63. 全ては終わった(※sideカミーユ)
晩餐会での私の振る舞いが許しがたいと、イェスタルア王国の王太子殿下から陛下へ直々に苦情が入ったと夫から聞いた時には、血の気が引いた。
「……国際問題として取り上げるつもりはないとおっしゃっているそうだ。だが……陛下はいたくご立腹だ。我が家へは処罰が下るだろう。……何てことをしてくれたんだ、お前は」
「だ、だって……あ、あの娘が……」
夫は憎々しげに私を睨みつける。これまでにもいろいろあったけれど、夫が私にここまで冷たい目を向けるのを見たことがない。
(……どうしよう。どうなるの? うちはもう、終わりなの……?)
セレリアめ……絶対あいつの差し金だわ……! 何をどう上手くやったのか知らないけど、異国の王太子殿下に取り入り、誑かし、あまつさえ王太子妃の座にまで納まるなんて……!
それもこれも、私たちを追いつめるためだったのよ……! 信じられない。実の家族に向かってここまでひどいことができるなんて。やっぱりあの娘は悪魔だわ。呪われた女よ。
結局我がバーネット家は公爵の爵位を取り上げられ、子爵に降格させられた。そして領地の三分の二以上を王家に返上することとなったのだ。
家業は立ち行かなくなり、いくつもの製産工場を閉鎖するはめになった。多くの従業員や領民が、よその領地に流れていってしまった。
(こんな……こんなことになるなんて……)
我が家の人間は、今後一切王家の主催する会合に参加することを禁じられた。
もう社交界の連中の前に顔を出すことなどできない。今頃うちの噂で持ちきりだろう。栄華の頂点を極めていたかつてのバーネット家の面影は、もうどこにもない。憐れに落ちぶれ、見事なまでに転落していった公爵家の話題は、貴婦人たちの格好の餌食となっているはずだ。
その上、息子ダニエルの妻ロクサーヌが、突如実家に帰ってしまった。先方から正式に離婚の申し込みがあったのだ。うちが財産を失い公爵家でもなくなったから切り捨てようというのだろう。そう思っていた。
ところが。
「……な、……何よこれ! どういうこと!? 何なのよこの法外な慰謝料請求は!! 何故!?」
問い詰めると、ダニエルは真っ青な顔をして震えた。
ダニエルはプレッシャーに負け、外に癒やしを求めたのだと言う。逼迫する家の状況と、ヒステリーを起こす私の圧に耐えかねて精神的に参ってしまっていた時に、優しくしてくれる平民の女にふらりと行ってしまったとか。その証拠をマリガン侯爵から突き付けられたのだ。ダニエルと女が会っていた場所、時間、回数、……全てが事細かに記されていた。
「あ……有り得ないわ! あなたとその女が逢瀬を始めたという時から今まで、何故これほど細かく証拠が残っているの!? ……ダニエル……、まさか、嵌められたんじゃないでしょうね!? これ、マリガン侯爵家の仕掛けた罠なんじゃないの!? うちと縁を切りたいからって、侯爵が……!」
絶対にそうだ。どう考えてもおかしい。クソ……! やられた! 許せない……!!
「抗議してくるわ、直接! こんなの受け入れられない! やり方が汚いわよ!!」
「よせ!! カミーユ!! もういい加減にしろ!! 」
「……っ!」
居間を飛び出そうとした私の背中に、怒号が飛ぶ。驚いて振り向くと、夫が凄まじい形相で私を睨みつけていた。あまりの迫力に思わず怯む。こんな夫は初めて見た。ダニエルは蒼白になって震えている。
「これ以上恥をさらすのは止めろ。……無駄なんだ。終わったんだよ。全ては終わったんだ」
「……あ……、あな、た……」
「……我々は破滅だ」
そう呟くと、夫はがくりと肩を落として俯いた。
私もダニエルも、呆然とするほかなかった。
全額一括支払いを譲らないマリガン侯爵家に対し、残りの領土を売り払って慰謝料を支払った私たちは、平民として生きていくこととなった。もう領主ではない。ただの貧しい民だ。
私のしでかしたことに対してさんざん文句を言っていた夫は、何を思ったのか慣れない投資に手を出した。手元に残っていた装飾品やドレス、骨董品などの残り少ない財産を次々に売り払い、それを元手に無茶な博打に打って出たのだ。そして、それは大失敗に終わった。
◇ ◇ ◇
『親愛なるイェスタルア王国王太子妃殿下
私たち家族はたった三人だけで、惨めな辛い日々を過ごしております。爵位を失い、領地を失い、住み慣れた屋敷を失いました。使用人など、当然もう一人もおりません。息子は嵌められ、離縁状を叩きつけられました。夫はどうにかこの苦しい状況を挽回しようと試み、その全てが失敗に終わりました。
もはや縋れるのは、あなた様だけでございます。
どうかあなた様のお力で、私共の窮地をお救いください。どうか生活費の援助をお願いいたします。このままでは家族三人、野垂れ死ぬしかありません。家族の情が残っているでしょう? 私はいつも、あなた様のことを思っております。遠く離れて暮らしていても、あなた様は私の大切な娘です。きっとあなた様も同じ思いでいてくださると信じております。
たった一人のあなたの母 カミーユ』
夫と息子が生気のない顔で畑仕事に出かけた後、私は手紙をしたためていた。
何度出しても返事の来ない手紙を、かつてのバーネットの屋敷とは比べものにもならない馬小屋のような古びた小さな家の中で、私は今日もしたため続けている。
なんて惨めなんだろう。
こんな思いをする日がやって来るなんて……。




