47. 予期せぬ真実
イェスタルアに戻るために荷物をまとめ、準備が整ったその日。
私は最後にもう一度フランシスのお墓を訪ねようと思い、街を歩いていた。
できるだけバーネット家の近くには行きたくないけれど、もしかしたらもう、二度とこの国には戻ってくることがないかもしれない。これが最後になるかもしれない。そう思ったから、勇気を出すことにした。
(……でも万が一、もしもお墓の周りに誰かがいたらすぐに引きあげよう……)
もう二度と、両親には会いたくはない。
先日の辛い出来事が頭をよぎる。
期待していたわけでは、決してない。今までどこにいたの? セレリア。私たちがどんなに心配したか、どんなにあなたに会いたかったか、あなたが無事でよかった……。そんな言葉が聞けるなんて、微塵も期待していなかった。そこまで愚かではない。
それに、私が手伝っているラモンさんとサディーさんの店の衣装が急激に流行しはじめ、バーネット家の家業を脅かしていることも事実なのだ。知られればよくは思われないことも、充分承知の上だった。
だけど……。
「……はぁ」
傷の残る頬がズキリと痛んだ気がした。あれが実の娘に向ける目なのか。言葉なのか。
『何を厚かましく生き延びてるのよ!! 何で大人しく死んでくれないの!! 行方をくらまして、姿を消して……、こうして私たちを苦しめる方法を、ずっと考えていたわけ!? この、人間のクズ!! 人でなし!! やっぱりお前は疫病神よ!! 産むんじゃなかった……! お前なんか、産むんじゃなかったぁっ!!』
「……っ」
決して記憶から抜け落ちてくれる日は来ないであろう母の言葉は、私の心を深く抉り、私を完膚なきまでにズタズタに傷付けた。そして追い打ちをかけるように、憎しみを込めて私を睨みつけ去って行った父……。
思い出すだけで、足取りが重くなる。
だけど、こうして街を歩いているだけでも、以前のここの風景とは全然違って見えるほどに、道行く人々の服装が変わっている。明るく軽やかなイェスタルアの生地を使ったワンピース姿で行き交う街の女性たち。男性たちの中にも、私たちが作った服を着ている人が何人もいる。そして時折見かける上流階級の人たちも。
いつの間にか、この街にこんなに浸透していたんだ。
つまり私の生家であるバーネット家は、それだけの打撃を受けているということなのだ。
(ますます嫌われるのも、無理はないか……)
そんなことを考えながら長い距離を歩いているうちに、どんどん疲れてきてしまった。気持ちも萎縮し、フランシスのお墓まで行く気力が失われつつあった。
(……どこかで一度、休憩しよう……)
目に付いたお洒落なカフェに入り、ドア近くの隅の席に静かに座る。顔を伏せたまま紅茶を注文すると、そのまま窓の外に目を向けた。そんなに多くはないけれど、身なりの良い人たちが近くの席に何組か座っていたからだ。
ベールで隠した頬の傷を覆うように頬杖をつき、外を向いていると、周囲の人々が皆同じ会話をしていることに気付いた。
それは到底無視できるような内容ではなく、いつの間にか私は必死で聞き耳を立てていた。理解するにつれ、指先がすうっと冷たくなっていく。
「……信じられないわね。本当に恐ろしいわ。もう自分の侍女のことが信用できなくなりそうよ」
「拷問するまでもなく、全てを白状したそうよ。ずっと王太子殿下に懸想していたのですって。それであの美しい公爵令嬢を亡き者にすれば、自分が王太子殿下と結婚できると思い込んで……」
「怖いわ。王太子殿下を好きすぎて気が触れてしまったのかしら」
「身の程知らずにも程があるだろう……異常だよ」
「……意識不明の重体だそうよ。……どうか持ち直してくだされば……」
「いつも公爵令嬢の最もそば近くにいた、気心の知れた侍女の犯行らしい」
「王宮前の広場、恐ろしくて通れないのよ、私……。何故皆あんなに集まって見ていられるのかしら……」
「もう何日目だ? 随分無惨な姿になっているそうだが……」
「もうじき終わりだ。処刑は明日だそうだぞ」
「女の一族は皆地下牢に幽閉されているとか……きっとその者たちも……」
「当然よ。王太子殿下に仇なす者の身内が見逃してもらえるわけがないわ」
「ねぇ、……その侍女が犯人だったのなら、じゃあ結局、“呪われた公爵令嬢”って何だったの?」
「……っ、……はぁ、……はぁ……っ」
目が回り、呼吸が浅くなる。背中に嫌な汗がじっとりと浮かぶ。周囲の人々の会話を聞きながら、私の頭の中には一人の侍女の姿が思い浮かんでいた。
私がバーネット公爵家の屋敷を去る時、たった一人だけ涙を流しながら見送ってくれた、あの子の姿が────
いつの間にかテーブルに運ばれてきていた紅茶は、すっかり冷めてしまっていた。震える両手でカップを慎重に持ち上げ、カラカラに干からびた喉にゆっくりと流し込む。ガチャリと音を立ててカップを戻すと、お金をテーブルに置き、私は気力を振り絞って立ち上がった。ふらつきながら、ドアを開け店を出る。
この目で確かめないわけにはいかなかった。




