5. フランシスの死
「素敵ですわぁ! さすがにバーネット製の物は格が違いますわね」
「こちらのドレス、私がいただきますわ!」
「あら待ってちょうだい! 私だってそちらが気に入りましたのに……!」
ウィーデン伯爵家でのお茶会には、私の他にも何人かの商家の人たちも来ており、さながらドレスや装飾品の新作お披露目会といったところだった。私が売り込むまでもなく持参した新作は大好評で、お茶会は大いに盛り上がり、ようやく帰路についたのは夕刻になろうかという頃だった。
(フランシス、心配しているかしら。誰か先に帰っているといいのだけれど……)
馬車に揺られながら私は、いまだに甘えん坊なところがある可愛い妹の顔を思い浮かべていた。
ところが、屋敷の門の前までたどり着いた時。
私は我が家の異様な雰囲気に気付いた。
(……? 何……?)
誰かの金切り声が聞こえる。小窓から外を見ると、侍女の一人が泣きながら馬車に駆け寄ってきていた。胸がざわつき、私は慌てて馬車を降りる。
「セ、セレリアお嬢様ぁ……っ!!」
「どうしたの? 一体何事……!?」
「あ……あぁぁ……っ!!」
駆け寄ってくるやいなや、膝から崩れ落ちて泣き叫ぶ侍女の尋常ならざる様子に、不安が増す。何なの? フランシスは……? あの子は無事なの?
それ以上何かを喋れそうにもない侍女の手を引っ張りながら、私は屋敷の中に入った。緊張で激しく動悸がする。
「セレリアお嬢様……! あ……、フ、フランシスお嬢様が……!!」
「……っ」
玄関を入るなり、顔面蒼白の侍女長がフランシスの名を出し、激しい恐怖を感じた。何かあったんだ。それも、とても重大な何かが。
それより先を聞くことなく、私は全力で走る。階段を駆け上がり、一目散にフランシスの部屋を目指した。部屋の中からは甲高い叫び声。何なのよ……止めて、お願い……。
フランシス……!
「……フランシス……ッ!!」
「うわぁぁぁっ!! お嬢様ぁぁっ……!!」
「……え……」
部屋に入って真っ先に目についたのは、ベッドサイドに膝をついて突っ伏し、その赤毛を震わせながら泣いている侍女。フランシスと同じ歳で、彼女と一番親しくしているマイアだ。
そして────。
フランシスはベッドの上にいた。仰向けに横たわり、眠っているように見える。
「お……おじょう、さまぁ……! どうしてぇぇ……っ! あぁぁぁ……っ!!」
マイアの狂ったような声。私は呆然と足を進める。まさか、……まさかね。そんな、はずが……。
「……いや……」
ベッドの上のフランシスは青ざめた顔をしており、全く生気がなかった。私は無意識にマイアを押し退け近付くと、震える手でその頬に触れる。
「…………っ!」
温かく滑らかなはずのフランシスの頬は固くなっており、冷たい。体温が感じられなかった。
(……死んで……る……?)
ガクリと力が抜けて、私はその場にへたり込んだ。目の前の現実を受け止めきれない。次の瞬間、激しい悲しみが胸の奥から湧き上がり、私は叫んだ。
「フ……フランシス……、フランシス……ッ!! 嫌よ! なぜ!? ねぇ!! 起きて……お願いよフランシス!!」
つい今朝まで、あんなに可愛く笑っていたのに。一体どうしてこんなことに……? 信じられない。受け入れられない。
「な……なにが……何があったの!? マイア……ッ!」
「ひっ……、う……うぅっ……。わ、私たちが、誰もおそばにいない間に……。さっき私が、お茶をお持ちしようかと、お部屋に伺ったら……、もう……。うわぁぁ……っ!!」
「……床に、倒れておられたのです。先ほど医者を呼びにやっております」
いつの間にか後ろにいた侍女長が、暗い声でそう告げてくる。
「……ですが、おそらく、もう……」
侍女長は言葉を濁したが、……もう医者を呼んでも、きっと無意味だということだろう。
フランシスは、明らかにもう命を失っている。
誰も気付かぬうちに、彼女は独りで死んだということ……?
『待ってるわね、お姉さま。いってらっしゃい』
「……っ! うぅぅ……っ!!」
朝のフランシスの可愛い笑顔を思い出す。どうして。なぜ。どうしてこんなことに。何度も何度も、頭の中には同じ言葉が浮かんでは消える。
そうしてどのくらい、フランシスの冷たい手を握りしめていたのだろう。私が我に返ったのは、母の絶望的な叫び声が聞こえた時だった。