27. ときめき
「は、はいっ。ありがとうございます!」
先ほど王妃陛下と言葉を交わしていた時よりは幾分優しげな声色にほっとした私は、慌ててラモンさんたちと共に持参していた衣装を広げはじめた。
「本日お持ちいたしましたのは、まずこちらのジャケットでございます。こちらは高貴な方の気品と威厳を象徴する、この深く美しい紫色が素敵な逸品となっております」
「ほら。あなたにぴったりでしょう? アヴァン。目新しい形で素敵じゃないこと?」
すかさず王妃陛下も褒めてくださる。
「私の国では、王族や貴族の殿方がお召しになる定番の形なのですが、あちらで主流の生地や材料を使うとかなり重みが増しますので……、こちらはイェスタルア王国の生地を使い、お体に負担のかからないよう作っております」
「お前の故郷とはどこの国だ」
「海の向こうの、ナルレーヌ王国でございますわ」
「……そうか」
「はい」
「……」
「……」
……えっと……続けていいのかしら……。
名を聞かれたり出身を聞かれたりして戸惑いながら、私は衣装のプレゼンに戻る。
「前身頃の刺繍には、特にこだわりました。細部まで美しく仕上げてございます。黒地の刺繍にこの金地の縁取りが……」
「お前が縫ったのか」
「は、はい。こちらはすべて、私が手縫いいたしました」
「……そうか。……綺麗だ」
「あ、ありがとうございます!」
(やったわ! 褒められた! 気に入ってくださったのかしら)
温かいお言葉に気分が高揚した私は、勢いに乗り次々に衣装を取り出しては、アピールポイントをプレゼンしていく。その様子を王妃陛下も満足げにニコニコと見守っていた。ラモンさんたちは手際よく衣装を入れ替え差し替え、完璧に補佐してくれていた。
「こちらはズボンになりますが、イェスタルア風に軽やかにゆったりと仕上げております。繊細な作業でドレープを作り、全体的に美しいシルエットが出来上がりましたわ」
「こちらはブラウスでございます。先ほどのようなジャケットの下に合わせてお召しになるととても華やかで、気品漂う逸品です。上質な純白のサテン生地で、首元のこのフリルを幾重にも重ねております。こちらの細やかな宝石の装飾も、素敵でございましょう?」
「……ああ。可愛いな」
「ええ! か、……? ……はい、ありがとうございます!」
(可愛い? そんな褒め言葉が来るとは思わなかったわ。……まぁいいか。気に入ってくださっているようだし)
あまり興味のなさそうだったアヴァン殿下が意外にも何度も褒めてくださるので、私は乗りに乗って持ち込んだ衣装のすべてを紹介することができた。
「……こちらですべてでございます。ご覧いただきありがとうございました」
「どう? アヴァン。どれか気に入ったものがある?」
「ああ。全部買い取ろう」
「っ!」
「「へっ!」」
さらりとそう言った殿下の言葉に私もびっくりしたけれど、後ろでラモンさんたちも息を呑んでいる。
「あら、そう? ずいぶん気に入ったのね。よかったわ。ではこちらはすべていただくわね」
「あ……ありがとうございます!」
アヴァン殿下と王妃陛下の言葉を聞いた私たち五人は、そのまま天にも昇っていきそうなほどの心地だった。
「やったーーー!! すごいよリアさん! 完売よ!!」
「こんなことってある!? ねぇ! こんなことって!! 私たち王宮で王族や貴族の方々に、自分たちの作った商品を完売したのよ! すごすぎるよ!!」
「いや~よくやったよリアちゃん! 今日一日ですげぇ売り上げになったぞ。頑張った頑張った!」
「本当に、感心するよこの子の度胸と頭の良さには。よくもあんな場所であんなにもスラスラと喋れたもんだ。たまげたよ!」
「ふふふ。ありがとうございます! やりましたわね!」
ようやく王都の店舗に戻ってきた私たちは、全力で喜びを分かち合った。幸せいっぱいの皆の笑顔を見ているだけで、ますます気分が上がってくる。
「さあ! 祝杯を挙げるよ~! どうせ本日休業にしてたことだし、今日はもうとっとと家に帰ろう!」
「はーい! はーぁ、緊張しっぱなしで疲れちゃったぁ!」
「そうだね! 飲もう飲もう! ひゃっほーい!!」
「行こうぜ、リアちゃん」
「あ、はいっ!」
衣装ケースなどの荷物を置くやいなや、皆で店を出てわらわらと家に向かって移動しはじめた。王都に二店舗目を出店する際に近くに借りた、部屋数の多い大きめの家だ。今はそこに皆で住んでいる。港町の一店舗目近くにあるあの家は、今では雇ったお針子さんたちの作業場と化している。
あれ買って帰ろうこれも食べたいとはしゃぎながら移動する皆についていきながら、私は今日の夢のような出来事を頭の中で反芻していた。王妃陛下のお茶会の席での、皆様の嬉しい反応、そして……。
(……本当に素敵な方だったな、アヴァン殿下……)
思い出すだけで、また胸がざわつきはじめ、体温が上がる。あの美しい紫色の瞳。一見冷たく見える外見とは裏腹に、とても優しい方だった。低く静かな声で、時折綺麗だと、何度も私たちの商品を褒めてくださっていた。
「……」
丁重にご挨拶をして帰る間際、アヴァン殿下にかけられた言葉が頭の中によみがえる。
『本日は誠にありがとうございました、殿下』
『……アヴァンだ』
『ア……、アヴァン殿下……』
『……リア。とても有意義な時間だった。……また会おう』
あのお方の穏やかに響く声で自分の名を呼ばれたことが、嬉しくてならなかった。思い出すだけで頬が熱を帯びる。決して不快ではないこの胸の苦しさを逃すために、私は甘い溜息をついた。
『……綺麗だ』
『可愛いな』
「……」
ふいに、ありえない妄想をしてしまう。
あれらの言葉が、私たちが披露した衣装ではなく、もしも私自身にかけられていたら、と……。
(……わ、私ったら! 一体何を考えているのかしら!)
何を浮かれているんだろう。馬鹿みたい。
きっと期待をはるかに上回るほどの今日の成果に、気分が高揚しすぎているんだわ。
みっともないな、私ったら……。
もう止めよう。これ以上あの方のことを考えるのは。
すっかり舞い上がってしまっている自分を恥じ、私は四人の後ろについていきながら、乱れた呼吸を整えようと何度も深く息をついた。




