一幕「異常気象」③
その後——
「もう大丈夫か?」
「うん。もう大丈夫。」
僕たちは一面に雪が積もった屋上に並んで座っていた。
「よし、じゃあ帰るか。」
「あ、待って。」
氷空がまた僕を引き留めた。
「まだ何かあるのか?」
「今日はもう遅いから私の家に泊っていくのはどう?」
「いやいやどうしてそうなる。男女が一つ屋根の下で寝るのはやめた方がいいんじゃないか?そもそも氷空の家はどこなんだ?」
「ここ。」
「……え?」
「学校の地下。」
「は?待て待て。なんでそんなところに?そもそもこの学校に地下なんてあったのか?」
「私が作った。」
「マジか…………。どうやって?」
「スコップとツルハシで掘って、あとはコンクリートでコツコツ。」
まさかの脳筋プレイ……。
「君の家より近いでしょ。」
「たしかにそうだな……。」
「ほら、雪も酷いし。寒くならないように気温は別で操作してるけど。」
「う~ん……よし。氷空の家に行こう。」
「ホントに?」
「ああ。でもその代わり、氷空の能力について、いろいろ詳しく説明してもらうからな。」
「お安い御用。」
こうして僕たちは学校の(作られた)地下にある氷空の家へと向かっていった。
「これは一体どういう状況だ?」
僕たちは保健室にあるベッドの上で共に横になっていた。
「家に行くには専用に開発された転送機が必要でね。それがこのベッドっていうわけ。」
「そんなもんまであるのか。」
「もっと変なのがあるけど、それはまた別の機会でいいかな。」
「それで頼む。」
「えーっと………ここにボタンが……………。」
氷空が僕の方に手を伸ばしてきた。
「おい何しようとしてるんだ?」
「転送スイッチが君の方にあるんだよ。ちょっとごめんね。」
氷空が僕の身体に覆いかぶさってきた。
「お、おーい、氷空さん?…………何か当たってますが…。」
「ん?何が?」
「いや………何でもありません。」
「あ、あったあった。ここをポチっと…。」
氷空がボタンを押した途端べっどが淡白く光り始めた。
「おいおいどうなってるんだ?」
「騒がないで。こういうものだから。」
「お、おう。」
氷空に注意されて僕は口をつぐんだ。
「ベッドから落ちないように気を付けてね。なんなら手、繋ぐ?」
「繋がねえよ。」
「そう?」
「子供扱いするな。」
「ふふっ。」
ベッドの光が強くなったかと思うと、次の瞬間、頭に強い衝撃が伝わってきた。
と、同時に酷く眩暈がした。
「気持ち悪い………。」
「ごめんね。説明するの忘れてた。」
「ナニコレ………ウッ…………。」
「転送する時は瞬時に身体を移動させるから、脳がバグを起こす時があるの。転送機に慣れてない人によくあることだから、ちょっと我慢してね。」
僕は耐えられず目を瞑り、咄嗟に近くにあったものを掴んだ。
数秒後——
眩暈が治まったので目を開けるとコンクリートの天井が目に入った。
「…………転送したのか……?」
天井が変わっていることから推測すると恐らく転送に成功したのだろう。
「あの~霄くん?」
「なんだ?」
氷空が笑顔でこちらを見ている。そして彼女が指さす方向を見ると………僕が氷空の手を握っていた。
どうやら転送の時に掴んだのは氷空の手だったようだ。
「こっ、これは別に……握りたくて握ったわけじゃないからな!」
「またまた~。転送前の眩暈のせいなのは知ってるけど、手を握られたときは驚いたよ~。」
どうやら氷空は人をおちょくるのが好きらしい。
「誰でも急に眩暈がしたらどこかにつかまりたくなるだろ。それだよ。」
「ふ~ん?じゃあ、今でも握り続けてるのはな~んでだ?」
「あ。」
僕は瞬時に手を離した。
「もうちょっと握ってても良かったんだけどな。」
「これ以上からかうのはやめろ。」
「ごめんごめん。もうしないから。多分。」
「多分ってなんだ多分って。」
