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6. 母の憎悪

「イヤーーーッ!! どいて……どきなさいよっ!!」

「っ!!」


 突如、私は強い力で母に突きとばされた。床に倒れ込んだ私には見向きもせず、母はかぶりつくようにフランシスを抱きしめている。


「あぁ……っ!! 私の……私のフランシス……ッ!! どうしてぇ……っ!! あぁぁ……」


 気が付くとベッドの反対側には医者が、そして泣き叫ぶ母の後ろには、呆然と突っ立っている父の姿があった。


「い……一体、何が……」


 呟く父の隣で、医者が手に持っていたものを掲げた。


「ここに落ちていたこのティーカップは、フランシスお嬢様のお飲みになったものでしょうか」

「そ、そうだと思います。……誰か、フランシスお嬢様にお茶をお淹れしたの?」


 侍女長がその場に集まっていた侍女たちに聞くが、皆が首を横に振る。


「……少し、時間をください。中身を調べさせていただきます」


 医者は神妙な顔でそう言った。




 フランシスが飲んだと思われる紅茶には、猛毒といわれる薬が入っていた。

 兄も帰宅したその夜、居間に全員が集まった。

 その日のうちに屋敷の使用人すべてに聞き取り調査が行われたが、誰一人フランシスにお茶を淹れた者はいないという。


「そんなわけないでしょう!? あの子は自分で紅茶を淹れたりしないわ! マイア、どういうことなの!? ねぇっ!!」


 母は半狂乱で侍女のマイアに掴みかかる。彼女がフランシスの最もそばにおり、お茶を持って行くのも大抵彼女の役目だったのだ。


「わ……わがりまぜん……っ! わ、私は……買い出しに、行っておりまじだ……っ! お、おそばに……、私がっ、ずっとおそばに、ついて、いれば……。ひっ……うぅぅ……」


 マイアも正気を失ったように、ずっと泣き続けている。母も彼女の肩を掴んだまま、その場に二人して崩れ落ちる。わぁわぁとまた声を上げて泣きはじめた二人は、もう会話にならなかった。


「一体どういうことなのだ……。あぁ……。殿下に……、陛下に何とご説明すれば……」


(……っ! ……ジャレット殿下……っ)


 自分の悲しみで手一杯で、頭が回らなかった。そうだ。ジャレット殿下……。

 どれほどショックを受けられるだろうか……。

 その時。


「……殿下……? ……っ! お、お前……っ!!」

「……え? ……きゃあっ!!」


 突如、真っ赤な目で私を睨みつけてきた母が走り寄り、今度は私に掴みかかってきた。そして私の頬を力いっぱい叩く。


「カミーユ! 何をしているんだ! 落ち着きなさい!」

「お前だね!? お前がやったんだろう! この悪魔!!」


 父の制止を無視して母は狂気を振り乱す。

 何……? 私が、やった……?

 母は何度も何度も私を叩き、力任せに髪を引っ張る。


「お前がやったんだ!! 私の可愛いフランシスにジャレット殿下をとられたことが許せなかったんだろう……!! この、人でなし!! 返してよ! 私のフランシスを返しなさいよぉ!!」

「や……やめてください……お母様……っ!」

「よさないかカミーユ!」

「母上、セレリアがそんなことをするはずがないでしょう!落ち着いてください!……セレリア、お前も出かけていたんだろう!?」


 父と兄が必死で制止して、母を取り押さえる。使用人たちは皆恐怖におののき、遠巻きにこちらを見ていた。髪を振り乱し私に暴力を振るう母は、完全に正気を失っていた。


「は……はい……っ! 私は、お母様に頼まれていたとおり、ウィーデン伯爵家に……」

「嘘をつけ!! このろくでなし! クズ! お前が……お前が死ねばよかったんだ!!」


(────っ!!)


 憎しみに満ちた目で、私に向かいそう叫んだ母。その言葉は私の心を瞬時に深く抉った。


(私が……死ねば、よかった……)


 手足がすうっと冷たくなり、体中の力が抜けた。

 目の前で憎悪の視線を向けてくるこの人から、たしかに私だって、この命をもらったはずなのに。


「もういい。落ち着きなさい」

「母上、ほら、ここに座って」


 父も兄も、私から目を逸らすようにして母を連れて行く。母の言葉を否定することも、咎めることもしない。


(……同じように、思っているのだろうか……)


 フランシスを失った悲しみ。

 実の母に存在を否定された絶望。


 受け入れがたい苦しみが、私から生きる気力を奪ってしまいそうだった。







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