33. 重大発表!
「聞いとくれ! 今日はあんたたちに重大発表があるよ!」
「……はひ?」
「はんて?」
めまぐるしく忙しい毎日の、ある日の夕食の席でのことだった。久しぶりに五人全員が揃ってもぐもぐやっているところで、サディーさんがおもむろに立ち上がり大きな声でそう言った。イブティさんもヤスミンさんも、聞いているようで聞いていない。目の前のチキンに夢中だ。今日は皆忙しすぎて、お昼ご飯も食べていなかった。私もチキンやパンを咀嚼しながらお水を飲もうと、グラスを手に取り口に運ぶ。
「ナルレーヌ王国に出店するよ!!」
ゴフッ!!
まるっきり予想していなかったサディーさんの言葉に、喉がひっくり返るほど驚いた私は盛大にむせてしまった。
「うひゃぁっ!」
「きゃあっ!」
「リアさん!」
「ゴッ、ゴホ……ッ、ごめんなさいっ……!」
私は咳き込みながらも必死に謝り、慌ててテーブルの上を拭く。は、恥ずかしい……。
だけどイブティさんたちも私のことよりサディーさんの言葉の方が気になるらしい。私を手伝ってテーブルを拭きながらも、二人とも目はサディーさんの方に釘付けだ。
「え? ……い、今なんて言った? サディーさん」
「どこに出店だって?」
「ナルレーヌだよ、ナルレーヌ王国」
ラモンさんがガハガハ笑いながら答えた。
「ほっ……、ゲホッ、……本気、ですか? サディーさん……」
「ああ、もちろん本気だよ。こないだリアちゃんに聞いただろ? 独立する気はないのかって。でもあんたはそんな気一切なくて、これからもずっとあたしらとここで商売したいって言ってくれたじゃないか。もしもあんたが独立したいってんなら、それはそれで全力で応援するつもりだったけどさ、やっぱり嬉しかったんだよ、あたしゃ。あんたがまだまだあたしらと一緒にやっていきたいって言ってくれてさ」
「……サディーさん……」
「でさ、あれからずっと考えてたんだよね。んならリアちゃんもいることだし、リアちゃんの母国のナルレーヌに進出する手もアリじゃないかってね! ほら、前に王妃様も言ってたろう? あのお茶会でお会いしたあの日さ。『あなたの国にこちらの布で作ったドレスを持って帰ったら、それはそれで流行するのではないかしら』ってさ!」
なぜだか王妃陛下のセリフのところだけ王妃陛下の口調や仕草を真似ながら、サディーさんが言う。
「……や、で、でも、ですね……」
「リアちゃんはあの国の出身だから、あちらの事情には精通してるだろ? きっとリアちゃんなら、ナルレーヌの人たちにバカウケする服やドレスをじゃんじゃん考案してくれると思ってね!」
「……サ……、サディー、さん……」
「ありがてぇことに、この国での俺たちの商売は順風満帆、充分に利益を上げてることだしな。ここは思い切って、まだこっちの商売人があまり進出してねぇナルレーヌで一足早く成功してやろうじゃねぇかって、そんな話になったんだよ。なぁ?」
「ああ! 今のあたしらなら挑戦できると思わないかい? あんたたちも」
「い、いや、でもさぁ……。あんまりにも無謀すぎない? サディーさん。いくらラモンさんとサディーさんで前に店出したことがあるとは言え、出稼ぎで露店をちょっとやったぐらいじゃん?」
「そっ、そうだよ。店を出すって……、店舗でしょ? 大丈夫なの? 勇んで行ったってそんなに上手くいくとは……。そもそも私たちナルレーヌの言葉も喋れないんですけど」
イブティさんもヤスミンさんも半信半疑の様子だ。
「その辺は抜かりないよ。その露店やってた時に知り合った向こうのレストランの経営者の人に相談してみたらさ、貸してもらえそうないい空き店舗があるって言うんだよ。こんなこともあろうかとずっと手紙で連絡とってたのさ。ガハハ! それに、言葉だって大丈夫だろう。こっちとナルレーヌの言語はわりと似てるんだよ。リアちゃんがあんたたちに猛特訓してくれりゃ、すぐに日常会話ぐらいはできるようになるさ。あとは現地で店員を雇ったりもするつもりだしね」
サディーさんがそう言って豪快に笑うと、二人の目が輝きはじめた。
「じ、じゃあ……マジでホントに?」
「ああ!」
「す……素敵……っ! いいじゃないの! それなら行きましょうよ、ナルレーヌ王国へ!」
「いやったぁぁ! 私一度は行ってみたかったんだよねぇ! リアさんみたいな綺麗で上品な人が来た国だもの。きっとすっごく素敵よ! 楽しみ~!」
キラキラした目で盛り上がる四人を唖然と見つめながら、私は蒼白になり冷や汗をかく。
(……や、ちょっと待ってください……。ナ、ナルレーヌは、マズい気が……。もし、私が商売している姿を社交界の誰かに見られてしまったら、どんなことになるか……。想像するだけで恐ろしい)
それに……。
頭の中に真っ先に浮かんだのは、アヴァン殿下のお顔。ナルレーヌ王国に戻ってしまったら……、もう、会えなくなる……?
