48. 磔
王宮前の広場はけたたましい罵声や怒号が飛び交っていた。群衆は異様なまでの熱気に包まれ、密集した人の多さで肝心の場所が見えない。
「おいっ! 押すんじゃねぇよ馬鹿野郎!!」
「何割り込んでんだてめぇ!!」
「ごめんなさい……。すみません、……ごめんなさい……っ」
野次馬たちに怒鳴られながらも、私は必死で人並みをかき分けながら前へ前へと進んだ。進むにつれ、前方の人々が石や何かを投げつけているのが分かる。
「この人殺しの召使いが!! 地獄へ落ちろー!!」
「身の程知らずの悪魔め!! 恥を知れ!!」
あまりの熱狂ぶりに恐ろしさを感じる。群衆にとって、これは娯楽の一環なのだろうか。まるで祭りのような大騒ぎだ。
そんな凄まじい熱気と人並みの中を無理矢理かいくぐり、私はついに磔にされている女の姿を見た。
「────っ、……マ……」
それはまぎれもなく、フランシスの侍女、マイアだった。
げっそりと痩けた頬。骨と皮だけになった、惨めな汚い姿。ぼろきれのような布をわずかにまとい、すすけた赤毛はボサボサになり垂れ下がっている。光のない瞳は開かれており虚空を見つめてはいるが、そこにはもう何も映ってはいないようだった。
誰かが投げつけた大きな石が、鈍い音を立て彼女の額に直撃した。その衝撃で彼女の首が大きく揺れたが、その表情はほとんど変わらなかった。
目の前で見ても、この目で事実を確認しても、私の心はまだ真実を拒絶していた。
控えめで大人しいフランシスの一番近くにいつも寄り添い、何かにつけてあの子を補佐してくれていた。優しくて頼もしい、私にとっても第二の妹のような存在だった。
フランシスの死を目の前にして、息もできぬほどに泣き崩れていた彼女。なかなか立ち直れずにいるマイアを見て、同じ苦しみを分かち合ってくれているのだと信じていた。
屋敷を出る時も、彼女のことだけが心残りだった。寂しそうに泣きながら、私の荷物を玄関まで持ち、最後までたった一人で見送ってくれていた。
(あの時……本当は何を考えていたの? マイア……!!)
目の前の柵を乗り越えて、マイアのそばに駆け寄って問いただしたい。肩を揺さぶって目を合わせて、一体何を考えていたのか聞き出したい。
怒りと悔しさで視界が揺らぐ。熱い涙が次々に頬を伝い落ちていく。かわいそうに、フランシス……! あの子は最期の瞬間、信頼を寄せていた侍女に裏切られたと気付いたのだろうか。どれほど絶望したことだろう……!
「……ひどい……。……ひどい……っ!!」
震える喉から、細く低い恨みの言葉が漏れる。許せない……。こんな惨めな姿を目の前にしても、マイアへの憐憫の情など微塵も湧かなかった。私の心は愛する妹を理不尽に奪われた怒りと、耐えがたい悲しみだけで満たされたのだった。
群衆に押し出されるようにしてその人混みから離れた私は、びしょ濡れの顔のままでトボトボと歩き出した。
もうフランシスのお墓へ向かう気力など残ってはいなかった。
(……無実の罪を着せられて屋敷から去って行く私の姿を、あの子はどんな思いで見つめていたのだろうか……)
涙など流しながら。
健気なふりをして、最後まで見送りながら。
自分のせいで、呪われた公爵令嬢と呼ばれて邪険にされ去って行く私のことを、一体どんな思いで……。
自分があまりにも惨めだった。




