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22. 憎い娘と愛しい娘(※sideカミーユ)

「ダニエル、ロクサーヌ嬢、おめでとう!」

「ロクサーヌ、とても綺麗よ!」

「ロクサーヌ、バーネット公爵令息様、おめでとうございます!」


 集まった多くの友人たちからの賛辞を受け、聖堂の中央をにこやかに歩いていく我が息子ダニエルと、今日その妻となったロクサーヌ嬢。

 二人の幸せそうな姿を見て、私は安堵のため息をついた。

 ようやく、どうにかこの日を迎えることができたわ。どれほど苦心したことか。

 あの醜い娘のせいで。


 あの娘が生まれた日の衝撃を、私は今でも忘れることができない。

 夫譲りの金髪碧眼の美しい息子に次ぐ、二番目の子ども。私の愛おしい子。

 産みの苦しみに滝のような汗を流しながら、美しい我が子との対面を励みに、私はそれを耐え抜いた。


「奥様! おめでとうございます! とても可愛らしい女のお子様でいらっしゃいますわ!」

「……そう……。……抱かせてちょうだい」


 白い布にくるまれた我が子を、目を輝かせながら私にそっと手渡す侍女。まだ朦朧とする私は大きく呼吸を繰り返しながら、その子をしっかりと大事に受け取った。

 ところが。


「…………は?」


 その子の姿を見た途端、思わず低い声が漏れた。

 腕の中の赤ん坊は、肌こそ生まれたてとは思えないほどに白く美しかったが、その髪色はごくごく平凡でありふれた茶色。何の変哲もない、茶色。

 私の声に反応するかのように目を開けた赤ん坊。その瞳の色さえ茶色。ただの茶色の赤ん坊だった。


「……な……何よ……、何よこの子は!!」

「……っ!? 奥様? ……きゃあっ! 奥様!!」


 私はあまりのショックに耐えきれず、気絶してしまったのだった。


 生まれ育った侯爵家の中でも抜きん出た美貌を誇る私は、物心つく頃からこの容姿を褒められ続けてきた。


「ああ、カミーユ。あなたって本当に綺麗ね。この輝くピンクブロンドの艶やかな髪に、その空色の瞳、完璧に整ったお顔立ち……! お母様ね、あなたが本当に自慢なのよ。バーネット公爵家がね、あなたをご子息の婚約者にって。ふふ。それはそうよね。だってあなたは、あの華やかなバーネット公爵家の一員となるに相応しい子なのだもの。あなた以外にバーネット家に嫁ぐ資格のある娘はいないわ! あなたはバーネット家に嫁いで、あなたのような美しい子どもをたくさん産むのよ」


 私の母はまるで洗脳するように、幼い私にそう言い聞かせ続けた。姉たちよりも、私を一番に可愛がった。

 私が、この特別な美貌を持って生まれたから。

 貴族の女にとって、美こそがすべてなのだ。私が国で一番格式高い公爵家に嫁ぐことができるのも、全てはこの美貌のおかげ。

 美しくなければ、女に価値はない。

 私は社交界の大勢の男たちの心を奪い、その目を惹きつけ、皆から称賛され続けながら日々を過ごし、そして予定通りバーネット公爵家に嫁いだのだった。

 華麗なるバーネット一族の一員となった私。今まで以上に憧れと羨望の眼差しを浴びるようになり、自分がとても誇らしかった。

 そして嫁いですぐに妊娠し、順調に第一子を出産した。

 ダニエルは期待通りの美しい赤ん坊だった。そうだと信じて疑っていなかった私は満足だった。夫も美しい容姿の持ち主だ。醜い赤ん坊が生まれるはずがない。皆がダニエルの姿を見たがった。やがてこの子自身がバーネット製の上質で美しいブラウスを着て、ジャケットを羽織り、自社製品の最高の宣伝材料となるのだ。


(さぁ、早くドレスの宣伝材料となる美しい女児も産まなくてはね。ふふ)


 バーネット公爵夫人としての責務を果たせていることに、私は安心した。


 そうして生まれたのが、あの娘だったのだ。

 私がどれほど落胆したか。自分にそっくりのピンクブロンドの髪に空色の瞳を想像していた私には、打撃が大きすぎた。なぜ。なぜよりにもよって、こんな平凡な容姿なのか。こんな子なら、平民の中にも山ほどいる。

