最終話. 守っていく(※sideアヴァン)
「…………ふん」
レナトが俺のもとへ持ってきたその手紙を一通り読み終えると、俺は鼻で笑ってそれを破り捨てた。
リアは知らない。あの女からこうして何度も何度もしつこくおねだりの手紙が来ていることを。届いたらリアには知らせず、俺のもとへ直接持ってくるようにと、侍従たちに言ってある。
面白いほど次々と報いを受けているようじゃないか。神は見ているのだろう。リアを苦しめ続けてきた女、これくらいは当然だ。もっともっと苦しめばいい。
俺はいまだに、あの女がリアの顔に傷をつけたことも執念深く恨んでいた。最後までリアには絶対に手紙のことは言わないつもりだ。
「……?」
ふと気がつくと、俺にこれを持ってきたレナトの姿がない。
「……チッ。また勝手に行きやがったな、あいつめ」
◇ ◇ ◇
「わお! 妃殿下は本当に器用ですね~。すごいなー。さすがは元お針子さん」
「ふふ。褒めてもらえて嬉しいわ。ありがとう」
(……やはりな)
王妃教育の合間の休憩時間に私室に戻っていたリアのところへ、またレナトが勝手に押しかけていた。いつの間にやらすっかりリアに懐いている。本当に犬なんじゃないのかこいつは。
「リアの邪魔をするな、レナト。勝手に俺のそばを離れて何をしている」
「あれ? 殿下。いや、殿下が大切な書類をお読みでしたので、ちょっと席を外した方がいいのかな~と。妃殿下のご様子を見がてら」
「ふふ」
純白のドレスを丁寧に縫いながら、リアが俺たちのやり取りを見て微笑む。その姿はさながら女神のようだ。
「……美しいな、リア」
ドレスもだが、お前も。
「ありがとうございます。もうすぐ出来上がりますわ」
「こんなにも可憐で美しいドレスがお似合いなんて……妃殿下の妹君もきっと素晴らしく麗しいお方だったんでしょうねぇ」
「ふふ。ええ。私など比べものにもならないほど、とても可憐で可愛くて……天使のようでしたのよ。誰もがあの子に魅了されていたわ」
「……お前こそ、」
「ええ~妃殿下だってとてもお美しいですよ。もっとご自分に自信を持ってください! この国の民は皆妃殿下にメロメロですよ」
……何故お前が先に褒める。
「ま、まぁ……。……ありがとう」
頬を染めるな、リア。そんな顔をするのは俺の前だけでいい。
「……仕上がったらどうするつもりなのだ、そのドレスは」
せっかくリアが楽しそうに過ごしているところに水を差したくはない。大人気ない苛立ちをぐっと我慢し、俺はそう尋ねた。
「……できれば、これはこのまま私の手元に置いておきたいのです。妹のために作ったドレスですので、誰かに着てもらうつもりはありません。ただこれを見ながら、時折あの子のことを思い出したいのです。……お許しいただけますか?」
上目遣いで俺にそう伺いを立てるリアが可愛くて、ついだらしない顔になってしまう。
「当然だ。お前がそうしたいのなら、好きにするといい。妹君のドレスのために、専用の衣装ケースを作らせよう。いつでもお前が眺めて楽しめるように、ガラス製のものを。部屋に飾っておくといい」
「……っ! ありがとうございます、殿下」
リアが瞳を潤ませ、俺を見上げながら頬を染める。その顔を見るだけで、俺の心は満たされる。
じゃあサイズを計らなきゃですねー、などと言いながらレナトはリアの侍女たちと相談を始めた。なぜお前が出しゃばる。侍女たちだけでよかろう。
リアは大切そうにドレスをふわりと抱える。
真っ白で軽やかな上質の生地。それらを幾重にも重ねた裾は、美しく波打っている。シルクのドレープも、銀糸で縫われた細やかな刺繍も、オーガンジー素材の花の飾りも全て、リアがたった一人で何ヶ月もかけて作ってきたものだ。どれほど妹君のことを愛しているのかが伝わってくる。
「フランシス……、これはあなただけのドレスよ。見てくれているかしら……」
「……きっと喜んでいる」
「……ええ」
リアの妹君を一度も見たことがない俺でも、このドレスを着てはしゃいでいるその姿が目に浮かぶような気がした。
『すごく素敵! 嬉しいわ、お姉さま。ありがとう!』
俺はリアの隣に腰かけ、その柔らかな頬にそっと口づけた。
「お前の大切な妹君が安心して見ていられるように、人生をかけて守っていく。俺を信じてついてきてくれ、リア」
「……はい、殿下。どこまでもあなたのおそばに。それが私の選んだ、生きる道ですので」
その美しい笑顔に見とれながら、俺は最愛の妻とともに歩んでいくこれからの人生に、思いを馳せたのだった────。
ーーーーー end ーーーーー
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