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第十章

リリィが目指す屋敷の中では、スワッチがレディを詰問していた。

スカイはその冷たい瞳で、逃げ場を奪うようにじっと二人を見つめている。

「帰ってないってどういうこと?」

大きな声を出すと、朝から痛む頭に響いた。

一度手で頭を押さえ、呼吸を整えてからもう一度尋ねる。

「今日は君が迎えに行く予定だったよね。どうしてそんなことになるの?」

答えられないレディに、畳みかけるように問いを重ねていく。

「別に君が迎えを忘れていたとしても怒りはしないよ。でも屋敷にいたらリリィが帰ってこないことに気が付かないなんてことありえないし、思い至るよね。リリィが自力で帰ってきたときにも気が付くよね」

「はい」

「じゃあどうしてこんなことになるの」

怒りの感じられないトーンで繰り返される問いは、ある意味怒鳴る人よりも怖かった。

「…洗濯物を取り入れていたから気が付かなかったのかもしれません」

「ここまで君に失望したのは初めてだよ」

本当のことを言えば、報告しないであげようと思っていたのに。

居心地が悪そうにするレディの視線をたどると、ロンロンが毛づくろいをしている

ところだった。命が宿っているわけでもないのに、熱心なことだ。

不調のせいか、どうしてもひねくれた考え方になってしまう。

「待てよ」

ロンロンが毛づくろいをしているところなんて見たことがない。

わざわざ不要な動作をして魔力を消費することなんて普通はありえないはずだ。

つまり、わざわざその動作をしなければならない何かが起きたということだ。

長い脚を使って一気に距離を詰めると、逃げる隙も与えず抱き上げた。

柔らかな毛並みをかき分けて、爪の間を開いて、異常がないか点検する。

わずかに、土が付着している。

もともと色の混じった毛をしているためわかりづらいが確かに土の香りがした。

そして同時に、鉄の匂いがした。

スワッチの頭の中に、事件の真相が紡ぎ出されていく。

「罠だな」

その瞬間鳴り響いた笛の音にしたがって、スワッチは勢いよく屋敷を飛び出した。

「スカイ、師匠とスノーに報告と捜索をお願い!」

「わかりました」

離れに戻って必要な道具をそろえると、スカイは瞼を閉じた。

「影より暗く、闇より深し」

本棚に囲まれた、決して広くはない自室の床に刻まれた複雑な紋章が妖しく光る。

その陣の中央に座るスカイの両手がなぞるように動かされるのに従い、後から煙のような

ものが湧き出てきた。それらは徐々に形を作って人の形をとっていく。

ただし表情はなく、ただ深淵をのぞくような目がついているだけだ。

「行け」

傲慢なようで厳かな声が命じると、闇から生まれた四体の守り手たちは一度大きく体を震わせ鳥、蝶、人、犬と姿を変えると即座に姿を消した。

その様を見送ったスカイは一つ息を吸って、吐いた。

(早く見つかるといいのですが)