 ()()を私が産んだのか。この私が。

 恥ずかしくてたまらなかった。きっと使用人たちも、皆思っている。せっかくあの特別な美貌を見込まれて嫁いできた女なのに、こんな平凡な女児しか産めないのか、と。

 やがて成長したら、この子を連れて社交界の集まりに出なくてはいけないの……? 嫌だわ、冗談じゃない。恥ずかしい。耐えられないわ。

 私は自分が産んだその娘の存在を、疎ましく思った。


 そしてようやく授かった、待望の美しい娘。

 この世の誰よりも魅力的な、可愛らしさとあどけなさ、そして美しさを持つ才色兼備の娘、フランシス。

 私はあの娘に夢中になった。そう、まさにこの子だわ。私が望んだ、私にそっくりの美貌を持つ女の子。こんな娘が欲しかったの。やはりこのピンクブロンドと空色の瞳は特別だわ。誰もがこの子の美しさを褒め称える。

 成長するにつれ、社交界の憧れの的となっていったフランシスだが、ついには上の娘の婚約者であったジャレット王太子殿下のお心さえも奪ってしまった。王家から()()との婚約を解消しフランシスを殿下の婚約者に、と打診があった日、私は天にも昇る気持ちだった。

 ほら、やはり私にそっくりのフランシス。最高峰の殿方を射止めてしまったわ。私はこの子のおかげで、将来、王妃の母となるのね。


 しかし、夢は潰えた。私は命よりも大事な、世界一美しい娘を失ってしまったのだ。それもある日、突然に。

 気が狂いそうだった。いや、もう狂っていたのかもしれない。毒で死んだ? 紅茶に毒が……? なぜ。誰が!? あの心優しく誰からも愛されるフランシスを手にかける奴など、いるわけが──。


「……一体どういうことなのだ……。あぁ……。殿下に……、陛下に何とご説明すれば……」


(……っ!! そうだわ……いるじゃないの、あの娘が……!!)


 夫のその言葉に、私ははっと我に返った。そうだ、あの娘……! セレリア!! 妹に王太子殿下をとられたことが許せなかったんだわ……! なんて女。心まで醜い……!!


「このろくでなし!! クズ!! お前が……お前が死ねばよかったんだ!!」


 私は憎しみのすべてを、可愛くない方の娘にぶつけた。この娘に殺せるはずがない? 出かけていたから? ……いいや、この子はおかしい。生まれた頃から、すべてがおかしかったじゃないの。この美麗な私たちの血を引いているとは思えないほどの、平凡で可愛くない容姿。生まれながらに神のご加護がないのだ。こいつが呪われた悪魔だから。私たち一家を地獄の底に叩き落とす、この悪魔め……!


 あの娘が姿を消した後も、私の怒りは少しも消えなかった。あの娘を憎み続けた。「恨み辛みの念によって美しい妹を死に追いやった、呪われた公爵令嬢」などと陰で囁かれるようになったものだから、バーネット公爵家までもが社交界の人々から、いわくつきの恐ろしい家などと思われるようになってしまった。ついにはダニエルの婚約までもが、台無しになるところだったのだ。婚姻を延期に、などと言い出したマリガン侯爵家は、よからぬ噂が立ちはじめた我が家との縁談をどうするべきか思案していたのだろう。格下の侯爵家から値踏みされて、これほど屈辱的なことはない。

 しかしあの娘が去ってしばらくすると、ようやく私たちへの奇異の目は収まりはじめたのだ。社交界は、様々などす黒い噂話が渦巻く世界。新しいスキャンダルがどこかで発生すれば、人々はあっという間にそちらに夢中になる。

 こうして忘れ去られていくのだろう。呪われた公爵令嬢のことも。私が愛して止まない、誰よりも美しかったフランシスのことも。

 だが私は、決して忘れない。フランシスを死に追いやったあの女のことを。苦しんで苦しんで、そのうちどこぞの汚い路地の上で野垂れ死ねばいいわ。それか嫌らしい男に拾われて、娼館にでも売られればいい。




「……ああ、フランシス……」


 ロクサーヌ嬢と並び幸せそうに微笑み合っているダニエルを見ているうちに、堪えきれずに涙がこぼれた。

 あの子が生きていれば、きっと誰よりも美しい花嫁姿を国民に披露したことでしょう。ジャレット王太子殿下の隣に並んで。


 あなたに会いたい。私の愛しいフランシス──。





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