僕と氷空はこんな会話をしながらベッドから起き上がった。
転送してきたのはどこかの部屋のようだった。
「ここは?」
「私の寝室。」
「天井がコンクリートなのに?」
「だってベッドだから。」
「いや、そうだけども。」
「あ、下着が落ちてた。」
「今すぐ片付けろ。」
はぁ……。転送して早々、氷空には悩まされる。
楽しくないことはないが、これがずっと続くとなると大変だな。
「えっとじゃあ、まずは着替えが先かな。実はこういう時のために男物の部屋着をそろえてたの。」
どういう時を想定してたんだ……。
そう言って氷空はタンスから灰色のパジャマっぽい服を取り出した。
「へえ。用意周到だな。気に入った。」
「じゃあ私は着替えてくるから、君はここで着替えてね。」
「ここで?」
「うん。」
「氷空の寝室で?」
「そう。」
「はぁ……。分かったよ。」
僕はもうあきらめた。
「じゃあ何かあったら脱衣所に来てね。それじゃまた後で。」
「ああ。」
「ふう。これ意外と着心地いいな。」
僕は氷空の寝室でドキドキしながら着替えた。
「これ、どうすればいいんだろ。」
手元には僕の制服。
「聞くか。」
コツコツコツ———
「おーい、氷空。脱いだ制服はどうしたらいいんだ?」
脱衣所の中にいる氷空に向かって聞いた。
「あ、それ洗濯するから中に入って洗濯機に入れて。」
「え、中に入るのか?その…今大丈夫か?」
もし氷空が着替え終わってなかったら………。
いやいや。変な妄想はやめておこう。
「うん。入っていいよ。」
氷空がいいって言ってるんだからいいんだろう。
「よし、入るぞ。」
ガラガラ——
扉を開けると目の前にいたのは下着姿の氷空——ではなく、シースルーのネグリジェを纏った妖精だった。
「どうかな?」
氷空がその場で一回転して聞いてきた。
水色を基調とし、所々にある白のフリルが際立っている。
シースルー特有の、薄く見える身体のライン。氷空の元々の可愛さと、肌が透けているからこその大人っぽさ。女の子の可愛さと女性の美しさを体現した見事なものだった。芸術品といって差し支えないだろう。
「えっと………めっちゃ可愛い………です。」
「なんで敬語なの?」
「いやなんか、尊い存在に見えて……。」
「何それ。でも、ありがとう……。」
「……………………。」
「……………………。」
二人は互いに恥ずかしくなり、目を逸らした。
「あ、制服……。」
「あ、じゃあここに。」
僕は気まずさをかき消すように制服を洗濯機に入れた。
「それじゃあまず家を案内するね。」
それから氷空は丁寧にルームツアーをしてくれた。
「まずここがリビング。で、あっちがキッチン。私はあまり料理はしないけど、あった方が見栄えがいいから作ったの。」
「で、ここが寝室ね。いつもここで寝てるんだけど、ベッドが保健室のベッドだから寝心地がいまいちで最近睡眠不足なんだよね。……転送機とは別にベッドを買おうかな。」
「そしてここが研究室。ここでは私の能力についての研究をしたり、制御実験をしたりしてるの。たまに雷がどっかにいったり雹やみぞれが暴れまわるから、私が良いって言った時以外は中に入らないこと。」
「あとは、トイレとか風呂とかがあっちの隅の区画にあるから、好きな時に使ってね。ここまでで何か質問はある?」
「いや、特には無いけど…………。健康と安全には気を付けろよ。」
「気を付けてるって。大丈夫だよ。」
「そうは言っても、制御実験は危険だろ?」
「確かに危険だね。でも私が能力の加減を間違えたことは無いよ。だから安心して。」
「……氷空がそういうなら。」
「心配してくれてありがとう。」
その後僕たちはリビングに行き、氷空の能力の詳細について共有した。
「————ということは、好きな時に能力を使えるってわけじゃないんだな。」
「うん。そうだね。それも操れる天気ごとにクールタイムがあるんだよ。」
