8. お前さえいなければ
“呪われた公爵令嬢”の噂は、瞬く間に様々な尾ひれがつき、社交界を駆け巡った。
「フランシス嬢のそばにいなかったにもかかわらず、彼女を死なせてしまったのよ。何でもバーネット公爵家の異端者だそうよ。昔からあの人だけ、根暗で雰囲気がおかしかったと……」
「恨み辛みが呪いとなって、妹君であるフランシス嬢に襲いかかったらしいわ。普通なら有り得ないことなのに、誰もそばにいない時にフランシス嬢は突然亡くなったの。それというのも、姉の呪いが……」
「なんて恐ろしい女……。ほら、ジャレット殿下とフランシス嬢が愛しあっておられたでしょう? それで自分が婚約解消されたことを、ずっと根に持っていたらしいのよ。屋敷での態度も酷かったのですって。ずっと妹君を虐めていたらしいわ」
「皆昔からおかしいと思っていたのよね。私たちも時々噂しておりましたの。何故あの美麗なバーネット公爵家に、あの方一人だけあんな普通の栗色の髪と瞳なのかって……。明らかに浮いていましたもの、あのきらびやかなご一家の中で。でも呪いの力を持って生まれてきた悪魔だというのなら、納得だわ」
フランシスを失ったバーネット公爵家は、暗く陰鬱な雰囲気が漂い続けていた。溺愛していた末娘の死を両親は嘆き続け、兄はますます私を遠ざけるようになった。
ジャレット殿下は国王陛下から私との再婚約を勧められたようだが、「あの女と夫婦になるくらいならどこぞの娼婦とでも連れ添った方がマシです」とはっきり言い放ったと、その場にいた父が帰宅後母に言っていた。
「当然ですわ! 誰がセレリアなんか嫁にもらいたいと思うものですか……! 私はもう顔を見たくもないわ。この娘が絶対にフランシスを……!」
「……もうよさないか」
「ですが、他に誰があんなことをするというの!? あなたは疑って使用人たちもほとんど解雇してしまったけれど、また信頼のおける人物を一から選びなおさなければならないのよ」
「……私にももう分からん。だが現実的に考えてセレリアではないだろう。呪いの力など、あまりにも馬鹿げている。この子がどうやって毒を仕込むというのだ」
「あら。学力だけはマシだったわ、この娘。何か複雑な罠を仕込んでいたのかもしれないわよ。あなただって完全に否定はしなかったじゃありませんの」
「……」
これは今現在、この食堂で行われている会話なのだ。私が目の前にいるのに、私の気持ちなど気にも留めていない。
母の恨み言はまだまだ続く。私は少しも食欲が湧かず、スープを前に手を止めていた。
「……はぁ、もう嫌……。誰もがこの娘の噂ばかりしているそうよ。バーネット公爵家の恥さらしだわ。もう私、どこにも行けない。この娘がいる限り、これからもずっと好奇の目にさらされ続けるんだわ……」
母はカシャンと音を立て、手からカトラリーを落とすと、両手で顔を覆った。
「王家からもずっと不審の目で見られ続けるでしょうね。この娘がいる限り。ジャレット王太子殿下は、この娘を恨んでいるわ。きっとバーネット公爵家に関わりたくないと思っていらっしゃるはずよ。これから先も、ずっと。……この娘がいる限り」
「……」
この娘がいる限り。
母はたびたびその言葉を使うようになっていた。
父が大きく溜息をつく。
兄は何も聞こえていないかのように黙々と食事を済ませると、さっさと食堂を出て行ってしまった。もうこの空気に耐えられないのだろう。
今や誰もが私を疑っていた。フランシスを手にかけたのは私ではないと、数々の証言によってはっきりしたはずだったのに。このままではいつの間にか、私がどうにかしてあの子を殺害したということにされてしまいそうな不安があった。母はそうだと思い込んでいるし、父も兄も、否定も肯定もしないような曖昧な態度を取り続けている。
辛かった。世間の目は私に冷たくなり、そばで仕えてくれていた私の専属の侍女たちも、セレリアの片棒を担いでいるのではないかと疑われ、母から解雇されてしまった。
孤独と心の傷を抱えて過ごす日々は、拷問のようだった。
そしてついにある日、父から直接的な言葉を告げられた。
「セレリア。お前も分かっているだろうが、フランシスのあの一件以来、世間の誰もが我がバーネット公爵家のことを悪意を持った目で見ている。……正確には、お前のことを、だ」
「……」
「きっと今後もずっと、バーネット公爵家の全てに影響する。何せフランシスの葬儀の日、あれほど大勢の前でジャレット殿下がお前を名指しで批判したのだ。強い憎しみをあらわにして。誰も王家の意に反する交流はしたくはない。領地の様々な商売にも、すでに影響が出はじめている」
「……お、お父様……」
「ダニエルも結婚間近だったのだ。マリガン侯爵家のロクサーヌ嬢とな。しかし、向こうから婚姻を延期したいとの申し出があった。おそらくお前のことで、この婚約関係を考え直したいと思っておるのだろう。このままではダニエルとの婚姻はマリガン侯爵家にとってプラスにはならないと。……何もかも、悪い方向へ進んでいっている」
「……っ」
何が言いたいのだろう。父は私に、どうしろとおっしゃっているのだろうか。私には噂を否定することしかできない。だけどもう、世間の誰もが私の言葉など信じてはくれないのだ。
父はこちらを見ずに言った。
「いっそのことな、……お前がどこかへ行方をくらませでもしてくれたらと思うのだよ。フランシスの死に責任を感じたお前が、このバーネット公爵家から静かに出て行った。このまま一家四人で生活を続けるより、その方がよほどいい」
「──っ!! ……おとう、さま……」
「カミーユも、お前の顔を見なくなれば少しは気持ちが落ち着いてくるだろう。……お前さえいなければ、我が家はまだやり直しがきく。……分かるだろう、セレリア」
「…………」
父は私に、このバーネット公爵家を出て行けと、そう言っているのだ。
フランシスの死に関して誰もが私を疑っているから。疑惑の私がいれば、公爵家の印象が悪くなる一方だから。
私さえ今いなくなれば、厄介払いができると。
後ろ暗い噂の何もない、父と母と兄の三人でやり直したいと言っているんだ。
私は実の父親から見放されたのだ。