(……馬鹿ね私。だったらどうだと言うのよ。あのお方はこの王国の王子殿下よ。そして私は、ただの庶民。仕立て屋のリア。……本当の身分は、いわくつきの異国の公爵家の娘。どっちにしても、あの方の恋人にも妻にもなれるはずがないのに……)
「ねぇリアさん! どう思う!? 私たちの衣装、ナルレーヌ王国でも売れるかなぁ?」
はっと我に返ると、ヤスミンさんがウキウキした表情で私の顔を見つめていた。皆も私の方を見ながら、期待して返事を待っている。
……ナルレーヌ王国で、私たちの作る服やドレスが売れるか。正直、それも厳しいのではないだろうか。特に上流階級の人々には、そう簡単には受け入れてもらえないだろう。何と言ってもナルレーヌ王国の王族貴族たちは、皆バーネット製の衣装を着ることが当たり前で、国内の他の会社で作られている製品でさえ、高位貴族以上の人々にはほぼ受け入れられていない。
ならば……。
「そうですね……。まずは豪奢なドレスなどの正装よりも、もっと手頃な価格の、一般の人たちが手に取りやすいものに力を入れていくべきだと思いますわ。あの国は長年とある社の高級品が高貴な人々に広く愛用されていて、新規参入の店が入り込む余地はないんです」
「へーぇ……」
「えぇ! そうなの?」
「ええ。ですのでナルレーヌで商売をするのでしたら、まずは私たちの作る衣装のデザインや布地を、一般の方々に広く普及させて流行を作ることが先決かと思いますわ。イェスタルアの軽くて色鮮やかな美しい布をたくさん普及させれば、そのうちお洒落なご令嬢の目にも留まって、貴族社会に入り込む余地ができるのではないでしょうか」
「ほぉ……。なるほどな。まずは親しみやすい庶民から攻めていくわけだな」
「いい考えだね! そっちの方がリスクも少ないよ。大丈夫さ! こっちでこれだけ流行ったんだし、何よりリアちゃんが考案したんだ。その出身国のお嬢ちゃん方が気に入らないはずがないよ! ガハハハ」
気付けば私も夢中になって、ナルレーヌ出店の計画について考えていた。自分たちの作った衣装を売るために、母国に帰ることになるなんて……。なんだか胸がドキドキする。
でもこれって、私の実家であるバーネット公爵家にとっては、宣戦布告のようなものじゃないかしら。同業他社なわけだし。
「……」
……ま、いいか。向こうとこちらじゃ規模が全然違うもの。まさか私たち『ラモンとサディーの店』が、バーネット公爵家の顧客たちをごっそり奪い取るような結果にはならないだろうし。
(……この王国を出てナルレーヌに戻ること、今度お会いしたら、アヴァン殿下にお話しなくては……)
深い紫色をした、穏やかで優しい殿下の瞳を思い浮かべる。
切なさに、胸がズキリと痛んだ。