建国祭は一見華やかで、楽し気な祭りだ。

もちろん建国を祝うという意味ではその解釈も間違ってはいない。

しかし前夜祭・建国祭・後夜祭のなかで最も重きが置かれているのは、実は今晩だ。

今晩、「狼が吠える時間」を知らせる遠吠えのあと行われる【捕り物】。

それがメインイベントだ。

一年間で罪を犯したものを釈放し、その者たちを市民が捕まえる。

大昔の反乱の反逆者を捕まえた様子を再現したイベントだ。

スカイはこのイベントが昔から、唾棄するほど嫌いだった。

殺さなければなんでもよし。

それが唯一で絶対のルールだった。

逃げる役の囚人も、参加による恩赦を狙っているからいいだろうという名目で

普段は優しく穏やかな人々が野生や嗜虐心を呼び起こして乱暴するのが心底恐ろしい。

「妖精が生まれる時間」「数多の生き物が駆ける時間」「狼が吠える時間」「裏切り者の時間」

一日を分けるこの四つの時のうち、「裏切り者の時間」のみが外出許可証を要するのに

祭りというめでたい日に子供を早く帰らせるのがずっと不思議だった。

本当の祭りの意味を知ったのは、己の名が決まった年のとき。

残虐な行為を見られないため、そして万が一にも巻き込まれないため。

「狼が吠える時間」を過ぎる前に子供が帰らなくていけなかった理由はそれだった。

「急がなくては…」

その決意をあざ笑うかのように、オオカミの遠吠えが部屋に響き渡った。


アオーン、オンオンオン、アオーン、オンオンオン。

陽も落ちはじめた薄暗さの中、路地に残されていたライノ、マッカランはそろって肩を震わせた。

「今のって」

「狼の時間が始まったんだ」

ライノの問いにマッカランが答える。

その表情は、先ほどにもまして余裕がない。

二人ともちゃんと知っているのだ。

祭りの日、本来この時間に子供がいてはいけないこと。

そして、もうすぐリミットである半サーアに達しそうになっていることを。

「リリィ戻ってこないね」

「うん、そうだね」

無意識のうちに握りしめていた拳を開くと、膝の上で寝ているブレイムの髪をなでた。

リリィが貸してくれたマントを丁寧にかけなおし、そっと息を吐いた。

いよいよ覚悟を、決めなければならない。

でも、本当に僕にそれができるだろうか。

大切な人を二人とも失うことになったら?

