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9. さようなら

 何も考えずに、私は黙々と荷物をまとめる。

 と言っても、これからどうやって生きていくのか見当もつかない。すぐに住む場所が見つかるとも限らないし、大荷物を抱えていては身動きがとりづらい。最低限の身の回りのものだけを持っていくしかないだろう。

 私はできるだけ目立たないような地味なワンピースに着替え、ボストンバッグ一つに収まるだけの衣服やお金を入れていた。


「……セレリアお嬢様……」

「……マイア」


 小さな声で名を呼ばれ振り返ると、部屋の扉の前で真っ青な顔をしたマイアが涙ぐんで立っていた。私が出て行くことに気付いたのか。フランシスの専属侍女だったこの子は、数少ないバーネット公爵家に残された中の一人だ。彼女はあの日以来ずっと、フランシスの死に打ちひしがれている。……立ち直れるだろうか。置いていくのが心残りだ。


「いろいろと、本当にありがとうマイア。あなたがいてくれたから、フランシスも毎日を楽しく過ごせたと思うわ」


 私は彼女のそばに寄り、その肩に手を触れる。途端にマイアは顔をくしゃりと歪めて、両手でその顔を覆った。


「お……お嬢様……っ! フランシスお嬢様が、いなくなって、セ、セレリアお嬢様まで行ってしまわれたら、わ……私は……っ」


 しゃくり上げながら肩を震わせるマイアが可哀相で、私まで涙が堪えきれなくなる。その赤毛を撫でて、私は彼女を抱きしめた。


「……大丈夫よ。大丈夫。あなたはずっとフランシスを大事にしてくれていた。あの子を見守って、尽くしてくれていた。きっと父も母も、あなたを悪いようにはしないわ。大丈夫。……どうか、ずっと元気でいてね。あなたを忘れないわ。……ありがとう」

「うぅぅ……っ! お……おじょう、さま……っ!」


 マイアは私の背に腕を回し、堰を切ったように泣き出した。……ああ、寂しいな。本当にこれでお別れなのね。私の侍女たちが解雇され、周りに誰もいなくなってしまった後も、この子はずっと私を気にかけてくれていた。

 優しい子。あのフランシスととても気が合って仲良くしていただけのことはある。きっと心が似通っているんだろう。

 どうか幸せになってね、マイア。


 家族への別れの挨拶はしなかった。兄は早朝から出かけていたし、両親は居間から出てこない。言いたいことは山ほどあったけれど、きっと私が何を言ってもあの人たちには届かないだろう。このままひっそりと出て行こう。その方があの人たちにとっても好都合だろう。気付いたらセレリアはいなくなっていたんだ。一体どこへ行ってしまったのか。そんなに思い詰めていると知っていれば止めたのに。そういうことにしたいだろう。

 見送りはマイアだけだった。嗚咽しながら、最後まで私のボストンバッグを持ってくれていた。玄関先でそれを受け取り、小声で挨拶をする。


「じゃあね、マイア。あなたを忘れないわ」

「おっ、お嬢様……っ! どうか、どうか、ご無事で……! お元気で……っ!」


 私はバーネット公爵家の屋敷を出た。たった一人で。バッグ一つだけを持って。

 できるだけ遠くへ行かなくては。この王都近くの屋敷から、できるだけ遠くへ。王宮から最も遠い、南端を目指そう。

 屋敷の馬車を使わせてもらうのも嫌だから、近くの街まで歩いて行くことにした。


「……」


 前を向こう、明るい気持ちでいようと思っても、次から次に涙が溢れる。

 私は私なりに、精一杯生きてきたつもりだった。持って生まれた見た目の華やかさはなかったかもしれないけれど、勉強は頑張ったし、妃教育にも真剣に取り組んだ。遊ぶ暇も惜しんで、あらゆるお稽古に時間を費やしてきた。

 だけど、結局私は父からも母からも認めてはもらえなかった。

 私も愛されたかった。兄のように。フランシスのように。家族の一員でいたかった。だけど……それは叶わぬ夢だったのね。


 ────さようなら。






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