3. 大切な妹
今現在はまだ学園に通っているフランシスだが、彼女が卒業次第、ジャレット殿下のもとへ嫁ぐということになった。
案の定フランシスは王太子妃教育に真剣に取り組み、順調に準備を進めていっていた。私も自分にできる限りのフォローをした。明るくふるまい、王太子妃教育をサポートする私の様子を見て、フランシスも徐々にもとの笑顔を取り戻してくれた。
「王家に嫁いでも、これまで通りお姉さまには会えるのよね?」
「……まあ、もう同じ屋敷で暮らすわけじゃないんだから、会える機会はぐっと減るだろうけれど……、大丈夫よ。顔を合わせることなんていくらでもあるし、あなたが寂しいと便りを寄こせばいつでもすっ飛んでいくわよ、私」
「ふふ……。よかった」
そう言って花が咲くように笑う妹の顔には、実の姉の私でさえ思わず見とれてしまうほどだった。
学園の卒業を数ヶ月後に控えたある日。私はフランシスの嫁入り道具が揃えられつつある部屋の中で、何枚も準備されたドレスたちを眺めていた。
(うーん……。質は本当にいいんだけどなぁ……。もう少し華やかな、何かフランシスだけの特別なデザインのドレスを作ってあげたいなぁ)
我がバーネット製の最高級品質のドレスたちを前に、私はそんなことを考えていた。
このナルレーヌ王国の貴族たちが着用するドレスや男性の正装は、皆デザインが似通ったものばかりなのだ。この伝統的なタイプのものが裕福な貴族の象徴として好まれていることはよく分かっている。けれど、私の頭の中にはいつも様々なドレスのデザインが渦巻いていた。もっとこういう素材の布があって、それをこのドレスの生地の上にふわりと重ねたら、絶対に華やかで可愛くなるのに。一様に足が隠れるこのロング丈の裾も、時には前を少し短くしてみてもいいんじゃないかしら。そこに少しテイストの違った素材の布を張ってみて……。
何年も前、一度それらのアイデアをおそるおそる両親に話してみたことがあった。新しいデザインのものを作ってみた方が若いご令嬢方も喜ぶだろうし、自分の思いつきがバーネット家の売り上げに貢献できるのではないかと思ったのだ。
ところが。
「まあ……何よそれ! 信じられないわこの子ったら……! 伝統ある我がバーネット製の格式高い品物を、そんな野蛮な作りの物に変えたいですって!?」
「あ、いえ、変えたいわけではなく、ラインナップを増やすというか……。そういう様々なデザインの中から選ぶ楽しみを増やすのも、お客様の購買意欲を高めることになるでしょうし、結果として……」
「あなた! この生意気な娘に何か言ってあげてくださいな! 歴史の重みを分かっていないんだわこの子」
「セレリア、ドレスのデザインなどはお前が口を挟むことではないのだ。我がバーネット公爵領で手がけている品物は、どれも古き良き伝統的なものだ。だからこそ、社交界の人々の信頼を得ている。お前の陳腐な思いつきをいちいち商品に反映させていたら、あっという間に顧客離れして、下手をするとうちは潰れてしまうぞ。責任が持てないことに首を突っ込もうとするな」
「馬鹿なことを考える前に、他にもっとやることがあるでしょう? ダンスや刺繍のお稽古でもしていたらどうなの? あなたそんな地味ななりで大した取り柄もないようじゃあ、ジャレット殿下にも愛想を尽かされてしまうわよ」
……と、この後も散々こき下ろされ、私はがっくりとうなだれて部屋に戻ったものだった。ただでさえ気に入られていない娘なのに、この日を境にますます両親が私に冷たくなったように思う。
(フランシスのあの愛らしさを引き立てるもっと華やかなデザインのものが絶対に作れるのになぁ、私……)
羽のように軽い素材の真っ白な布を幾重にも重ね、小さな宝石を散らした妖精のようなドレス姿で笑うフランシスの可愛い様子が、頭に浮かぶ。あのピンクブロンドの髪と空色の瞳に、ふわふわと軽やかなたくさんのレイヤードのドレス。きっと皆が気絶しちゃうほど可愛いわ。想像するだけで笑みが漏れる。
(だけどもちろんダメよね。勝手にそんなものを作ったら、たぶんこの家から追い出されるわ私。そもそも私が思い描いているような素材の布が、ここにはないもの)
このバーネット公爵領で生産されるものは、肉厚でしっかりとした生地がほとんどだ。皆が他の人との差をつけるためにやることといえば、色味を変えたり、より高級な素材のものを買ったりするくらい。もちろん全ての衣服が同じ形をしているわけではないけれど、せいぜいドレスの裾のフリルが少し違うデザインだったり、ジャケットのボタンが変わった模様だったりするぐらいだ。
既存の物も、もちろん正統派といった感じで良いのだけれど、もっと斬新で素敵な品物も絶対に作れるはず。そう思う自分の心に蓋をして、私は妹の美しいウェディングドレス姿を思い浮かべた。早く見たいな。とても楽しみ。
殿下と夫婦になることができなかった辛さは、まだ私の心を締めつけているけれど、妹の幸せを願う私の気持ちは本物だった。小さな頃からずっと可愛がってきた、大切なフランシス。あの子もずっと私に懐いてくれていた。両親にないがしろにされ、兄にも相手にされていない私を気遣い唯一優しくしてくれていた、私の大事な家族。
そのフランシスが、ある日突然この世を去った。
それは彼女が学園を卒業した翌日のことだった。