21. 快進撃
私が丹精込めて作ったあのドレスを買ってもらえた日。
その日のその出来事が、私にとって、そしてラモンさんとサディーさんのお店にとっての大きな転機となった。
あれから数週間後のことだった。またあの時のご令嬢が、お店にやって来たのだ。
「っ! あら、いらっしゃい、ま……せ……っ」
(……んっ!?)
何人ものご令嬢を、ぞろぞろと引き連れて。
「ここよ! そしてこの方なの! ね? 品があってとても素敵でしょう? この方があのドレスを作った方なのよ」
「まぁっ! 私にもぜひ同じようなデザインのドレスを作っていただきたいわ」
「私もよ。あのドレスは本当に素敵だったわ! あんなの初めて見ましたもの」
「あなたのお国のデザインなの? 私にもぜひ作っていただきたいわ」
「あ……、は、あの……」
突如わらわらと集まってきたご令嬢方に周りを取り囲まれ、私は動揺した。
(え? 何……? あのドレスを、皆さんが気に入ってくれたってこと? す、すごい……!)
ざっと七、八人はいるであろうご令嬢方に詰め寄られ戸惑っていると、輪の向こうからサディーさんの声がする。
「まぁまぁお嬢様方、落ち着いてくださいな。あちらで順番にご希望を伺いますから」
「ささ、皆様どうぞこちらへ! 焦らずともきちんとお作りいたしますわよ! おほほほほ」
「ただし納期はご猶予いただきますわね! 何せあたしたち、この少ない人数でやっとりますもので。おほほほほ」
それに続いてイブティさんとヤスミンさんもすかさずよそ行きな声をかけ、ご令嬢方を店の奥に誘導する。
豪華な身なりのご令嬢方は、その声に誘われ一斉に店の奥のテーブルを目指した。
「ごめんなさいね、突然大勢連れてきてしまって」
「あ……」
あの日ドレスを買ってくださったご令嬢が、一人になった私にそっと声をかけてきた。
「先日パーティーに着ていったのよ。あなたが作ったあのドレスを。そしたらもう、会場中の注目を浴びちゃったわ! 皆が一斉に寄ってきて質問攻めよ。一体どこの仕立て屋に作ってもらったのか、ぜひ教えてくれって。この下町の布屋さんだと教えたら皆唖然としていたわ。ふふふ」
「そっ、そうだったのですね……。光栄ですわ。お客様をたくさん紹介してくださって、本当にありがとうございます」
私は心を込めてお礼を言った。あの人数分のドレスの受注が入れば、かなり大変ではあるけれど、店にとっては大きな利益だ。
「ふふ。あなたって本当に品があるわよね。ご挨拶が遅れたけれど、フィエルロ伯爵家のトリアナよ。よろしくね。あなたどちらのお国の方なの?」
「よろしくお願いいたしますわ、トリアナ様。私はリアと申します。北の大陸のナルレーヌ王国から参りました」
「まぁ、ナルレーヌ王国から? 国交が始まって、こちらの国からもナルレーヌに行く人が増えてきているそうね」
嬉しそうにそう話すトリアナ嬢と、私は束の間の会話を楽しんだのだった。
結局その日八着のパーティードレスの注文を受けた私たちは、それからというもの全員で、寝る間も惜しんでせっせと縫い続けた。
「リ……リアさん……、これ……このドレスは……ここをどうするんだっけ……?」
「あ、そこはこっちの布を重ねてください。下の布よりも少し長さを短く……」
目の下にクマを作って私に指示を仰ぐヤスミンさんに返事をしながら、自分もせっせとドレープを作っていく。
「も、もう無理だわこりゃ……目が乾く……。指、指が……、いたぁぁっ!!」
指に針を刺してしまったらしいイブティさんが叫ぶ。
「しっかりするんだよイブティ! この受注分が無事に終わったらきっちり給金を上げてやるから! 頑張んな! ……しかしこりゃ……早急に従業員を増やさなきゃねぇ。腕の立つお針子を。……ふふ、むふふ……嬉しい悲鳴だよこりゃ。このままリアちゃん考案の異国風ドレスが、貴族の方々の間で大流行してごらんよ、あんた。ふふ、ふっふっ……。こりゃ二店舗目も夢じゃないよぉ! リアちゃん万歳!!」
サディーさんは突然むふむふ笑い出したかと思うと、猛烈な勢いで縫い上げていく。
そしてサディーさんのその言葉は、現実のものとなったのだった。
何人もの方が私のデザインしたドレスを着て公の場に出はじめたことで、ナルレーヌ風ドレスは若いご令嬢たちの間で一気に流行しはじめた。
ラモンさんとサディーさんは、近隣の街中から腕の立つお針子さんを雇い集め、多くの受注を次々に捌いていった。私とイブティさんとヤスミンさんは、日々頭を悩ませ、様々な色柄や布地、宝石を組み合わせては新商品を考案した。
そしてついに、ラモンさんとサディーさんは王都に二店舗目を構えることとなったのだった。
『ラモンとサディーの店』。
瀟洒な字体の真っ白な看板が目立つ。
「……信じられねぇ。本当にここが、俺たちの新しい店なのか……? ……ありがとよ、リアちゃん。あんたは俺たちの、幸運の女神様だ」
王都の大通りに完成した立派な店舗の中を見渡し、ラモンさんは噛みしめるように私にお礼を言う。
「いえ、私はただ最初のアイデアを出しただけですもの。ラモンさんとサディーさんが後押ししてくださって、イブティさんやヤスミンさんが助けてくださったからこそ、ここまで来られたのですわ。私の方こそ……夢のようです。本当にありがとうございます、皆さん」
「……リアちゃん……」
「……リアさん……っ!」
「っ!?」
突然サディーさんとイブティさん、そしてヤスミンさんの三人にガバッと抱きしめられ、びっくりする。
「なんていい子なのリアさん……っ!」
「あたしこそ夢のようよ! こんな、……こんなお洒落な王都のお店で働けることになるなんてぇぇ!!」
「リアちゃん!! あぁ……あたしゃ神に感謝するよ! あんたをこの世に授けてくだすった神に!」
「……。……ふふ」
皆の嬉しい言葉に、涙がこみ上げる。私がここにいることを、こんなにも喜んでくれる人たちがいる。華やかな公爵家の異端者として生まれ、実の親からさえ愛されなかったこの私を、ここの皆は受け入れてくれた。そして受け入れてくれた人たちの役に立てたんだ。
(……フランシス……、私この国に来てよかった。私、今幸せよ、とても)
『おめでとう! お姉さま』
フランシスがそう言って、笑ってくれているような気がした。
そして夢のような出来事は、ここで終わりではなかった。
王都の店舗を開店してから数週間後、何と私たちの店に、王家よりの使者が訪れたのだった。