そんなの、そんなのとても耐えきれる自信はない。

でも。

何もせずに、友を失うわけにもいかない。

これでも王家の血を引く一員なのだ。

誇りを持て、震い起こすのだ勇気を。

「ごめんなさい、母さん」

首から下げていたお守りを外して、新緑の巾着から笛を取り出す。

真っ白な、唯一神であるシグリットを模した虎の笛。

王族のみが所持と使用を認められた、第一師団ウィクトーリアを呼ぶための笛。

マッカランは、この笛を使用する権限をもっていなかった。

そう、彼は王の甥という血筋でありながら王族であるとは認められていないのだ。

気象をつかさどる能力。

王族が受ける最初の試練である出生時に、彼はその能力を発現しなかった。

産声が響く部屋とは裏腹に、空は凪ぎ静かだった。

天使のように美しく、王の甥であるマッカランはあらゆる対象から狙われやすい。

しかし表立って護衛することもできない。

母はそのために、自分の笛を息子に授けた。

それが国家転覆罪や王家を侮辱する罪となることを知りながら、母の愛はそれらを凌駕した。

形の良い唇が一度結ばれると、笛を口に含む。

ピィーと高く澄んだ音がすると同時に、上空に暗雲が立ち込める。

音を聞いて駆け付けた将軍フランマが目にしたのは、雷鳴が轟くなか雷光をバックに

座り込む王子の姿だった。

一瞬の動揺ののち、すぐさま状況の把握にかかる。

「どうされましたか」

軍服ではなく、ラフなワイシャツとスラックス姿の将軍は穏やかな声も相まって優しげに見えた。

「命が危ないんです。ブレイムが、その持病の発作で」

頼れる大人が来た安堵と、逼迫した事態が、優秀であるはずのマッカランの頭脳を麻痺させる。

「わかりました。この子に治療が必要なのですね」

マッカランの膝からブレイムを下すと、その胸に片手を置いた。

艶やかな黒い毛におおわれた男らしい手は、幼児の胸にはひどく大きく見える。

淡い青色の光が全身を包むと、苦し気にひそめられていた眉はほどけ、土色だった肌は本来の色を

取り戻し、かすれるようだった呼吸は規則正しいものと変わった。

「すごい」

ライノの口から思わず言葉が漏れる。

正確な状況判断、迅速な対応。

シャツ姿も相まって、大人の余裕が感じられる。

こうも、自分たちとは違うのかと痛感させられる鮮やかさだった。

「ありがとうございます、将軍」

「お役に立てて光栄です、王子様」

わずかに口角を上げて微笑んだ将軍は、ゾクッとするほど魅力的だった。

「さて、団員の一部も到着したようですので皆さんお屋敷に帰りましょうか」

見れば、紺色の制服に身を包んだ団員たちが五名ほど路地の入口に立っていた。

「やばいお父さんに殺される!」

「大丈夫ですよ。私からもうまく話しておきますから」

頭を抱えたライノに将軍が声をかけると、あからさまにほっとした表情を見せる。

「ありがとうございます!」

「あの一緒にお祭りに来ていた子が、助けを呼びに行ってまだ戻ってきていないんです。

戻ってくるまで、少し待っていただけませんか」

リリィの名を出すのを躊躇したマッカランは、それだけ伝えることにする。

学園長からのお願いは、ニンゲンが学校にいる事実を知られないようにしてほしいとのこと。

いくら一国の将軍とはいえ、約束を破るわけにもいかない。

「その子の特徴さえ教えていただければ、こちらで捜索しますが…」

将軍の目線がある一点で固定される。

その満月に似た瞳は、リリィの赤いマントを見つめている。

「そのマントは?」

「これがその子の持ちものです。冷えるだろうからって置いて行ってくれたんです」

「…わかりました。必ずその子もお家に帰しましょう」

「本当にありがとうございます」

地面に頭が付くのではないかというほど深いお辞儀をすると、マッカランとライノは団員に連れられて帰っていく。

その大小異なる背中を見送った後、将軍は手にしたマントに目を向けた。

鋭い眼光が、その手触りの良い生地へとむけられる。

一度悲し気に眉が寄せられると、感情を振り切るように軽く首を振る。

「報告せねばな」

通信魔術を発動させようとした将軍は、瞬間襲った頭痛に膝をついた。

「くっ、はぁ」

頭の中心に杭を打たれたような、鋭く重い痛み。

「うぅっ」

手足の先まで痺れ、次第に視界が狭くなってくる。

呼吸も整わず、薄く開いた口から息が漏れ出ていった。

(駄目だ。ここで倒れてはならない。まだやることが…)

そこまで考えたところで、将軍の意識は闇の中へと沈んでいった。

人気のない路地に、たくましい獣人が一人倒れていた。



「はっはっはっはっ」

リリィの口から子犬の呼吸のような、切れ切れの音がする。

無理やり一度つばを飲み込むと、脚の筋肉にもう一度力を込めた。

首都の硬い道を、靴が叩く音がする。

止まったら死ぬ。

なぜかそのことだけは本能が察していた。

「一班は二番の路地、二班は向こうの通りへ、三班はこのまま私とともに追跡を」

後方から聞こえてくる指示は、リリィを確実に苦しめてくる。

第六師団チェイスは本来の任務であるニンゲンの捕縛にとりかかっているのだ。

団長であるフィアの指示は的確で、団員はそれに忠実だ。

少しの油断が命取りとなる。

さっきまではブレイムを助けるために走っていたのに、今は自分の命のために走るという

なんとも皮肉な展開である。

「わぁ」

横から投げられた縄をなんとかよけると、その勢いを利用して近くの路地へと飛び込んだ。

小さな体を生かして、物と物、人と人との間を駆け抜けていく。

定期的に後方へ閃光を放つのも忘れない。

使えなかった魔法が、なぜか使えるようになっていた。

どうしてとか考える余裕もないままに、ひたすら魔法を放つ。

身体強化をかけることで、なんとか距離を縮めさせないようにしている現状だ。

駆ける様は、どこか一本の矢のようであった。

「あっ」

いつの間にか投げられていた縄に足をとられて転倒する。

レンガでつくられた道は、容赦なくリリィの薄い肌にかみついた。

上衣の袖がやぶれて、白い肌に赤く血がにじむ。

息つく暇もなくフィアが襲い掛かってきた。

ゴロゴロと転がりながらもつれ合う。

「やめて、放して!」

「どうやら手ぬるいようね」

なおも抵抗を続けるリリィに冷たい声で告げると、ポケットからナイフを取り出した。

暗がりに光る鋭い刃に、思わず目を引き付けられる。

「大丈夫、死にはしないから」

ぺろりと唇をなめると、冷笑を浮かべてつづけた。

「ただ、死ぬほど痛いかもね」

一瞬抵抗を忘れていたリリィは、あわてて内臓をかばうように身を縮めた。

ナイフはリリィの太ももを狙うように風を切って振り下ろされる。

(ごめんなさい、おじ様。ごめんなさい、みんな)

