上げた。

「本日の審判は、国守という地位にありながらニンゲンの子供をかくまったアスカ・シェン・シグリットおよび忌み子である…」

「リリィだ。忌み子ではない」

アスカが審判の言葉をさえぎって訂正を入れた。

空気が一瞬のうちに凍り付く。

審判には、王族、重臣、各師団の長、貴族、市民の代表たちが集まる。

今回、将軍は事情により参加が認められていない。

「…では忌み子であるリリィの罪を決定するものである。我々の意見をはじめに述べる」

罪人を囲うようにして円状に広がった卓席から感じる敵意に、リリィは震えていた。

「アスカ・シェン・シグリットは三か月間の禁固刑、リリィは死刑とする」

「貴様ふざけているのかっ!」

アスカが激しく吠えた。

眼帯に隠されていない、赤い瞳が怒りの熱を帯びる。

「もう一度言ってみろ。死刑?何の罪もない子供の命を奪うだと?」

「その存在自体が罪なのです」

「面白いことをおっしゃるな。この世の誰にも、存在することに罪があるはずなかろう」

フン、と鼻を鳴らす。

「その黄緑と紫のオッドアイが、罪深いのですよ」

指されたリリィの瞳に注目が集まる。

大勢の視線にさらされているのは、競売にかけられた商品のようで嫌だった。

こちらを見つめる瞳たちは、両目とも普通の色をして、そろっている。

私とは違う。

「身体的特徴だけで判断しないでいただきたい」

「その恩恵にあずかっているのは、一体どこのどいつだ」

それまで黙っていた、ダガー・シェンが口を開いた。

アスカの血族である彼は、地方の守備を担う第三師団ルシフェルの団長だ。

当然、この審判に参加する権利を持つ。

ニンゲンと半人嫌いの彼は、同じ空間にいるのも嫌という風に赤みがかった瞳を細めた。

リリィは、彼がアスカと似ていることに驚く。

最も、全身から漂う意地悪で、残虐な雰囲気が全く違っていたけれど。

「どういう意味だ、ダガー」

「だから、てめーも紅と白の瞳で、赤みがかった体毛で、祖先と同じ特徴を持つから

国守ってもてはやされて今の地位にいるんだろうがよって言ってるんだよ」

それは、ただの恨み言のようで筋が通っていた。

アスカも、思わず開きかけた口を閉じる。

「身体的特徴と種族で判断するなってんなら、この王国の根幹はグラングランに揺らぐぜ」

頬杖を突き、勝ち誇った笑みを見せた。

目の敵にしているアスカの大切なものを奪えるのが、何よりうれしいのだ。

参加者たちも、お互いの顔を見て頷きあう。

「被告からの弁論がないようでしたら、これにて審判を」

「陛下は」

ウサギの獣人が終わらせようとしたところに、アスカは言葉を滑り込ませた。

「陛下はどうですか。どのようにお考えですか」

場内の関心が、一点に集まる。

今日は半人の姿で参加している国王シャルル。

その顔は、何かに耐えているようだった。

「私には、今日この場で、何かを決定する力はありません」

審判では、完全なる多数決が採用される。

階級も、種族も関係なしに、一人一人の意思と考えが優先事項なのだ。

ただ、と国王シャルルはつづけた。

「国王である私の立場で意見を述べると、あなたの娘を生かしておくことはできません」

アスカの瞳が、わずかに開いた。

それは、裏切られたと感じたとも、悲しんでいるとも感じられるしぐさだった。

「私は、彼女が悪い人のようには思えません。ですが利用されるかもしれません。

この国に不満を持つ者が、彼女の身体的特徴を使って国民を扇動する恐れはあります」

一つ間をおいて、国王シャルルは話をつづけた。

「国王として、私はあらゆる事態を想定し、国難を退ける義務があります」

「だから、リリィはいなくなる必要があると。そうおっしゃるのですか」

もう一度確かめるように、アスカが尋ねた。

「ええ」

たった二文字。

その肯定が、場内の意思を硬いものとする。

感情に訴えるだけではなく、何か論理的な説明をしなくては覆すことは難しい空気だ。

アスカは悔しさのあまり歯噛みした。

「待ってくだせぇ」

聞き覚えのある方に目をやれば、赤いチョッキを着た商人が席から立ち上がっていた。

リリィの育て親である、サルの獣人だ。

目を真っ赤にして、中央にいるアスカたちを見つめている。

「あっしには、政治とかそういう難しいことはわがらねぇ」

最近故郷に帰っていたという彼は、方言がより強く出ていた。

