54. 怒涛の日々
「……なるほど。ではリア、そなたはすでに世界の主要な言語七ヶ国語を修得していると」
「は、はい」
「マナーに関しても完璧ね。教えることは何もなさそう。……それにしても本当に驚いたのよ。初めて会った時は流行の服を作っているお店の仕立て屋の子だと、本気でそう信じていたのだから。ふふ」
「そ、それに関しましてはもう、本当に……申し訳ございません」
「いいのよ。あなたに様々な事情があったことは、私も陛下もアヴァンから聞いていたわ」
「自分の力で苦労を乗り越え、生きる道を開いてきたその強さは素晴らしい。そなたの賢さとひたむきさは、アヴァンの力となる。ミラージェス侯爵と夫人も、そなたならば文句はないだろう。な、クルシタ」
「ええ、陛下。リアさんなら我が国の王太子妃教育もきっとすぐに修得してしまうと思いますわ。基礎が完璧ですもの」
満足げな両陛下を前に、私は内心大きく安堵していた。
アヴァン殿下の腕の中でぐっすりと眠った、幸せな夜。
それから一夜明けた翌朝から、私の怒濤の日々が始まった。
まずは朝食をとりながら、アヴァン殿下から予備知識を叩き込まれる。
「父上と母上には、お前との結婚についてすでに話をしてある。リアがこちらに帰国次第紹介したいと。平民ではあるが、お前がただの一般人ではないことには俺もレナトも気付いていたからな。そこは上手く言ってある。やはり高位貴族の出身だったばかりか、一度はナルレーヌの王家に嫁ぐ準備をしていた身分だったとは……。お前がその教養を身につけてくれていて、本当によかったと思っている、リア」
両陛下のお眼鏡にかなった暁には、私を王妃陛下の親戚筋にあたるこのイェスタルア王国の侯爵家、ミラージェス侯爵夫妻の養女として迎えてほしいと打診もしてあったそうだ。あとは私の帰国を待つばかり、といった状態だったそうだ。
「これ以上お前が帰ってこないようなら、迎えをやって強制的に戻らせるつもりでいた。ギリギリだったな」
アヴァン殿下はにやりと笑いながら、私にそう言ったのだった。
「ようやくお目にかかることができた。王妃陛下や殿下からは、たびたびお話を伺ってはおりました」
「高貴なご身分であったにも関わらず、市井の暮らしを知るために修行として仕立て屋の仕事をなさっていたそうですね。我が国を愛するがあまり、海を渡ってこちらの国で暮らしていたのでしょう? 私共は心底感動いたしましたの。この国の民たちの暮らしを肌身で感じ、彼らの暮らしをよりよくするために王家に嫁いで、その身を国のために捧げたいと……。簡単にできることではございませんわ。あなたのようなお方が王太子妃となられるためでしたら、私たちは喜んでお力になりますわ」
「ありがとうございます、ミラージェス侯爵、侯爵夫人。私を受け入れてくださいましたこと、心から感謝申し上げますわ」
「リアは複雑な出生の事情から、生家では冷遇されておりとうに絶縁している。すでに向こうとは無関係の他人。しかしリアが平民のままでは、俺との婚姻はかなわなかった。あなた方には感謝する」
いろいろと都合の良いように、ところどころ事実を折り曲げつつも話を進め、私は王妃陛下のご親戚であられるミラージェス侯爵家の養女となった。両陛下との謁見やミラージェス侯爵夫妻への挨拶が済むやいなや、今度は息つく暇もなくスパルタ王太子妃教育が開始された。それと同時に私たちの結婚式の準備も猛スピードで進んでいったのだった。
(ラモンさんやサディーさんたちにも手紙を書かなきゃ……。きっとびっくりするだろうなぁ。……ううん、びっくりどころじゃないかもしれないわね……)
あちらとこちらの国では王太子妃教育の内容も違うことが多々あったが、私は全集中力をもって次々に知識を蓄えていった。久々に戻ってきた勉強漬けの日々も、少しも苦にならなかった。愛する人との未来のためだ。私を信じ待っていてくださったアヴァン殿下のためにも、私にできることを全力でやるのみだ。
そしてイェスタルア王国への帰国から、わずか半年後。
私はアヴァン殿下と結婚し、晴れてイェスタルア王国の王太子妃となったのだった。
結婚式の日。全ての儀式が終わり国民へのお披露目のセレモニーが行われた。殿下の隣に並んで立ち、王宮のバルコニーから集まった国民に姿を見せる。歓声に包まれながら皆に微笑みかけ、小さく手を振る。
「……よくやってくれた、リア。感謝する、お前の努力に」
「……私の方こそ、あなた様に心から感謝いたしますわ、殿下。私を愛してくださったこと。……信じて、待っていてくださったことを。あなた様の愛に報いるためにも、精一杯お支えしてまいりますわ。そして、こうして私を受け入れてくれている民たちのためにも、身を粉にして働きますわね!」
私がそう言うと殿下は嬉しそうに微笑んで、すっかり傷の治った私の頬にそっと口づけたのだった。
一際大きな歓声が、私たちを包み込んだ。




