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38. 母国への帰還

(……ほ……本当に帰ってきちゃったわよ、フランシス……!!)


 ナルレーヌ王国の港に着き、目を輝かせながらキャアキャア言っているイブティさんとヤスミンさんの後ろからコソコソついて行きながら、私はまた心の中でフランシスに話しかけていた。


 誰に見られているとも分からない。私は頭から鼻から口元から黒いレースのベールですっぽりと覆い隠して、ネズミのようにコソコソサササーッと二人の後ろに隠れながら移動する。目元以外は全部隠してある。余計に怪しいかもしれないけれど、万が一社交界の誰かに私の姿を見られたらと思うと、恐ろしくて仕方がないのだ。

 皆には「ちょっとした事情でどうしても姿を見られたくない人がいますので……」と言ってある。元々ワケあり娘だと思われているので、誰も深くは突っ込んでこなかった。私はナルレーヌ王国にいる間中、この姿でいるつもりだった。「日光に当たると肌がかぶれてしまう体質なのです」で押し通すつもりだ。こうなってくると、この平凡な栗色の髪と瞳でよかったと心底思う。髪を後ろにまとめて垂らし、目だけ出していたって、誰も私のことをあのいなくなった公爵令嬢だとは気がつかないだろう。


(……それにしても……)


 港から馬車に揺られて移動する間、私は外の景色を小窓からそっと眺め、何とも言えない胸のざわめきを覚えた。見知った景色に街の雰囲気、懐かしさを感じる空気の匂い。


(不思議な感覚ね……。あんな思いを味わって出て行った国なのに、こうして戻ってくるとやっぱり辛さだけではない、嬉しさにも似た何だか妙な感情が湧いてくるわ。ノスタルジックと言うやつかしら……)


 やはり私の故郷はここなのだな、と改めて感じる。


「すごぉーい! 新鮮だわ! 素敵な国ね、リアさん!」

「ふふ、そうですか?」

「ええ! 雰囲気が全然違うんだもの! 外国に来たんだ! ってかんじ」

「はぁ~。ナルレーヌ語の勉強大変だったけど、頑張ってきてよかったわぁ。これからが本当に楽しみ!」


 二人とも目がキラキラと輝いている。


「港に着いてから馬車に乗るまでの間さ、周りの人たち皆こっちをチラチラ見ていたわよ! リアさんがコソ泥みたいに妙な動きと格好をしてるからかと思ったけどさ、」


 ヤ、ヤスミンさん……。


「たぶんあたしたちのこの衣装に注目してたんだと思うわ! やっぱりこっちの人たちも気になるのよ! イェスタルアの華やかな生地で作った、ナルレーヌ風デザインのこの衣装が!」

「うんうん! たぶんすぐに話題になるよ! あぁ~ホント楽しみだわぁ~!」


 二人の会話を聞いて、サディーさんもガハガハ笑っている。たしかにそれは私も感じていた。相変わらずシンプルなデザインの衣服を身に纏ったこちらの人々は私たちの格好が気になるようで、若い女性なんかは特に、通りすがる私たちを目で追いながらジーッと見つめていた。

 ラモンさんとサディーさんはイェスタルアの伝統的な衣装を着ているけれど、私たち三人は新作の宣伝にもなるようにと、ナルレーヌ風の引き締まったウエストからふんわりと広がったスカートのワンピース姿だった。もちろん、それぞれが軽やかで美しい柄の入ったイェスタルアの生地のものだ。


(私が一目見た瞬間に心惹かれたのですもの。他の女性たちだって、きっと気になってしかたがないはずだわ)




 サディーさんがこちらの知り合いのツテで借りたという店舗は、王都にほど近い都会の大通りにあった。私も何度も通ったことのある場所だ。


(よ、よかったわ。まぁ、貴族階級の人たちもよく通る界隈ではあるけれど、バーネット公爵領からはだいぶ離れているし、父や母がこの辺りに来る機会なんてそんなにないはずよ……)


「ちょっとサディーさん! 素晴らしい立地じゃないの!」

「ここなら客足は途切れねぇんじゃねぇか。いい場所があったもんだ!」


 ラモンさんも感心した様子だ。


「タイミングがよかったんだよ。前の店のオーナーが、急遽遠方の実家に引き揚げることになったとかでさ。あたしがいい空き店舗がないかって相談した時と本当にたまたま時期が重なったらしい。運命的だろ? ガハハハハハ!」

「本当ですね。ここならきっと繁盛しますわ!楽しみです」


 サディーさんの言葉に、私も自然と笑みがこぼれた。




 そこから数週間かけてしっかりと準備をした後、晴れて『ラモンとサディーの店・ナルレーヌ王国店』は開店した。

 案の定、すぐさま若い女性たちが興味深げな顔をしながら店にやって来てくれるようになった。貴族階級のお客様ではないが、王都に近いこの近辺の街に住んでいる平民はわりと裕福な方ばかりなので、商品の衣装は飛ぶように売れていった。


「あなたもイェスタルア王国から渡ってきたの?」

「ええ、そうでございます」

「でもあなたはあの店員さんたちと違って訛りがないのね。肌も白いし。ここの出身じゃないの?」


 ぎく。


「え、ええ。そうなのです。衣装作りの勉強のためにイェスタルアに渡ってはおりましたが、元々はこちらナルレーヌの出身でございますわ」

「まぁ、そうなのね」


 それ以上深く追求されることもなく、私はホッとした。やっぱり私がこの国の貴族家の令嬢だなんて、普通の人たちには勘繰られることはなさそう。


 サディーさんのツテで、近くに広めの家も借りることができていた。向こうの王都の店にいた時と同じようにそれぞれの部屋をもらって、五人での共同生活だ。


(出だしは絶好調よ、フランシス。……このまま何事もなく時が過ぎていけばいいのだけれど……)


 せっかく母国に帰ってきたのだ。本当はフランシスのお墓参りにも行きたい。だけどバーネット公爵領の近くに行くことは、どうしても憚られていた。

 でも、帰国からもう一ヶ月以上経つ。そろそろ勇気を出して、行ってみようか。……大丈夫、しっかりと変装していれば、私だとバレることはない。ほんの少しの時間でもいい。フランシスの眠っている場所で、あの子のために祈りたいだけ。

 部屋の窓から夜空を見上げて、大切な人の瞳を思い出す。星々が静かに優しくまたたくような、深く穏やかな、夜空にも似た色。


(……おやすみなさい、アヴァン殿下……)







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