ところがそれがかえって、話を聞こうという風にさせた。

「商売には、信用が何よりも大事だ。長いことその世界に身を置いて養ってきたあっしの感覚は

あの子は大丈夫だっていってる。周りの人がとやかく言ったくらいでなびく子じゃねえ」

「おじさん…」

二人が見つめあい、そして微笑みあう。

わずかの間だけ、審判の間に穏やかな空気が流れた。

「誰です?この被告に肩入れしまくっている市民を入れた人は」

重臣の一人である鹿の獣人が言った。

「市民の代表は、くじで選んでいますから」

アスカがかすかに笑いを含んだ声で返した。

少しだけ、細工をしたのは彼だけの秘密だ。

「感情と、論理的な説明。もう結果はあきらかではありませんか」

これ以上の審判は無駄だという風に肩をすくめる。

「待ってください。まだ本人の言葉も聞いていないというのに」

「聞く必要がありますか?どうせその幼い容姿を利用した泣き落としでしょう?」

「これ以上私の娘を侮辱するようなら、私の方にも考えがありますよ」

「それは恐ろしい。まさかこの厳粛な審判の間で、脅しを受けることになろうとは」

喉の奥で笑うように、クックと音を鳴らした。

アスカの目が、危険な色を帯びる。

赤から紅に変わるように、深みを増した。

そのことに気が付かない男は、さらに言葉を続ける。

「ああ、あなたがニンゲンを利用する可能性だってあるんですよね。

大切な娘と言い張りながら、そのうちその子を大将にして反乱を起こすかもしれない」

リリィは、とっさにアスカの服の袖をつかんだ。

そうしないと、彼の喉笛を掻っ切ってしましそうな表情だったから。

いつも怒ることなどない父様が、憤怒の表情を見せている。

激情のあまり、尻尾と耳が出てしまう始末だ。

「あと少しでも口を開いてみろ」

地を這うような低音が場内に響き渡った。

内臓を抜き身の剣で撫でられるような、そんな恐怖心を抱かせる声だった。

学園でリリィを叱った時の、何十倍も恐ろしい。

「お前の…」

スッと美しい手が上がった。

声も発せず、音もたてず。

目にしなくてもそちらに意識を向かせた。

まさに指導者にふさわしい素質だ。

王子クレヴァスが、いつもの微笑みを浮かべながら手を上げていた。

アスカも思わず彼の発言を待つ。

「よろしいでしょうか」

場の空気を完全に支配した彼は、全員を見回しながら問うた。

目を合わせ終わると、静かに口を開く。

「みなさんは、アスカ様がそう育てるとおっしゃるのでしょうか。過去に反乱を起こしたような

自尊心と自己満足のことしか考えていない、そんな化け物に育てると」

不思議と、誰も言葉を発さなかった。

今は話を聞かなければならない。

そう、心の奥底が感じ取っていた。

「子供は、子供であるときに受ける教育が大切です。なぜ人にやさしくしなければいけないのか。

なぜ人を傷つけてはいけないのか。そういったことを、残念ながら学べなかった人たちは確かに

危険性があると言えるでしょう」

ゆっくりと二度瞬きをする。

そして微笑みを深くして、隣に座る国王を見た。

「陛下にお尋ねします。我々は生まれたときから王族ですか」

真意を測りかねるように、国王は王子を見た。

歳上である彼の美しい顔を正面から見て、それから口を開く。

「ある意味その言葉は正しく、ある意味、その言葉は違うように思います」

「詳しくお聞きしても?」

一度顔を軽く伏せると、その新緑の瞳を閉じた。やや躊躇うような間の後、顔を上げる。

一同はただ黙って言葉を待っていた。

「私たちは生まれた瞬間に力を発現できれば王族として認められます。ですがそれは王族としての資質があるというだけです。王族と胸を張って言えるかというとそうではありません」

「王族とはなにか、王族たる所以を学ぶことで、我々は真に王族となるのです」

国王の言葉を引き継ぎ、王子が言った。

二人の美しい王族が見つめ合う。

その姿は頼もしい王家の将来そのものだった。

「我々の教育は、国守様や将軍が行ってくださいました。その能力に疑う余地はないでしょう」

それは、王家を盾にした脅しと等しかった。

王子の微笑みを、重臣たちは引きつった笑みで受け取る。

「慣習や通例に、必ずしも従う必要はありません。私は、この娘の将来が見てみたい」

若緑の瞳と、リリィの目が重なる。

(怖い)

