56. 没落の焦り(※sideカミーユ)
(……まさか、こんな惨めな思いを味わう日が来るなんて……)
侍女たちに支度をさせながら、目の前の鏡に映った疲れきった自分の顔を見つめ、ますます気持ちが沈む。
今夜は王宮の大広間に、国中の高位貴族たちと、諸外国からの要人が多数集まる。建国記念の日を祝う、かなり大規模な晩餐会だ。私たち一家も当然、出席することになっている。
過去の私たちなら、この最上の機会に全力で臨んでいた。自社製品の最高級品質の社交服に身を包み、国内で最も格式高い公爵家の人間として堂々と振る舞い、美しさと品格で、周囲からの羨望の眼差しを浴び続けたはずだ。
だが。
我がバーネット公爵家の没落ぶりは、もはや社交界の人間に知らぬ者などいない。製品の売り上げは低迷の一途を辿り、業績は悪化するばかり。収入は激減し、しかしそんな事情を誰にも悟られたくなくて、社交の場ではこれまでどおり常に最新のドレスやアクセサリーに身を包んで参加し続けた。結果として、生活まで追いつめられはじめた。
その上こんな時に、何故だか息子ダニエルは騎士団勤めを辞めてしまった。
「な、何ですって!? 辞めたって……一体何故なの!? 」
「……もう嫌になったのです。領地の仕事に専念します」
「せ、専念しますって……。あなた、今うちがどんな状態だか分からないの!? 製品の売れ行きが激減して、家計は火の車なのよ!? あなたまで仕事を辞めてしまったら……!」
「うちの没落ぶりは、とっくに知れ渡っているのですよ。居心地が悪くて耐えられないのです。皆の好奇の目、日々言われる嫌味、……ただでさえ、僕は騎士団向きの人間ではなかったんだ。剣は苦手だし。……殿下も、僕の能力を活かすなら、せめて文官にしてくれればよかったのに……」
息子はすっかり覇気を失ってしまっている。何なのよ一体! 誰が息子をこんなに追いつめたっていうの!? 騎士団の脳筋どもが……! うちは大切な大切な娘を侍女ごときに殺されて、とても可哀相な家なのよ。世間は本当に冷たいわ。少しは同情しようって気にならないの!? 応援するぐらいの気持ちで、うちのドレスを買おうっていう優しさは誰にもないわけ!? どいつもこいつもくだらない流行に流されて、安っぽい生地の、趣味の悪い色柄のドレスに目移りしちゃって……!
落ち目になったうちには、もう義理立てする必要もないと思っているわけ?
どうせもう、このまま没落していくだけだから……?
「……く……っ!」
それもこれも、全てはあの女のせい。
あの女。自分が産んだなんて認めたくもないくらい、憎らしい女。
姿を消している間に、一体どうやって過ごしていたのか。何故あの娘が、あの流行りの店で働いていたのか。
私には分かる。きっとデザインしているのはあの娘よ。昔もそういうことがあった。この伝統あるバーネット製の商品に文句をつけて、より斬新で若い女性に喜んでもらえるようなものを……とか何とかぬかして、生意気にもドレスのデザインなど提案してきたわ。小娘の分際で。伝統と歴史を軽んじて。
不細工な上に馬鹿で生意気だと思っていたら……、まさか、ここまで根性がひん曲がっていたとは。
わざわざ私たちの家業を脅かすために、同業他社を盛り立てて追い込んでくるなんて。
(絶対に許さないわ……! どうにかして、ここから這い上がってやる……! そしてあの店を潰してやるわ!!)
この際プライドを捨てて、方針転換するべきだと夫は言う。うちもあそこのように斬新な布やデザインを取り込み、離れていった顧客の心を取り戻すべきだと。
でもそんな情けない真似、絶対にしたくなかった。そんな商品をうちから出せば、きっとすぐさまお茶会での笑いものになるだろう。話題の的になることなど、安易に想像できる。
『バーネットの新製品、ご存じ? あちらのお店に対抗しようとしているのか、ついに似たような布を作って同じようなデザインのものを出しはじめましたのよ』
『ほほほ……、知っていますわ。でも、なんだか惨めですわね。バーネット公爵家のプライドはないのかしら。あれじゃあまるで、格下の人からアイデアを盗んでいるのと同じじゃありませんこと?』
『それほど売れてない、ということなんでしょうね。お可哀相に。今やこうしてお茶会に集まる皆様の中にも、バーネット製のドレスで参加している方ってほとんどいませんものね』
『追いつめられていますのね。夫人はいつも豪奢なドレスを着ていらっしゃるのは変わりませんけれど……。もしかして本当はもう、かなり逼迫しているのでは……』
『いずれは公爵を降格させられるかもしれませんわね……』
(……っ!! ああ、嫌……!! 考えたくもない)
ありありと浮かんでくる、あいつらの嫌らしい笑み。扇で口元を隠しながら、ヒソヒソとうちの悪口を言い合う様子が、まるで目の前で繰り広げられているかのように鮮明に浮かんだ。
冗談じゃない。馬鹿にされたくない……!!
「奥様。お支度が整いました」
侍女の言葉に、はっと我に返る。鏡を見ると、疲れて老け込んだかつての社交界の華が、きらびやかな姿で立っていた。
(絶対に弱味なんか見せないわ。うちはまだ健在だと、バーネット公爵家がどこよりも格式高い家であると皆に見せつけ、思い出させなくては……!)




