24. 彼女の面影を求めて(※sideジャレット)
「レドモンド侯爵家のシャーロット嬢までお断りしてしまったことで、陛下は大変ご立腹でございます、ジャレット殿下。もう国内の高位貴族の中で、妙齢の娘は他におりません。いかがなさるおつもりですか?」
「…………チッ」
側近の一人から詰め寄られて、腹が立って仕方がない。誰も俺の気持ちが理解できないのか。この男を今ここで抹殺して、黙らせてやりたいぐらいだ。
(こいつら……、だんだんと俺に対する口のきき方がぞんざいになってきやがって。生意気な連中だ)
宰相にしろ側近たちにしろ、俺がいつまでも王太子妃となる結婚相手を決めないことがよほど気に入らないのだろう。父上からの圧に怯えているのか、最近では露骨に苛立ちを見せてくる。
俺の心は、いまだにフランシスのそばから離れないというのに。他の女を妻にだと? 考えたくもない。
俺の妻はフランシスだけなのだ。
あれからもう一年以上が経った。
時の流れが、信じられないほどに遅い。一日一日が異様に長い。いっそのこと、この命が尽きる日までずっと眠り続けていられたら。あるいは今すぐにでもフランシスのもとへ逝けたなら、どんなにいいだろう。何もしたくない。何も考えられない。王太子の責務など、全て放り出してしまいたい。フランシスを得られなかった俺の人生に、何の意味もないのだから。
だがしかし、父上や母上は、当然それを許さない。もういい加減に気持ちを切り替えろ、妃を選べと、そればかりだ。無理矢理婚約させられそうになったある令嬢は、俺が怒鳴りつけ、物を投げつけ蹴り上げて王宮から追い出した。即日向こうの親から婚約を断る連絡が来たそうだ。
高位貴族の娘だから何だ。賢く教養ある女だから何だというのだ。それらの女はフランシスではない。結局はその他大勢の、どうでもいい女の中の一人なのだ。
「投げやりになってもらっては困ります、殿下。たとえあなた様が望まなかったとしても、あなた様のお立場は絶対なのですから。必要以上に関わることのない、役目だけの王太子妃でもよいのです。もちろん、子作りは必要になりますが……。ともかく、それもすぐにというわけではないのですから。どうか殿下。お気持ちにはそぐわぬかもしれませんが、お一人お選びいただき、早急にその方に妃教育を施さねば」
側近はしつこく食い下がってくる。たしかに、国の王太子がこの歳で婚約者さえいない状況が続いているのは異常だろう。頭では分かっているのだ。だが、心がどうしてもついていかない。
「…………」
全てを投げ出してどこかに逃げてしまいたいが、そんなことができるわけもない。このまま駄々をこね続けても、きっと俺は近いうちに、望まない誰かと強引に結婚させられるのだろう。
……全てはあの女のせいだ。醜い嫉妬心から何らかの策略を企て、フランシスの命を奪った、あの女。
いまだ死体は見つかっていない。あのバーネット公爵家を飛び出して、一体どこで生き延びているというのか。やはりふてぶてしい女だ。
セレリア・バーネットのことを考えると、腹の奥底からふつふつと滾るような憎しみが湧き上がる。その激しい憎しみが俺の全身をくまなく包み込み、飲み込まれてしまいそうになる。
気持ちを落ち着かせるために、俺は深くゆっくりと息を吐いた。
「……そんなに俺を結婚させたいのか、お前ら」
「……はい、殿下」
俺は湧き上がる怒りの矛先を、目の前の側近に向ける。
「ならば探し出せ。フランシスと同じくピンクブロンドの美しい髪色をした娘を。澄んだ空色の瞳の、真っ白な雪のような肌をした娘をだ」
「……っ、……で、ですが、殿下……」
「慈悲深い女神のような優しい声色の娘を、国中血眼で探しまわってこい。せめて外面だけでもフランシスにそっくりの女を見つけろ。砂粒程度でも俺の心を慰められるような女をだ」
「……殿下」
「そんな女が見つかれば、そいつと結婚するさ。……さっさと行け」
顔を強張らせた側近から、俺は目を逸らした。
俺は幼稚で無責任な男だ。もはや誰からもそう思われているだろう。自身の感情などより他に優先せねばならぬこと、考えなくてはいけないことが山のようにある立場なのだ。
だが俺の正しい心や、これまで身に付けてきたはずの真っ当な判断力は、フランシスの命と共に失われてしまった。今の俺はただの抜け殻だ。脆くて弱い、誰かが踏みつければ簡単に潰れる抜け殻だ。
フランシスに会いたい。幻でもいい。
姿形だけでも似通ったどこかの女がそばにいれば、その後ろ姿を遠目にでも見ていれば、この苦しみも和らぎ、少しは楽になれるのだろうか。




