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42. 何が起こっているの?(※sideカミーユ)

「決算報告書はまだなの!?」


 私は心底苛立っていた。執事に怒鳴りつけるように言った後、こめかみを押さえてソファーに座る。

 ずっと順調だった領地の商売の売り上げが、突然低迷しはじめたのだ。一体何が起こっているというのか。原因は我がバーネット製の衣装の売れ行きが一気に悪くなったからに他ならない。王族貴族をはじめとする富裕層に絶大な信頼を得て、長年安定した利益を上げてきたというのに。何故? 一体どこの商家が台頭してきたというの!?

 バーネット家は様々な分野の商売を手がけてきたけれど、衣類の分野で特に抜きん出た利益を上げはじめたことから領地内の商売の比重を大幅に増やし、今やこの衣類の売り上げなくしては成り立たないほどなのだ。ここが落ち込んでしまっては本当に困る。

 何故急にこんなことになってしまったのか。

 その理由はすぐに分かった。


 ある日の、とある侯爵家に招かれた食事会。元々予定があって不参加の返事を出していたのだが、その予定が変更になり時間ができたので、急遽顔を出し挨拶だけでもしておこうと決めたのだった。主人と私は家業が低迷しはじめた焦りなどはおくびにも出さず、自社製品の最高級ドレスと社交服を身にまとい出かけた。高位貴族のこういった集まりには、極力顔を出しておくに限る。自社製品をアピールするための絶好の機会だからだ。

 これまでは私たちが姿を現すと、皆が一様にバーネット製のドレスで参列しており、諸手を挙げて褒め称えてきたものだ。


「あら、バーネット公爵夫人! こちらのドレス、本当に素敵ですわ。私今一番のお気に入りなんですのよ」

「やはりバーネット製に勝るものはございませんわ。質が良くて品があって……。バーネット製のドレスを着たら、もうよその衣装は買おうという気にもなりませんもの」

「デザインは夫人も考案なさっているのでしょう? センスが素晴らしいですもの。尊敬いたしますわ!」


 ところが。


(……は? ……な、何よ、あれ……。あ、あの人も……! 何なのよあれは!)


 会場である侯爵家の大広間に入るやいなや、夫と私は思わず硬直してしまった。

 その広間に集まって談笑している高位貴族の半数程が、うちのものではない衣装に身を包んでいたのだ。見たこともない柄の入った、不思議なデザイン。奇妙な色合い、見るからに重厚感のない、ペラペラとした軽そうな生地。


「あ、あらっ……、バーネット公爵……」

「ま、まぁ……! 今日はおいでにならないと聞いておりましたが……」


 私たち夫婦の姿に気付くやいなや、皆が一斉にこちらに注目し固まった。露骨に焦りの表情を浮かべ目を逸らす者もいる。


「……来てくださったのですね、バーネット公爵、ご夫人。お忙しいでしょうに、ありがとうございます」


 主催者の侯爵夫人が、若干頬を引き攣らせながらも私たちのそばに来て、にこやかに挨拶をする。その侯爵夫人でさえ、バーネット製ではない明るい色合いのドレスを着ている。


「……本日の食事会には参加できず、申し訳ない。ですが時間ができましたので、顔を出してみたのです。素敵なドレスですな、侯爵夫人。よくお似合いです」


 夫は気を取り直したように、表向きの挨拶を返している。しかし真っ先にドレスに言及された侯爵夫人は、ますます気まずそうに、言い訳がましい返事をする。


「あ、あら。ほほ。ありがとうございます。なんだか最近やけに流行っているということで、私も一着だけそちらのお店で購入してみたんですのよ。ほほほ。ほら、最先端の流行を知るのも悪くないかと思いましてね。……ね? 皆さん。もちろん、バーネット製の質の良いドレスは別格ですけれど。ほほ。ほほほ。……ね?」


 相槌を求められた取り巻きのご婦人方も、ええ、とか、そうですわね、ふふ、とか、曖昧な返事をしながら私たちから目を逸らす。……明らかに私たちのご機嫌をうかがうだけのおべんちゃらだ。腹の奥が熱く滾るような苛立ちを覚える。

 しかし、夫はあくまでも冷静だった。張りついたような笑顔を浮かべるだけで精一杯の私とは違い、侯爵夫人に探りを入れていく。


「たしかに。さすがはセンスの良い侯爵夫人ですな。いつも同じものを身に着けていても飽きが来るばかりです。我々も他社製品を見ると、非常に勉強になりますよ。そちらのドレスは……どこでしたかな? 最近流行っているというと、……たしか、王都の?」

「ええ、そうですの。王都の大通りにできたあのお店ですわ。……何と言ったかしら?」

「『ラモンとサディーの店』ですわ、たしか。南の大陸から持ち込んだ独特の生地で作るドレスが人気になって広まったそうで」

「ああ、そうでしたな。聞いたことがあります。色柄も生地の質も、我が国ではあまり見かけなかったものばかりで。物珍しさもあって流行ったのでしょうな」


 無理矢理作った笑顔も剥がれてしまいそう。どうして夫はこんなににこやかに会話ができるのかしら。うちのドレスを着用していない裏切り者の女なのよ、この人たちは。何よこれ。何て安っぽいの!? ドレスというのは、しっかりとした質の良い重厚な生地を使ってハリを出すからこそ、高級感があるんじゃないの! それなのに……何よこの、やたらヒラヒラとした軽薄な生地。とってつけたような変な花柄。色も鮮やかすぎて、安っぽい。淑女の気品が感じられないわ。馬鹿みたい! 何もかも低俗だわ!!

 侯爵夫人が動くたびに、そのドレスの裾がまるで波打つように美しくゆらゆらと揺れている様から目を逸らし、私は心の中で毒づいた。この、裏切り者どもが! よそのドレスに目移りしてうちから乗り換えようって言うの!?




「あなた!! どうするおつもりですの!? このままじゃあんな低俗な衣装を作る店に顧客を全部取られて、そのうち我が家は破産してしまいますわよ!! 何なのよあのドレス……! 殿方までもがうちのものじゃないジャケットばかり着ていたじゃないの!! 信じられないわ!!」


 早々に帰宅するやいなや、私は夫に苛立ちをぶつけた。皆の気まずそうでいて、それでいて面白そうな好奇の目。まるで私たちの反応を楽しんでいるかのような。……思い出すだけで腸が煮えくりかえる。


「……どうせ一時のことだろう。物珍しくて皆が飛びついているだけだ。……だが……、一体どんな連中が作る衣装がここまで社交界の人々に受け入れられているのか、気にはなるな」

「……見に行きましょう、あなた。その、『ラモンとサディーの店』とやらを。どんな手段を使って上流階級の人間たちに取り入っているのか。この目で確かめてやるわ」








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