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43. 両親との再会

「ありがとうございました。すぐにお仕立て直しをして、お屋敷にお持ちいたしますので」

「ええ。楽しみに待っているわ」


 ドレスを二着買ってくださった伯爵家のご婦人をお見送りして、私は安堵の息をついた。売り上げは相変わらず好調。この国の貴族の人々にまで、うちの衣装は信じられないほど広く受け入れられるようになっていた。


(……ナルレーヌ王国に戻ってきて、もう二年以上が経ってしまった。こちらでの商売が軌道に乗るまでと思い頑張ってきて、ここまであっという間だったけれど……)


 私の頭の中には、いつもあのお方のことばかりがあった。忘れた日など、一日たりともない。

 必ず戻ると約束したけれど、こんなにも時間が経ってしまった。……きっともう、アヴァン殿下はご結婚されているだろうな。


(……それでも、私はあの方のもとへ戻りたい。交わした約束は果たしたいもの。それに……)


 私の心の中にいるのは、今でもあのお方だけだから。


 最近よく考えるようになっていた。もうそろそろ、いいのではないかと。ナルレーヌで出店した店はこんなにも順調で、こちらで多くの従業員を雇って、人手も充分足りている。イブティさんやヤスミンさんはナルレーヌ語もどんどん上達していて、まだまだここにいたいみたいだけど、私はもうイェスタルア王国に戻りたくて仕方なかった。

 あの方がいる国だから。

 いつの間にか私にとって、帰る場所はここではなく、あの方のいるイェスタルア王国になっていたのだった。


(……うん。近いうちに、ラモンさんとサディーさんに話してみよう。一度イェスタルア王国に戻りたいって)


 戻ったところで、もう私に居場所は残っていないかもしれないけれど。

 それでもいいから、あの方に一度だけでもお会いしたい。

 旅立つ前の、あの日。私を抱きしめて戻って来いと言ってくださった、あの方の愛に応えたいから。もう事情は変わってしまっているかもしれないけれど……。それでも私の心は変わっていないのだと、ちゃんと伝えたい。

 そんなことを考えていた、その時。


 カラン。


「っ! いらっしゃいませ」


 ドアの開く音がして、私は反射的に笑顔を向ける。ベールで覆ってはいるけれど、目だけでも笑顔はしっかり伝わるものだ。イブティさんとヤスミンさんも続いてお客様にご挨拶をしている。

 その瞬間。


(────っ!!)


 私の心臓が大きく音を立てて跳ね上がり、指先までビリリと痺れるほどの衝撃を受け、息が止まった。

 入り口から入ってきた二人。豪奢な身なりをした男性と女性。

 一目見た瞬間に、私はそれが自分の両親であることに気付いた。

 彼らは入店するやいなや、私たちのことは気にも留めず、店内の洋服を値踏みするようにジロジロと眺めている。


「…………っ」


 ドクッ、ドクッ、と、心臓が大きく脈打ち、体中にじっとりと汗が浮かぶ。……どうしよう。見られる。逃げなくては。

 だけどあまりにも突然の衝撃に体が硬直し、ピクリとも動かない。


「……何か、お探しのものがございますか? あ、ドレスなどでしたら、奥のブースにいろいろ置いてありますよ」


 店の入り口付近でいつまでも無言で店内を見回している二人に、ヤスミンさんがにこやかに声をかける。母は彼女に露骨に軽蔑の眼差しを向け、上から下までねっとりと嫌な視線を送っている。


「……店主はいらっしゃるの?」

「あー、いえ、えっと、一人は外回りで、もう一人はもう一件の店舗の方に行ってます」

「ご注文でしたら、あたしたちでも受け付けておりますわ!」

「……結構よ。注文なんかしないわ。こんな安っぽい店のドレスなんて」

「…………へ?」


 本来ならあんな気難しげな貴族のお客様は私が率先して接客するべきところなのだが、あの人は私が一番会いたくない人なのだ。向こうだって私の顔など見たくもないだろう。しかも、家業と同じくドレスを売っている別の店で働いている私なんて……。

 しかも今、うちがこれだけ売り上げを上げているということは、おそらくバーネット製の衣装の売り上げは大きく落ち込んできているのだろう。だから両親は、わざわざ評判を聞いたこの店まで偵察にやって来たのだ。

 ハラハラしながら母と二人のやり取りを少し離れた場所で見守っていた私は、そちらに気を取られすぎていた。だから気付くのが遅れてしまったのだ。


「……っ!!」


 父が私の真横に来て、至近距離から私を見つめていることに。


「……お……おまえ……」

「……っ」


 深くベールを被った私の顔は、目の部分しか見えていない。それでも父は、明らかに悟っていた。


「あなた。……あなた? どうなさったの?」


 母が父と私のもとへやって来る。私は慌てて顔を逸らして俯いた。店の奥へ……、ともかくここから早く離れなければと思うのに、まるで床から見えない手が生え私の足をがっしりと掴んでいるかのように、一歩も動けない。

 

「……」

「……」


 父も母も、目の前に立っている。だけど、一言も発さない。

 目を逸らして下を向いた私の視界には、二人のその足元だけが見えていた。


「……っ」


 なぜだか私は抗えず、ゆっくりと母の方に視線を向けてしまった。一体なぜそんなことをしてしまったのか、自分でも分からない。だけど、私は母と視線を合わせてしまったのだ。

 その瞬間。


「────っ!!」


 目を見開いた母は、私の顔から乱暴にベールを剥ぎ取った。



 


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