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7. 呪われた公爵令嬢

 結局、フランシスに紅茶を淹れたのが誰なのかは分からないままだった。自ら毒を飲んだのではないかとの声も上がったが、


「フランシスが、自ら命を絶とうとするはずがありませんわ! あの子にそんな深い悩みなんてなかった……。あ、あの子は……、愛し合うジャレット殿下のもとへ、もうすぐ嫁ぐはずだったのですよ!?」

「……たしかにそうだ。それに、もし殿下との間に愛がなかったとしても、あの聡明な子が王家との婚姻目前でこんなことをするはずがない。あの子は……バーネット公爵家に迷惑をかけるようなことは一切しない子だった」


 母も父も全く腑に落ちない様子だった。兄も、私だってそうだ。私は前日の夜まで一緒に過ごしたのだ。不安や葛藤はたしかにあったようだが、それでもフランシスは前向きだった。死を選ぶような気配は少しも感じなかった。

 母が私を睨みつけながら言った。


「……ウィーデン伯爵夫人に、確認をとりましょう、あなた。あの娘が本当にちゃんとウィーデン伯爵家にいたのかどうか」

「……っ!?」


 まだ疑われている。母は本気で、この私がフランシスを手にかけたと思い込んでいるのだ。


「ああ。……だがまずは、国王陛下のもとに行かねば……」


 父は母の言葉を否定することなく、頭を抱え深く息をついた。




 その後ウィーデン伯爵夫人や、お茶会にいた複数のご婦人方、ご令嬢方から、私が午前中から夕刻近くまでずっと伯爵家にいたことが証明された。皆が一様に同じ内容の返事をしたため、どう考えてもセレリアではないだろうと父と兄が母に言い聞かせた。だが母は、ずっと私に憎しみの視線を投げつけてくる。やり場のない苦しみや怒りを私にぶつけることで、目の前の辛い現実をやり過ごしているようだった。


 教会で行われたフランシスの葬式には、多くの貴族家の人々が訪れた。誰もがこの突然の悲劇に驚き、そして皆がひどく悲しんでいた。あちこちで神に祈る声やすすり泣く声が聞こえる。フランシスは社交界の華であり、その穏やかで優しい性格は誰からも愛されていたのだ。


「あぁ……、フランシス……ッ」


 母はいまだ取り乱しており、父や侍女長がその体を支えていた。

 そんな中、ジャレット殿下がこの場に現れた。


(……っ! ……殿下……)


 殿下の顔も蒼白で、口元をわなわなと震わせている。やはり殿下もこの現実を受け止めきれていないようだった。絶望の表情を浮かべ、フランシスの棺に一歩一歩近づく。


「フランシス……。あ……あぁ……嘘だ……! 何故……何故だ! 何故こんな……!!」


 棺の中で眠るフランシスの亡骸を目にした殿下は、苦痛の面持ちで天を仰ぎ、堪えきれず叫びながらその場に崩れ落ちた。体を震わせながら棺に縋りつくようにして泣いている殿下の痛々しい姿を直視できずに、私は目を伏せる。その瞬間、私の頬にも一筋の熱い涙が伝った。


「幸せな夫婦に……なるはずだったんだ……! 生涯大切にしようと思っていた……。それなのにこんな……。……何故だ! 誰が……誰がこんなことを……っ!!」


 殿下の悲痛な叫びに、周囲からのすすり泣きが大きくなる。この場がより深い悲しみに包まれていく。

 しかししばらくすると、ふと顔を上げた殿下が辺りを見回しはじめた。そして私と目があった、その瞬間。


「……セレリア・バーネット……。貴様……フランシスに何をした!? 貴様が何かしたんだろう!!」

「……っ!!」


 そう怒鳴りつけてきたのだ。狂気に満ちたそのお顔は、正気を保っているようには見えなかった。皆が驚いた顔で、一斉にこちらを見る。私は衝撃のあまり声も出ない。


「俺との婚約解消で、フランシスを逆恨みしたのか? フランシスは誰かに毒を盛られたと聞いた。あのフランシスがだ! あんなにも清廉な乙女が。誰からも……全ての人から愛されていた、あのフランシスが……! 毒を盛られるような恨みなど買っていたはずがない! お前だけだ!! お前以外に誰がフランシスを憎む理由がある!? 正直に言え!!」

「……わ……」


 私は何もしていません。私だって、フランシスを心から愛していました。本当です。あの子の幸せを、心から願っていたのです。

 愛するあなたと、大切な妹の幸せを、心から……!

 そう言いたいのに、ショックのあまり声が出ない。ひそかに想い続けていた殿下からまでも疑いをかけられたことが悲しすぎて、立っているのがやっとだった。

 皆が私をじっと見ている。

 誰も、何も否定してくれない。


(……お、お父様、お母様……っ。……っ!?)


 助けを求めてゆっくりと両親の方に視線を向けると、二人もまた私をじっと見つめていた。両親のそばにいる兄も。

 それぞれのその目には、強い非難の色がありありと浮かんでいた。


(嘘でしょう……? まだ……まだ私を疑っているの……!?)


 涙が込み上げてくる。実の家族でさえ、私をフランシスに手をかけた敵だと思っているようだった。誰も私の味方になどなってくれない。私は気力を振り絞り、震える喉から必死で声を出す。


「……私は、何もしていません! わ、私は、バーネット公爵家の娘であり、フランシスの、実の姉です! あ、あの子を心から愛しておりますし、その幸せを、願っておりました……!」

「嘘をつけ!! 何がバーネット公爵家の娘よ!! あんただけ何もかもが違うじゃないの!! あんたみたいな娘……我がバーネット公爵家には今まで一人もいなかったのよ!!」


 私の言葉を遮るように、母が叫んだ。父が小声で制止しているようだが、母の攻撃は止まない。


「見た目も地味で、少しも可愛げがなくて、根暗で……。すべてがフランシスに劣っていたわ。だからきっと許せなかったのよ! 何か……何か汚い手を使ったんだわ! だってあの子以外にいないもの、フランシスを憎む人間なんて……フランシスを殺す人間なんて……! うわぁぁっ!!」


 母の言葉に、会場中が水を打ったように静まり返った。ねっとりとした疑惑の空気が流れはじめたのを、私は肌で感じた。さっきまでよりも冷たい皆の視線が、体中に突き刺さる。ジャレット殿下もまた、私を射ぬくような鋭い視線でこちらを睨みつけていた。


「一体どんな手を使ったかは知らんが、……俺はお前を絶対に許さんぞ、セレリア・バーネット! バーネット公爵家の異端者め! お前のせいでフランシスは死んだのだ! お前は呪われた公爵令嬢だ!!」

「────っ!!」


 呪われた、公爵令嬢……。


 私を指差し、ジャレット殿下はそう怒鳴りつけた。


 愛する妹の葬式の場で、私はジャレット殿下から、決して消えることのない不名誉な烙印を押されたのだった。







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