26. 出会い
「息子たちの晩餐会の新しい衣装に良さそうだわ。目新しくて。ヴィセンテとアヴァンはいるのかしら?」
王妃陛下がそう声をかけると、広間の隅に立っていた侍女と思われる人がすかさず答える。
「王太子殿下は外出なさっておいでです。アヴァン殿下はお部屋にいらっしゃると思います」
「……あら、そう。あなたたち、もう少しいてもらえるかしら。息子にも見せたいの。もし気に入れば、こちらもいただけるのでしょう?」
「は、はい。もちろんでございます。ありがとうございます」
背後から、ひゅっ、と息を呑む音が聞こえる。分かっている。ようやくこの王宮から離脱して、はぁぁーっと安堵の息をつけると思っていたところで、今度は王子殿下の前にまで出るはめになったと四人がショックを受けたのだろう。
(大丈夫よ、私が話しますから! 皆、売り上げのためにもう少しだけ頑張って……!)
ほどなくしてお茶会は終わり、ご婦人方が次々に王妃陛下にご挨拶をして帰っていく。
「今日はご苦労様。お店にも伺うわね」
「仕上がりを楽しみに待っているわ。できるだけ早く持ってきてね」
「はひっ! はいっ! あ、ありがとうございますっ!」
何人かのご婦人方は私たちに声をかけてくださり、イブティさんたちも直立不動でご挨拶を返していた。
「……さ、アヴァンのところへ行きましょう」
「はい」
ご婦人方全員が広間を出て行くと、王妃陛下もご機嫌なご様子で、広間を後にしスタスタと歩き出した。すかさず私たちも荷物を抱えて後を追う。
(イェスタルア王国の王子様かぁ。国交が始まったばかりの国だから、私もどんな方々かなんて全然知らないのよね。……ふふ、きっとこの王妃陛下のご子息だから、とても格好いいお方なのでしょうね。私たちの衣装、気に入ってくださるといいな)
そんなことを考え、王妃陛下の艶やかな黒髪を見つめながら長い廊下を歩いて行く。右に左に何度も曲がりながらかなりの距離を歩いたところで、ようやく王妃陛下の足が止まった。
「アヴァン、いるのね? 入るわよ」
「……母上?」
王妃陛下が部屋の入り口から声をかけると、中から低く静かな声が聞こえた。私たち五人は黙って廊下で待つ。
「今日のご婦人方とのお茶会の席にね、仕立て屋の方に来てもらっていたの。それがもう素敵なドレスばかりでね。あなたも知っているわよね? 最近ご令嬢たちの間で流行っている斬新なデザインの……」
「……さぁ」
「あら、私たち皆買ったのよ。それでね、男性向けの正装もいくつか持ってきてくれているの。あなたちょっと見てみない? 次の晩餐会にいいんじゃないかと思うのよ」
「……はぁ。衣装など、俺は別に何でも構いませんが」
(そっ! そう言わずに、どうか王子殿下……!)
王妃陛下とはまったく雰囲気の違う、興味の欠片もなさげな声が聞こえてきて、他の四人の体が瞬時に硬直した。
「ま。いいじゃないの、そう言わないで。とても素敵なのよ。せっかくいらしてるのだから、見てみて。……さ、どうぞ、お入りになって」
(……ほ、本当にいいのかしら……。まったく乗り気じゃないようだけれど……)
「……失礼いたします」
申し訳なく思いつつも、王妃陛下のお言葉に逆らうわけにもいかず、私たちはしずしずと王子殿下の私室に入っていく。
ご挨拶をしようと思い、そのお顔を見上げた途端、私は息を呑んだ。
「……っ!」
(す……素敵……)
……なんて言葉ではとても言い表せないほど美麗な殿方が、そこに座っていた。
褐色の肌に、緩く波打つ漆黒の艶やかな髪。気怠げに椅子に座り頬杖をついたまま私を見るその瞳は、妖艶な紫色に輝いている。すっと通った鼻梁に、面白くなさそうに少し口角の下がった、形の良い薄い唇。エキゾチックな衣装に身を包んだその佇まいは、まるで孤高の野生動物のような迫力があった。
静かな星空のように深い色の瞳が、キラキラと輝いている。その紫色の瞳に射ぬかれた私は、息をすることさえ忘れてしまっていた。
目が合った瞬間から徐々に高鳴りはじめた鼓動は、あっという間に私の全身を火照らせ、くらりとめまいがした。
ツンッ。ツンツンツンツン!
「っ!?」
腰のあたりをすさまじい勢いでツンツンつつかれ、はっと気がつき振り返ると、サディーさんが目を見開いて私を見つめていた。
『何やってんだいっ! しっかりしとくれよリアちゃん!!』
サディーさんの心の声がはっきりと聞こえてきた。
(しっ! しまった……! ご挨拶をしなくては!)
何秒間見とれてしまっていたのだろう。一気に血の気が引いた私は、慌てて目の前の王子殿下にご挨拶をする。
「し、失礼いたしました。私どもは『ラモンとサディーの店』の者でございます。本日は私たちの作った衣装を、王妃陛下の御前にお持ちいたしておりました。どうぞ、よければ王子殿下もぜひご覧くださいませ」
「…………」
……あ、あれ? 返事がない。
無反応に戸惑い、再度視線を上げた私はアヴァン殿下の様子をうかがう。……はぁ。綺麗なお顔だわ、本当に……。
アヴァン殿下は無言のまま、私のことをじっと見つめている。い、一体どうしたのだろうか。なぜ見ているのに返事はしてくれないの?
殿下のおそば近くに立っている、眼鏡をかけた側近のような男性も、不思議そうな顔で殿下の方を見ている。
「アヴァン? 聞いているの?」
ついに王妃陛下が、アヴァン殿下にそう声をかけてくださる。すると殿下はようやく声を発した。
「……名は?」
「……え?」
「お前、名は何という」
「っ!! あ、わ、私は、リアと申します」
自分の名前を聞かれたのだとようやく気がつき、慌てて返事をすると、殿下は私の名を呟いた。
「……リア。その衣装とやらを見せてくれ」




