53. やせ我慢(※sideアヴァン)
(……ふ。俺が今から抱くと思っているのだろうな、この様子を見るに)
この上なく大切なものを扱うように、リアの体をそっとベッドに横たえる。だがリアは固く目を閉じ、唇をギュッと引き結んだまま、緊張で体中を強張らせていた。
(……可愛いな)
覚悟を決めてくれているのなら、いっそのこともう、このまま体を重ねてしまおうか。
そんな考えが思わず脳裏をよぎるが、俺は理性を総動員し、リアの額に優しく口づけを落とす。そしてその頭の下に片腕を通した。
「疲れただろう、今日は。このままゆっくり休むといい」
「……。……え?」
俺がそう言って行儀良く隣に体を横たえると、ようやくリアがそっと目を開けた。息をつき、すっかりくつろいでいる風な俺の姿を見て、リアが不思議そうな眼差しを送ってくる。普段の気品ある佇まいとはまた違ったそのあどけない様子が可愛くて、思わず笑みが漏れる。
「……で、殿下……?」
「……よい。疲れきっているお前に無理を強いるつもりはない。全てが落ち着いて晴れて夫婦となった暁には、俺の情熱をたっぷりと受け止めてもらうがな」
「……っ!?」
「頬の傷にも障るかもしれない。今夜はこのまま休むとしよう」
「……殿下……っ!」
俺の言葉に目を丸くしたリアは、すぐにその瞳を潤ませて満面の笑みを浮かべた。そして俺にぴたりと体をくっつけてくる。
「……そんなにも私のことを気遣ってくださるのですね。ありがとうございます。お優しい殿下のことが、……大好きですわ」
「……可愛いことを言う」
その髪を撫でてキスをすると、俺は早々に目を閉じた。そして眠ったふりをする。
しばらくリアの視線を感じてはいたが、安心したのだろう。やがて規則正しい小さな寝息が聞こえてきた。
「……はぁ……」
切ない溜息をつきながら、俺はゆっくりと目を開けた。眠れるはずがない。我ながらよく頑張ったものだ。自分で自分を褒めてやりたい。
正直、夜着姿でリアが目の前に現れた時から、俺の理性は今にも決壊しそうだった。下腹に灯る熱はコントロールしようもないほど滾り、やはり今夜このまま……、などと不埒な思いが脳内を満たした。
だがリアの疲れと傷口が心配で、どうにかやせ我慢を貫くことができた。本当はもう一晩たりとも我慢などしたくはない。二年ぶりにようやく愛しい女の顔が見られたのだ。顔を見るどころか、湯上がりの姿と匂い、そしてこの体温……。
こうして隣に体を横たえながらも、実は決して下半身がリアに触れないように細心の注意を払っていた。俺のやせ我慢の何もかもがバレてしまう。さり気なく間にブランケットを挟み込んだのだ。
(どうもリアの前だと、俺は無性に格好つける癖があるな。……しかし……、この可憐で美しいリアの頬にこんな傷をつけるとは。覚えておけよ、バーネット公爵夫人。必ずこの俺が報復してやる。このままでは済まさんぞ)
まだ見ぬ憎い女へ怒りを向け、俺は自分の中の欲から目を背けた。持て余すほどの熱をぶつけられなかった代わりに、そのあどけない寝顔を存分に堪能する。長い睫毛に縁取られた美しい瞳は穏やかに閉じられ、気持ちの良さそうな寝顔に心が癒されていく。……綺麗だな、本当に。この先ずっと守ってやりたい。これから大変な思いをさせることになる。俺の妻にするということは、このか細い体に大いなる責任を背負わせるということなのだ。リアならきっとやり遂げてくれるだろう。だからこそ俺は選んだのだ。側妃でも愛妾でもなく、正妃として。
だが国のため、王家のために生涯を尽くすというのは、並大抵の苦労ではない。これからそばで支えてくれるリアを、俺が誰よりも労い、大切にしていかなくては。
心に固くそう誓いながら俺は愛する女を腕に抱き、その安らかな美しい寝顔を一晩中見つめていた。




