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4. 姉妹の夜

 フランシスの卒業を家族で祝った夜、彼女は寝る前に私の部屋へやって来た。


「あら……どうしたの? フランシス。まだ休まないの?」

「うん……。なんとなく、お姉さまと少し話したくて」

「まぁ。ふふ」


 少しもじもじしながら遠慮がちに入ってくる様子が可愛い。私はソファーに座るようフランシスに促し、自分も隣に腰かけ、その美しいピンクブロンドを撫でる。


「いよいよね。来週にはあなたはジャレット殿下と結婚するのよ。ふふ、楽しみだわ。あなたのウェディングドレス姿」

「……お姉さま」


 私の言葉を聞いた妹は、ぽろりと涙を零す。……寂しいのだろうか。


「お姉さま……ごめんなさい……」

「……え? 何が?」

「お、お姉さまだって……本当は、殿下を……」

「……っ」


 うーん……。やっぱりバレてるか。そりゃそうよね。この子は人の心にとても敏感な子だもの。ずっとそばにいた私の殿下への想いに、気付かないはずがないか。

 だけどこんな優しいフランシスだからこそ、いずれこの王国の王妃となって民を導いていける力があると思っている。


「……あのね、フランシス。あなたはそんなこと本当に気にしなくていいのよ。まぁ、バレちゃってるからこの際白状しちゃうけど、たしかに私も殿下のことはそれなりに好きだったわよ。何と言っても、あのルックスよね! 好きにならない女性なんていないんじゃない? きっと。間近でずっとあの美麗な姿を見てれば、そりゃ憧れもするわよ」

「……」

「でも所詮その程度の感情よ、私の気持ちって。だからすぐに諦めもついたわ。そんなに悲しくもなかったっていうか。あなたがジャレット殿下と婚約するって聞かされた時ね、ストンと納得したの。たしかに私よりもあなたの方が、将来の王妃にふさわしいって」

「……っ、……お姉さま……」


 私の演技力に問題があるのだろうか。ここまで言ってもまだフランシスは、切なげな顔でこちらを見つめてくる。


「んもぉ、だからそんなにウジウジしないの!せっかくの可愛いお顔が台無しよ。本心から言っているのよ、フランシス。私はあなたのことが、殿下なんかよりもはるかに大事で、大好きなの。だからあなたの幸せが何より嬉しいのよ。……お姉さまを信じてくれる?」

「……はい……っ。……お姉さま……、ありがとう……」


 彼女が信じたかどうかは分からない。きっと言葉通りに受け取ってはいないだろう。けれど、フランシスは涙を零しながらも素直に頷いた。私はそのか細い肩を抱き寄せ、ゆっくりと背中を擦る。フランシスも私の背に腕を回し、ぎゅっと強く抱きしめてくる。


「お姉さま……、ずっとずっと、大好きよ。私の、たった一人の……大切なお姉さま」

「ま……、嬉しい。私もよ、フランシス。これからきっと、大変なことや辛いこともあると思うわ。でも、あなたなら必ず乗り越えられる。どんな時でもそばにジャレット殿下がついていてくださるし、私だっていつもあなたの味方なのよ。……大丈夫だからね」


 フランシスは私に抱きついたまま何度も頷き、私の言葉を静かに聞いていた。熱い涙が私の肩を濡らす。大丈夫よ、フランシス。私はこれからもずっとこうして、あなたを支え続けていくから。


 姉妹二人だけで過ごした、切なく優しい思い出の夜。フランシスの滑らかな髪の感触、幼い頃からずっとそばで感じてきた体温。きっと私は、生涯この夜を忘れることはないだろう。




 その翌日。兄のダニエルは朝早くから領地の視察に出かけた。両親はお得意様の侯爵家に揃って出かけることになっており、私は母から一件の仕事を任された。


「ウィーデン伯爵夫人が、今日のお茶会の席で新作のドレスを見せて欲しいと言ってきていたの。本当は私がフランシスを伴って行きたいところだけれど、今日はこちらの用事が外せないわ。あなたが行ってきてちょうだい。いい? くれぐれも、せめて華やかに着飾っていくのよ。美しくね。それ以上地味な雰囲気にならないでちょうだい。恥をかくだけだから」

「……はい、分かりましたお母様」

「侍女たちに言って、髪をきちんとアップにして華やかに飾って! その茶色の髪を下ろしたまま行かないでよ、バーネット公爵家らしくない地味さが目立つから」


 しつこいほどに念を押し、母は父と共に侯爵家へと出かけて行った。やれやれ、と私も言われた通りに準備をする。


 屋敷を出ようとしたところで、フランシスが私を呼び止めた。


「お姉さま!」

「あら、フランシス。おはよう。昨夜は夜更かししちゃったわね。ふふ、まだ眠いでしょう?」

「おはよう。ええ、でもとても楽しかったわ。私は大丈夫。……お姉さまもお出かけになるの?」


 皆がいないことに気付き、寂しいのだろうか。少し不安そうな顔で私に問いかける。


「ええ。新作のドレスをウィーデン伯爵夫人たちにお披露目してくるわ。しっかり売り込んでこなくちゃね」

「……そう。ふふっ。頑張ってね、お姉さま。でも、できるだけ早く帰ってきて」

「ま、寂しがり屋さんね、この妹は」

「だって……。こうして同じ屋敷で過ごせるのも、あと数日だけなんだもの」

「……フランシス……」


 結婚前でナーバスになっているのかしら。でもその不安や寂しさは、なんとなく想像がつく。もうすぐこの子は生まれ育った公爵家を出て、王家の人間になるのだもの。プレッシャーも大きいだろう。


「……ええ、分かったわ。終わり次第急いで帰ってくるから。あなたもやっと卒業したんだもの、今日ぐらいゆっくり過ごしているといいわ。待っててね」

「ええ、待ってるわね、お姉さま。いってらっしゃい」

「また後でね、フランシス」


 屋敷の玄関先で、私たちは気軽に挨拶をして別れた。




 まさかこれが、姉妹最後の会話になるなんて思いもせずに。







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