51. 過去を打ち明ける
「廃嫡されたのだ、兄上がな。今は離宮で軟禁状態だ」
「……そ、そうなのですか……」
アヴァン殿下はさらりとそう言った。
私たちがようやくソファーに座り、落ち着いて会話をしようとしたその良いタイミングで、またふらりと戻ってきた眼鏡の側近の方が、お茶を入れてくれた。
恥ずかしくて目が合わせられない私は、不自然に泳ぐ目を意地でも逸らし続けた。
以前に少し、アヴァン殿下から聞いたことはあった。
アヴァン殿下の兄上のヴィセンテ王太子殿下は極度の女好きで、しかも気楽に遊べる平民の女性や娼館にいるような人が大好きらしい。ずっと品行方正で成績優秀であった方なのに、思春期の頃どこかで覚えてしまってからは、すっかり放蕩癖がついてしまい治まることがなかったそうだ。両陛下の頭を悩ませ続けてきたが、ついに昨年国王陛下が見切りをつけてしまい、アヴァン殿下が王太子となられたそうだ。
(し、知らなかった……。私がいない間に、アヴァン殿下が王太子になっていたなんて……)
でも、アヴァン殿下なら王太子として申し分ないだろうと思う。聡明だし、器が大きくて優しい方だ。求心力もきっとあるだろう。人を惹きつける魅力や、オーラがある。私も初めてお会いした時から、この方に惹かれていたもの。
久々にお会いした殿下の美しい横顔にしばし見とれていると、殿下がふいに私の方を見た。
「それに伴ってお前にも苦労をかけることにはなるが……、それについての話はひとまず後だ、リア」
「? ……はぁ」
(苦労? 私が?)
「まずはお前の話をきちんと聞かせてくれ。これまでのこと。出生や、この国に来ることになるまでの事情の全てをだ」
「……は、はい……」
「俺を信じて、話してくれるな?」
「……はい、殿下」
私は結局、自分の人生のすべてを語った。殿下は私が話している間一言も発することなく、ただ私を見つめながら黙って聞いてくれていた。
そしてようやく、長い私の話が終わった。
「……セレリア・バーネット。それがお前が捨てた、お前の元の名なのだな」
「ええ。そうでございます」
「バーネット公爵家の長女として、ゆくゆくは王家に嫁ぐ人間として妃教育まで受けていた」
「……はい」
「それもまた非常に都合が良い」
「?」
「……なるほど。どうりで賢くて立ち居振る舞いが美しいわけだ。……そして今回の帰国時の再会によって、お前の生みの母親がお前にその傷をつけた。その張本人ということだな。……よく分かった」
「……で、殿下?」
「よく分かった」が怖いんですが。な、何もしませんわよね? 公爵夫人ですよ? 異国の。
だけど殿下はふと表情を和らげ、優しい眼差しで私を見つめながら頬をそっと撫でてくれた。
「わずかでも痕が残らないよう、しっかりと手当てをさせよう。リア、……苦労をしたな。これまで大変だっただろう。よく耐えて、生き抜いてきたな」
「……殿下……」
「お前が生まれ落ちた時に与えられた運命に抗い、自分の生きる道を必死で探してきたからこそ、俺とお前はこうして出会うことができたんだ。……お前に感謝する。俺の前に辿り着いてくれた、お前の強さに」
殿下はそう言うと、心底愛おしげな眼差しで私の顔をそっと両手で包み込み、優しく額に口づけを落とした。
「……それとな、何度も家族や周りの者から、平凡だの異端者だの言われ続けてきたような話だったが、……おそらくお前の周りの人間は感覚が狂っているぞ。リア、お前は誰よりも美しい。その白い滑らかな肌も、その柔らかな栗色の髪も、瞳も。誰にも汚すことのできない、至高の存在だ」
「そっ! そんな……」
「本当だ。特に、この俺にとってはな。お前は女神にも等しい。……なぁ、レナト。リアは美人だと思うだろう?」
「っ!?」
ひぃっ! やっ、止めてください殿下! その人には話を振らないでっ!! さっき濃厚なシーンのあれやこれやを見られたばかりだというのに……、殿下は何とも思わないんですかっ!?
「は、僭越ながら、大変整ったお美しいお顔立ちかと。リア様は優雅で麗しく、まさにアヴァン殿下の隣に立つに相応しいお相手であられると思っております」
「……あ……ありがとう、ございます……」
歯が浮くような褒め言葉を顔色一つ変えずに淡々と言う側近の方に、体中からどっと汗が出る。頭から湯気が上がっていないだろうか、私。何なんだろう、この方たち……。は、恥ずかしくないのかな……。
「お前はもっと自分に自信を持つべきだ、リア。自分が特別な存在であることを、自覚してくれ。俺にとっても、……そして、この国の民たちにとってもだ」
「……民たち、で、ございますか?」
「そうだ、リア。お前は近日中に俺の妻となり、この国の王太子妃となるのだからな」
「…………」
え?
「お前のその広く深い知識と知恵、そして温かく公平な心で民たちの暮らしを支え、そして俺を隣で支えてくれ」
「……あ、あの……殿下?」
殿下の、妻? ……王太子妃……?
え? 私が?
クエスチョンマークが次々に頭に浮かんできた後、ついに私の頭は真っ白になった。
長旅で疲れているからだろうか。ちょっと理解できない。
え? なんで? 愛妾じゃないの?
混乱する私の様子を見てくすりと笑ったアヴァン殿下は、ソファーから降りると私の前に跪き、私の手を取った。
「難しく考えるな、リア。俺はただこう言いたいのだ。……愛している。俺と結婚して欲しい」
「……っ! ……ア、アヴァン、殿下……っ!」
「頷いてくれ、リア。俺の愛を受け入れてくれるな?」
「……は、はいっ! ……もちろんです。……もちろんですわ、殿下……」
安心したように微笑むと、私の手にキスをして、私を包み込むように抱きしめてくださった殿下。
その胸の中に飛び込んだ私は、ただただ嬉しかったのだ。
愛する人から、最上の愛の言葉を伝えられたことが。
人生でたった一人の相手として、私を選んでくださったことが。
だけど、異国の平民である私がどうして王太子妃になれるのか、とか、そんな疑問がこの瞬間、頭の中からすっかり抜け落ちてしまった。やっぱり私は、ひどく疲れていたのかもしれない。