真っ白になる視界に、リリィは覚悟を決める。

こんな時になって自分がどれほど大切にされていたのかに気づき、そして自分がどれだけ

みんなを愛していたかに気づくなんて。

自嘲じみた、小さな笑いが口から洩れる。

「あきらめてんじゃねぇぞ、クソガキが」

驚いて瞳を開けると、やはり視界は白いままだった。

でも、この声は。

「スノーさん!?」

リリィに覆いかぶさるようにして、スノーが四つん這いになっていた。

右の腕で体を支え、左の腕でナイフをつかんでいる。

「どうしてここに?」

「いまそんな話してる場合じゃねえだろ」

白い毛がみるみる紅に染まるのを見て、リリィはヒュッと息を吸った。

スノーはナイフを奪って投げ捨てると、地面をけってフィアに襲い掛かった。

反応が遅れたフィアに、容赦なく馬乗りになる。

「うっ、放せ。なぜニンゲンを助けたりする!」

「なぜもクソもねえよ。うちの将軍が助けろっつったら助けるんだよ」

圧倒的な力と素早さで、フィアの反撃を流していく。

拳も蹴りも縄も、何一つとしてスノーを傷つけることはない。

「ごめんなさい、私スノーさんは運動苦手なんだと思ってた!」

「お前いい加減にしろよ。今言うことかそれ!」

リリィの方を振り返ったスノーが、わずかに眉を寄せる。

「団長から離れろ!」

フレイムが銃を構えてゆっくりと、歩いてきた。

その顔は赤黒くなるほど憤怒の感情に満ちている。

少しでも何か余計なことをすれば、彼は間違いなく攻撃するだろう。

「スノーさん!」

「心配すんな、チビ。こいつの近くにいる限りあいつは撃てな…」

ズガァンと、鉄の無慈悲な音がした。

リリィの心臓が、激しく活動する。

目の裏が赤く染まるような、目の前が暗くなるような。

一瞬のうちに、全身の血液が頭に上ってしまったようだった。

「スノーさん!」

やや遅れて、リリィは走り出した。

スノーの右腕は、血にまみれていた。

毛が吸収できなかった血液は、指先まで伝ってレンガの道へと吸い込まれていく。

「しっかりして、お願いだからしっかりして」

懇願するように顔をたたいても、スノーの焦点は定まらない。

「どうしよう」

私が、勝手に家を出たから。

私が、勝手に祭りに行ったから。

私が、約束を破ったから。

私が、私がおじさまの家に来たから。

だからこんなことになった。

「近づかないで」

自分でもびっくりするほど低い声がした。

周囲を包囲し始めていた団員たちは、その瞳に満ちた敵意に覚えず身震いした。

わずか六歳の少女ではなく、もっと巨大で偉大な者を相手にした気分になったのだ。

二人を守るかのように、白い炎が燃え上がる。

近くにあった貨物が、灰も残さず燃え尽きた。

「少し、下がりなさい」

フィアの指示がなくてもそうしたかった団員たちは大人しく下がった。

あらためてリリィの方を見たフィアは、そのおびただしい魔力量に舌を巻いた。

(なんて子なの)

「スノーさん、起きて」

必死に呼びかけながら治療をするリリィは、その視線に気が付かない。

出血は止まったものの、青白い顔をするスノーの瞳はかたく閉じられている。

「あ」

ぐらりと、リリィの視界が回った。

ドッと嫌な汗が噴き出して、心臓が変な拍動を起こす。

「嫌だ、やめて」

頭を両手で抱えても、記憶の流入はとまらない。


―始まりは食器の割れる音だった。

何か重装備の兵が走る音に加えて、住民の逃げ惑う声が聞こえる。

「やめてー」

「ママー、どこー」

「誰か、誰かいないか」

砂埃の舞う中で、リリィはただその光景を眺めていた。

行こうと思っても、出ようと思っても、そこから動くことはできない。

「お母さん?」

なぜかそのシルエットに見覚えがあった。

こちらにむかって転びながら、両手を振りながら駆け寄ってくる人がいた。

目が熱い。

どうしてか、彼女に抱いてほしくてたまらない。

でもリリィは動けない。

いつの間にか鉄格子のはめられた籠にいる。

首輪をつけて、足枷をしている。

叫ぶ声さえも、さるぐつわが奪う。

生きているのに、指一本、声一つだすことができない。

どうして?

「○○!」

聞き覚えのない名を、母さんが叫ぶ。

それは誰?

私じゃないよ?

私の名前はリリィだよ?

「!」

シルエットが大きくゆがむ。

誰かが、母さんの体を捕まえて揺らしている。

やめて、触らないで。

それは、その人は私の母さんよ!

