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39. ため息(※sideアヴァン)

「もー。またそんな深ぁ〜い溜息ついて……。情けないですよ、殿下。フラれた女性のことはとっとと忘れて、前を向いてくださいよ」

「……どこが深い溜息だ。執務の合間に一息ついただけでネチネチ文句を言うのかお前は。そろそろ側近から外すぞ。……それと、フラれたわけではない」

「どうでしょうねぇ……」

「……」


(こいつめ……)


 リアが国を去って以来こうして容赦なく俺を虐めてくるレナトに呆れつつ、俺は海を渡った彼女に思いを馳せる。

 ……引き留めるべきだったか。何度もそんな後悔の念が湧いては消える。

 近いうちに、結婚を申し込むつもりでいた。

 初めて出会った時から、リアには深く惹かれていた。美しく凜として、それでいて儚げな佇まい。温和で丁寧な口調に、ひたむきな真面目さ。普段は決して崩さないその気品ある姿も、彼女が目を輝かせてあどけなく笑うとすっかり鳴りを潜め、急に少女のように幼く見えることもある。

 リアの全てに、俺は心底惚れていた。

 今すぐこの腕の中に閉じ込めてしまい、もうどこにも行かせたくない。片時も俺のそばから離したくない。そう思うほど夢中になっているくせに、母国での商売を手伝いたいからと帰国しようとしているリアを、引き留めることができなかった。

 ただ未練がましく、イェスタルアへの帰国を促すことしかできなかったのだ。リアのやりたいと思うことを応援してやりたい、などという綺麗な理由だけじゃない。


(要するに格好つけたかっただけなのだ、結局は。リアの前では、鷹揚で寛大な男でいたかった。……情けない話だな、まったく)


 だが、今さらながらに後悔していた。包容力のある男を気取っておきながら、旅立ったばかりの彼女の帰国をこんなにも待ちわびている。

 しょうもない見栄を張らずに、言えばよかった。どこにも行くな。お前はもう片時も離れず、生涯俺のそばにいろ、と。

 我ながら呆れる。こんなにも小さい男だったのか、俺は。


「あ、ほら! また溜息ついてますよ殿下、ほら! 気付いてますか?」

「……はぁ」

「ほらまた! 殿下の溜息でこの部屋の中の空気がもう重くて重くて。あー陰気だなぁ、もう」

「……今のはお前に対しての溜息だ、馬鹿」


 わざとらしいセリフを吐きながら窓を開けるレナトに、うんざりしながら言い返す。だが賢い大型犬のようなこいつの飄々とした態度に、気が紛れていることも事実だ。本当に、自由奔放な犬を飼っているんじゃないかと錯覚する時がある。


「まだ行かないんですか? 王妃陛下のところ。また催促が来ますよ。きっと婚約のお話でしょう」

「分かっているから行きたくないんだ」


 兄上が放蕩を繰り返しているせいで、すべての皺寄せが俺に来ている。たまったものじゃない。リアとのことを曖昧に濁したままでいることが気に入らないのか、母は俺に対して何度も高位貴族の令嬢との婚約を求めてくる。父上も当然、それを望んでいるだろう。

 だが、俺が妻にしたいのはリアだけだ。

 これまで何度も彼女と会って、会話を重ねてきた。共に過ごす時間が増えるほどに、彼女の教養の深さや賢さは充分に分かっていた。リアがどこの何者であったとしても、どんな事情を抱えているにせよ、俺はリアを信じている。


(……やりたいことを思う存分やればいい。そして早く戻ってこい。俺のもとへ)


 誰に何と言われようとも、俺はリアの帰国を待ち続ける。

 深く息を吐きながら、俺はようやく重い腰を上げた。


「あ、ほら! また溜息つきましたよ! まったく」






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