安心させるように笑みを深くした彼に、リリィはなぜだか恐怖心を抱いた。

一人で、これだけの人数を黙らせてしまう力を持った王子。恐らくその事がリリィには怖かった。

「あなたは?」

王子が、リリィに問いかける。

自分に意見を聞いているのだと理解するのに数秒の時間を要した。

何百という目に見つめられ、心臓の鼓動が早まるのを実感する。

「生きたい、生きたいです」

何とか喉の奥から絞り出した声は、みっともないほどかすれていた。それが返ってみなの同情を誘う。

6歳の少女の命が、自分の1票にかかっている。

そのことを思い出させるのには十分だった。

「それでは審判をお願いします」

手元にある、二色のボタンのどちらかを押すだけ。そんな簡単な動作に、リリィの命は預けられていた。

決が出るまで、アスカは一言も喋らなかった。ただリリィの手を握った。いつもより

冷たい手だけが、彼の緊張を娘に伝えた。

実はアスカはこの時、最悪の場合王宮の脱出方法まで検討していた。

偽りの関係で始まった2人の絆は、そこまで深いものとなっていたのだ。

「結果を発表します」

ウサギの獣人の声からは、なんの感情も読み取ることが出来ない。

アスカとリリィは、目を閉じた。

ひたすらに、吉報を祈る。

「審判の結果、リリィは無罪」

ドッと会場内が湧いた。

あるものは喜びのあまり、あるものは悔しさのあまり立ち上がり、叫び声をあげる。

記録には、歴史上最も波乱に満ちて騒がしかった審判と記されることとなる程だった。

「リリィ・シェン。そう名乗ることを許可する。ただし」

最後の三語を強調するように声を張り上げた。

「父親であるアスカ・シェン・ジグリットがその成長をきちんと監督すること。以上」

「言われずとも」

アスカが自信満々に頷いて、審判はお開きとなった。いまいち展開についていけていないリリィは、アスカの袖を引く。

「どうなったの?」

「今までと何も変わらないってことだ。

いや、それ以上に素晴らしい判決だ」

歌うように低音を響かせると、くしゃりと笑う。すると今度はその背中が震えだし、男泣きに泣いた。

「良かった。良かったな、リリィ」

ボロボロと、辺りをはばからずに泣くアスカは目一杯リリィを抱きしめた。

「このまま一緒に暮らせるのね?」

「そうだ」

体を離して、顔を見て答える。

その顔があまりに悲しく、嬉しそうで、思わず頭に手を伸ばしていた。赤っぽい毛に覆われた耳から、よく見れば男らしい顎のラインまで。何度も何度も丁寧に撫でた。

「もう泣かないで」

「泣いてない、泣いてない」

笑いながら顔を拭って、また泣いた。

「おかしいな、なんで泣くんだろ」

困ったように眉を寄せ、両手でぐしぐし涙を拭く。

「王子様にお礼を言わないと」

ね?と首をかしげ、ハンカチを渡す。

これ以上泣かれては、リリィまで泣いてしまう。我慢しないと、堤防が決壊しそうだ。

「俺の娘はしっかり者だな」

今度こそ涙を引っ込め、本物の笑顔を見せた。白い歯が、眩しく光る。

「行ってくる」

一度だけ頭を撫でると、立ち上がった。

王子のいる方へ手を振りながら歩き出す。

その背中を眺めて、やっと終わったのだと実感する。小さく笑ったリリィは、その名にふさわしい美しさだった。

「これで終わりと思うなよ」

不意に低い声が耳に届いた。

バッと振り返る。

リリィの後ろに人の姿はなかった。

次の審判に備え場内の人々は資料を読み込んでいて、こちらを見ている人はいない。

(気のせい?)

そう思い込むには恨みに満ちた声は、いつまでもリリィの頭の中に残り続けた。


次の審判が始まる。

紺色の軍服に身を包んだ将軍が中央にある円状のスペースに立った。

「本日の審判は国防を担うフランマ・コスティニアウス・アウグルのグレイブ・メンシス殺害の罪を問うものである」

グレイブが王家に仕える影の一族であることは国家機密であり、ほんのひと握りの人物しか知らない。よってここではひとりの貴族を殺害した罪に問われることとなる。

金色の瞳は、今日も静かに全体を眺めていた。長年の警護でついたくせだ。

「フランマ・コスティニアウス・アウグルは将軍職を免職、八年間の労役に加え、十五年間魔法拘束具を着用する義務をおう」

ざわりと場の空気が動いた。

将軍の寿命からすれば短かい刑期だが、将軍職を務めたものに対する罰としては重いものだった。

「被告の主張を」

「無罪を主張しよう」

普通のトーンで話しているにも関わらず、その声は場内の隅々までよく通った。前を向きはっきりとされたその宣言にほっとした様な表情を浮かべる者もいる。

「まず罪に問われた日だが、あいにく私は公務が入っている。次に証拠を明らかにされていない。最後に動機がない。機会・物証・動機の3点が揃わなければ有罪と認めることはできません」

場内の一人一人に黄金の瞳を合わせながら、将軍は言った。

「私も、そしてあなた方も」

アスカや王子とはまた違う、場の空気を支配する圧倒的な力。人々の上に立つにふさわしい王者の風格を持っている。

「証拠なら、ここにありますぞ」

ひとりの太った猫獣人が、黄色い瞳を得意げに細めて手を打った。

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