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49. 抱擁

 ナルレーヌ王国への帰国で私が受けた傷は大きかった。

 両親に自分の存在がばれ、一層激しい憎しみを向けられることになった。さらに最愛の妹フランシスを死に追いやったのが、最も信頼していた侍女のマイアであることを知った。

 母の爪に深く抉られた頬の傷はいまだ痛み、私にあの日の悲しみを忘れさせなかった。


(心配してるだろうな、ラモンさんやサディーさんたち……。こんな状態のままで離れることになってしまって、本当にごめんなさい……)


 マイアの件で絶望していた私は、明るく挨拶もできないままに逃げるようにして一緒に暮らしていた家を離れた。

 港まで送ってきてくれたラモンさんは、何度も何度も「いつでも帰ってくるんだぞ」「何か辛いことがあったら、すぐにこっちに戻ってくるんだぞ」と念を押してくれていた。よほど私は暗い顔をしていたのだろう。

 アヴァン殿下に会いたい。今はただお店のことに集中するべきだと思い、ずっと心の奥に秘めて、我慢していた。

 けれど、もう限界だった。

 あと一度だけでいい。あの方の胸に飛び込んで、強く抱きしめられたい。もう一度だけ、私に生きる気力をください、殿下……。

 ここから立ち直る力が欲しい。


 幾日も一人で船に揺られ、精神的な不安定さも相まってかまた船酔いに苦しみながら、どうにか私は再びイェスタルア王国に辿り着いたのだった。


(さて、と……。着いたはいいけれど……、今からどこへ行こうかしら)


 頬の傷を隠すために巻いていたベールの首元を、キュッと掴む。サディーさんたちは王都の屋敷を使っていいとは言ってくれていたけれど、ひとまずはお店に行ってみようか。経営が上手くいっているのはこっちのスタッフとサディーさんたちの手紙のやり取りで分かっていたけれど、せっかく戻ってきたのだから、この目でお店の現状を見ておきたかった。


(アヴァン殿下のことは、その後で考えよう……)


 本当はあまりにも緊張してしまって、とても殿下のいる王宮へ訪ねていく勇気が出ないのだ。だって、私がふらりと訪ねたところで誰が門を開けてくれる? 普通開けないわよね、約束もしていない仕立て屋の娘が、殿下に会わせてください、なんて突然現れたって。


 長い時間馬車に揺られ、途中の街で一泊してからまた翌日早朝から馬車に揺られ、ようやく王都の店舗に到着した頃にはもう夕方近くになっていた。


(ふぅ。やっぱり港町から王都の店まではだいぶ距離があったわねぇ。疲れた……)


 馬車を降り、懐かしい店舗の看板をしみじみ眺めていた、その時。


「……おやっ?」

「……あらっ?」


 店から出てきた人と目が合った。それは王宮からいつも私を迎えに来てくださっていた使者だった。


「……あなた……リア殿? リア殿ですな? ……おお、なんという偶然! ようやくお戻りでしたか! いやぁ、もうこの二年間、何度この店に通ってきたことか!」


 よく見れば私が降りた馬車の向こうに、王家の紋章の入った馬車も停まっていた。


「ど、どうも……ご無沙汰しておりますわ」

「さぁ、すぐに! お早くこちらの馬車へ。アヴァン殿下が首を長くしてお待ちだったのですぞ。お元気なお姿を早く見せて差し上げなくては」

「っ!!」


 アヴァン殿下のお名前を聞いた途端、心臓が大きく音を立てた。じわりと頬に熱が集まり、鼓動はすぐに速くなる。


 私を、……まだ待っていてくださったのですか? アヴァン殿下……。


 長く揺られた馬車を降りたばかりの私は、今度は王家の馬車に乗り、そのまま愛する人のもとへ向かった。


「失礼いたします、殿下。お連れいたしました」

「……っ!……リア……」

「で……殿下……」


 アヴァン殿下のお部屋に連れられてきて中に入った途端、驚いたように目を見開いた殿下が私のもとへ駆け寄ってくる。


 そして────。


「…………っ!」


 何度も夢にまで見た、殿下の腕の中。強く、とても強く抱きしめられた私は、その甘く妖艶な懐かしい香りにくらりと目まいがし、喜びのあまり涙が滲んだ。無意識のうちに、殿下の背に腕を回す。


「……どれほど、この時を待っていたか……! ……ようやく戻ってきたのだな、リア……」

「……殿下……っ!」


 言葉にならずに、私は自分の想いを伝えるために必死でしがみつく。殿下の大きな手が私の頭を優しく撫で、するりとベールが外れた。


「……もう、二度とお前を離さない。俺は、お前が旅立つ前にそう言った。……覚えているな? リア」

「……はい……、……はいっ……!」

  

 アヴァン殿下の、低く掠れた声。抱きしめられたままでその表情は見えないけれど、同じ気持ちでいてくださることがひしひしと伝わってくる。私は何度も何度も頷いた。辛く苦しかった出来事がどこか遠くへ消え去っていくかのように、私の心はようやく安堵と愛おしさだけで満たされたのだった。




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