30. 二度目の恋
今日何度目の溜息だろう。衣装が予想以上に好評でたくさん売れ、さらにあんな素敵な王子殿下に褒めてもらえたことが嬉しくて、興奮してしまっているだけだと思っていたのに。
「……はぁ……」
あの日以来、あのお方は私の心をすっかり占領してしまった。
(一体何なのかしら、これって……)
別に王子様を見たのが初めてというわけでもない。バーネット公爵家の娘として、高貴な殿方とお話をする機会は過去に何度もあった。決してあの方が王子様だからというミーハーな気持ちを持っているわけでもないのに……なぜだかあの方を、アヴァン殿下のことを思い出すと胸がドキドキして、妙にそわそわしてしまうのだ。
(……思えば前にも、これに似た感情を味わっていた時期があったっけ……)
私がまだジャレット王太子殿下の婚約者だった頃。月に一度の茶会で、お顔を見て、言葉を交わして。
ジャレット殿下との時間は淡々としたものではあったけれど、私の心はとても高揚していたっけ。素敵な人だと思っていた。浮ついた雰囲気はなく、いつも冷静で、それでいて知的で温厚な人だと、そう思っていた。私にとっては初恋だったのだ。
(だけどそれって、ただ単に私に興味がなかっただけなのよね。本当のあの人は違った……)
フランシスをお茶会に参加させるようになってからというもの、ジャレット殿下は私に見せていたものとは全く別の顔を見せるようになった。フランシスに会えた喜びを分かりやすく言葉で、表情で表現し、熱のこもった瞳であの子を見つめていたっけ。
そしてあの子が亡くなった後、私を睨みつけた憎悪のこもった目。少しの冷静さも温厚さもない、燃えたぎる怒りと憎しみだけがそこにはあった。私の言い分などまるっきり聞く耳も持たずに。
私の初恋は、この上なく無惨な形で散っていったのだった。
(じゃあ、これってもしかし……二度目の恋、なのかしら……)
アヴァン殿下のあの神秘的な深い紫色の瞳を思い出すだけで、叫び出したくなるほどに胸が高鳴る。どうしよう。そんなの困る。
(だって、絶対ダメでしょう。私はただの平民のリアなのよ。もうこのまま一生会うこともかなわないお方かもしれないのに。万が一お会いすることがあったとしても、それって仕立て直しとか新しい衣装のお披露目とか、そんなことでしょう? 身分違いすぎて、先の見込みなんて欠片もないのに……。ダメダメ。絶対ダメよ。は、早く忘れなきゃ!)
「すみませーん、これいただきたいのだけど」
「っ! は、はいっ! ありがとうございますっ」
布を買いに来たお客さんに声をかけられ、私は我に返った。
そうして数日が過ぎた、ある日のお昼頃、その人はふいに現れた。
「失礼する、そなたがリア殿だな」
「はい? ……っ!?」
それは先日王宮からやって来た使いの人だった。途端にあの素敵な王子殿下のことを思い出し、私の胸は高鳴る。
「これから時間がとれるか。アヴァン殿下がそなたを直々にご指名だ。先日購入した衣装について、やはり仕立て直しを頼みたいと。これから私と共に王宮に来てもらえるか」
「……は……はいっ……」
心臓が痛いくらいに激しく脈打ち、乱れはじめる。どっ、どうしよう……っ。浮かれてはいけないと重々分かっているはずなのに、またあの方のお顔が見られると思うと、それだけで、こんなにも動揺してしまう。
(しっかりするのよ、平民のリア! 変な期待をしたり、舞い上がって失敗したりしないようにしなきゃ……!)
「で、では準備してまいりますので、お待ちくださいませ。私と、念のためあと二人ほど連れて……」
「いや、そなた一人だけで来るようにとの仰せだ。よろしいか」
「……は、はい……」
私……一人で……?
(……だから! 落ち着くのよ私! こんな風に耳まで真っ赤にしていたら、使いの方に変に思われるじゃないの……っ! この小娘、一体何を期待しておるのだ? 身の程知らずな……って。絶対そう思われてる! ほら、この顔!)
湯気が上がるほど真っ赤になった私の顔を見て、王宮からの使いの人は眉をひそめている。
恥ずかしさに半泣きになりながら、私は店の奥にいたサディーさんに伝え、慌てて王宮へ向かう準備をしたのだった。
(馬鹿ね、私。仕事をしに行くのよ。何をこんなに狼狽えているの。余計なことを考えてはダメ。王子殿下の前で粗相がないよう、そして気に入っていただける仕事ができるよう、それだけを考えなくては)
そう自分に言い聞かせる反面、私の頭の片隅には別の焦りも浮かんでいた。
(……お化粧直しする時間が欲しかったわ……)