強く念じた途端、籠がばらばらにはじけた。

感情のままに駆け出し、感情のままに叫ぶ。

「母さん!」

母の目が驚愕に見開かれ、そして光を失った。

見ると、兵士が母の背にナイフを突き立てていた。

無駄に鮮やかな赤が、視界を埋め尽くす。

「ママ!」

違う。

この人はママなんかじゃない。

知らない人だ。

ママは死んだりしない。

私を残して、いったりしない。

こみ上げる涙と裏腹に、リリィの頭は冷えていた。

そうだ、この人はママじゃない。

そうすることでしか、正気を保てなかった。

記憶を取り戻そうにも、心は不可に耐えられない。

愛する人との記憶でも、己に害なすものは忘れてしまう。

リリィは、そのまま意識を手放した。


二人を包囲する炎が弱まるのを見て、フィアは団員に叫んだ。

「今のうちだ、行け!」

怖気づきそうになる気持ちを奮い立たせ、自ら先陣を切る。

今までに感じたことのない恐怖を、こんなあどけない少女に感じるとは。

第六師団が使用する銃は、通常のものと異なっている。

対象を殺すことができない代わりに、弾が体に残り続ける。

それは位置を知らせるとともに、相手に最も効果的な方法で痛みを与える。

フィアは倒れているユキヒョウの獣人を見た。

この男の場合、腕が大事なのだろう。

使用者であるフレイムが許可しない限り弾は取り除かれず、苦痛を与えつづけるだろう。

「手錠をこちらへ」

特別な石で作られた手錠には魔法を封じる力があった。

「まずは娘の方からか」

しゃがみこんで手錠をかけようとしたとき、フィアの目が鳥の姿をとらえた。

全身艶やかな黒色をした、大人の膝程まである大きな鳥だ。

倒れている二人の近くへ静かに舞い降りる。

「鳥?」

傾げたフィアの顔を、生命を感じさせないガラスの瞳が見つめる。

「呪術師が近くにいるかもしれない。警戒せよ!」

鳥は、太古の大戦で絶滅したはずだ。

今鳥がいるということは、それを使役している呪術師がいるはず。

フィアが振り返って叫ぶと同時に、辺りに霧が立ち込めた。

たちまち自分がどこに立っていたのか分からなくなる。

左右上下が、あいまいなものになる。

「くそっ」

幻影か、幻覚の類の術か。

吸い込まないように気を付けながら目を凝らすと、一人の男が優雅に歩み寄ってくる

ところだった。

もっとも、それが幻影でない可能性はないのだが。

念のために腰にしまってある銃に手を伸ばす。

「なんとか間に合ったようでよかったです」

この声には、聞き覚えがある。

思い出せ、誰だ。

どこで会ったんだ。

霧が晴れると同時に、誰であったかを思い出す。

「スカイ・センシェ様?」

代々国守様に仕えるシマウマ族の出身で、国一番の呪術の使い手だ。

王国の歴史と魔法についての第一人者で、発明家でもある。

研究で知りえたことをモノづくりに還元し、第六師団の銃も彼が作った。

その彼が、なぜここに。

「お久しぶりです」

いまいち状況の飲み込めないフィアに、場違いなほど爽やかな笑顔で言った。

草食動物特有の平らな歯が眩しい。

「申し訳ないですが、二人は引き取らせていただきます」

「ちょっと待ってください。それはできません」

「なぜ?」

不思議、と顔に書いてあるような純粋な問いかけだった。

「その子は人間で、その男は逃亡を助けたからです」

「第六師団の本来の業務は逃亡奴隷やニンゲンを捕まえること、でしたっけ」

「ええ、おっしゃる通りです」

すっかりペースに巻き込まれていることにも気が付かず、フィアは答えた。

「ニンゲンは、ニンゲンであるというだけで捕らえるのでしょうか」

「いえ、所有物であることが認識される場合は捕らえません」

ふむ、とスカイが一度考えるようなそぶりを見せる。

「この子は、うちの子ですよ」

「失礼ながら証明できるものは?」

包囲を緩めることなくフィアは尋ねた。

「腕輪をしていませんでしたか、緑色の石のはまったものです」

「いえ、していなかったと思います」

あらためて記憶を探ってみても、そんなものはしていなかった。

「そうですか。ならこれしか証明するものはありませんね」

スカイが懐に手を入れて、何枚か紙を取り出す。

「術者の名のもとに命ずる、出でよ」

ぶわりと紙が膨らんだかと思うと、大人の二倍ほどの背丈と横幅をした人型に変化する。

合計五体。どれもがみな虚ろな双眸のみを顔につけていた。

「やれ」

「スカイ様?!」

躊躇なくこちらにけしかけたスカイは、ゆったりとした足取りで二人のもとへ向かう。

「これは何の真似ですか!」

使役されている人形たちは、恐ろしく強かった。

体は薄っぺらい一枚の紙でしかないのに、ナイフはおろか銃弾も通さない。

力も強く、フィアは全身の力を込めて腕を止めなければならなかった。

触れられているところから、わずかにしびれが走る。

「スカイ様!」

振り返ったスカイの目を見て、フィアは息をのんだ。

この方は、本気だ。

「くっ」

抜けかけた力を再度込めなおして、歯を食いしばる。

辺りをうかがえば、ほかの団員達も苦戦しているのがみえた。

一体に対して五人から六人が足止めを食らっている。

「どういうおつもりですか!」

今度は、振り返らなかった。

地面に筆で術式を書くと、そのまま二人ごと消えてしまう。

同時に五体の人形も黒い煙となった。

バランスを崩したフィアはたたらを踏む。

副団長の力強い腕が止めてくれなければ転んでしまったかもしれない。

「大丈夫ですか?」

「ああ平気だ。ありがとう」

彼が逃げた先はわかっている。

だが、手を出すことはできない。

狐につままれたような心地のフィアは、憎々し気に屋敷の屋根を睨みつけた。

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