「例えば?」
「さっき見せた雪は一週間に一回。雷は一か月に一回。台風なんかに至っては一年だよ。」
「結構まちまちなんだな。」
「うん。それに雨や雪のような範囲で指定するもの以外には、一回で発生させられる個数にも制限があって。どれもクールタイムごとに違いはあるんだけど、基本的に雷は50個くらいで、台風は20個くらいかな。」
なるほど。今までに起きた雷や台風は少なからず氷空が関わっているとみて間違いない。
しかし今問題なのは……。
「氷空、最近の豪雨はどういうことか説明してもらえる?」
数多くの被害を出した豪雨災害。
恐らくこれにも氷空が関わっている。
意図的か、それとも事故か。
返答によってはこれからの氷空との関わり方を見直す必要がある。
「うん。それに関しては本当にすまないと思っている。意図してしたことではないということをどうか理解してほしい。」
「あれは事故だったと?」
「事故………そういうしかないだろうね。」
「経緯を聞かせてもらっても?」
氷空の雰囲気が変わった。
「うん。あれは私がいつも通り研究室で制御実験を行っていた時のこと——。」
——私は、私の能力で降る雨がどこまで強くなれるのか実験していたんだ。
研究室内にある、地球の平原を模した箱庭に範囲を限定して、そこで段階を踏んで徐々に雨の強さのレベルを上げていったんだ。
もちろん、能力が暴走しないように強さの上限を決めた上でだ。
慎重に慎重を期したはずだったんだ。
突然箱庭が割れて、能力が暴走して私の作った雨雲と雨が研究室を襲った。
対処する方法もなくて私は、雨雲を地上に繋がるパイプの中に押し込んだ。
その結果、制御できない雨雲が辺り一帯の空を覆ったんだ——
話している間、氷空の顔には雲がかかっていた。
「話してくれてありがとう。」
「本当にごめん。」
「謝らなくていいよ。氷空が悪いわけじゃないんだから。それにしても、氷空って自分の能力の話になると、なんだか雰囲気変わるよね。」
「え、そうかな?」
「うん。いつもの可愛らしさとは違って、格好よく見えるというか。口調も変わるよね。」
「可愛い………。」
氷空の顔が赤く染まった。
「あ………コホン。口調は多分、師匠譲りだと思う。」
「師匠?」
「うん。私に能力の基礎を教えてくれた人。私のこの能力は生まれつきのもので、両親はそんな私を忌み嫌っていたみたいなんだけど、その人だけは私を受け入れてくれたの。」
「優しい人なんだね。」
「うん。でも師匠は私が5歳の時に亡くなったんだけどね。」
「そう……だったんだ………。」
氷空が小学校でいじめを受けていた時は既に、頼れる人が誰もいない状況だったのか。
「私が出会った時にはもうすでにおじいちゃんだったから仕方ないよ。」
「その師匠さんも何か能力を持ってたの?」
「いや、そんな話は聞いたことないよ。………あ、でも。」
「何か言ってた?」
「友達に能力持ちがいるって言っていたような………。」
「じゃあ、その人に今回の豪雨のことを聞けば…!」
「いや、でも師匠の友達なんだからもう亡くなっていると思う。」
「あ、そうか………。」
「でも安心して。これからは能力の暴走は起きないって約束するから。」
「分かった。信じるよ。」
氷空の言葉は何があっても信じようと思う。
「あ、あと………」
「ん?」
「………口調が変わるのは、霄くんに完全に心を開いたからだから……………。」
氷空が赤い顔で俯きながら言った。
「今まで開いてくれてなかったってこと?」
「いや……あの、それは………………素の話し方が女の子っぽくないなって思って………。」
学校では皮を被ってたってことか。
「それでもいいんじゃないか?僕はむしろ素の氷空の方が話しやすくて好きだけどな。」
「~~~~~~~~~ッ!!」
赤かった氷空の顔がさらに紅くなった。