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2. 選ばれたフランシス

 私とジャレット殿下との仲は決して悪くはなかった。けれど、特別親しくもなれなかった。


 婚約者として毎月一度は私が王宮に出向き、二人でお茶をして、会話を交わした。けれど、それはいかにも儀礼的であり、あまり盛り上がることもない。決められた時間淡々と話をして、では失礼いたしますわと私が帰る。その繰り返しだった。


 そのうちパーティーや晩餐会などの社交の場に妹フランシスが参加するようになると、皆が一様に彼女を褒めそやしはじめた。その頃からジャレット殿下も「我々のお茶会に妹君も連れておいで」と言うようになった。

 そうして私と殿下の婚約者同士のお茶会は、私と私の侍女、フランシスとフランシスの侍女が連れ立って出向くようになり、そうなると殿下の目はもうこちらを向くことがなくなった。


 どこからどう見ても、ジャレット殿下はフランシスに恋をしていた。


 王宮に参内すると、殿下のいらっしゃるお部屋に行くまでに大勢の家臣や使用人たちにすれ違う。その誰もが、フランシスに視線を奪われうっとりと見とれる。やれやれ、と思いながら殿下の前に行くと、当の殿下でさえ、


「やあ! 来たね。会いたかったよ、フランシス」


なんて言うようになる始末。もはや私は妹の付き人だった。


 フランシスも葛藤しているようだった。


 彼女もまた、ジャレット殿下に惹かれていっているのが手に取るように分かった。殿下に会うやいなや、頬を染めて恭しくカーテシーを披露する姿からは喜びが溢れていたし、見つめ合って会話をする二人の姿は本当に絵になった。


(うーん。すごいわねぇ。まるでおとぎ話の中の人たちみたい。完璧な美男美女カップルだわ)


 ……などと、そんな二人を見つめながら、私は冷静を装い思ったものだ。


 本当は、心はチクチクと痛んでいたのだけれど。


 だけど、フランシスは善人だった。そして家族の中で唯一、私のことを心から慕ってくれていた。

 大好きな殿下と見つめ合い、つい二人きりで話が弾んでしまうと、ハッとしたように私の方を見る。そしてしまった、という風に慌てて笑みを消し俯く。その時の申し訳なさそうな顔。それが度重なるにつれて、彼女が本当に苦しんでいることが、私には伝わってきた。


 どうするべきかと私も悩みはじめていた頃。


 王家から、私とジャレット殿下の婚約解消、及びフランシスとジャレット殿下の婚約に関する打診があったのだった。


(……ああ、そうか。やっぱりそうなるわよね)


 心のどこかで覚悟はしていた。どの道妹の気持ちに気付いてしまった今、私も晴れ晴れとした気持ちで嫁いでいくことなんてできなかったし、愛し合う二人の邪魔をするなんて無粋な真似はしたくない。ここはもちろん、私がすんなりと身を引くところだ。それで万事解決。全てが丸く収まるんだから。


 私とフランシスを居間に呼びその話をしてきた父の顔は、淡々としたものだった。


「ジャレット殿下たっての希望とのことだ。殿下はフランシスを所望しておられると」

「まあ、当然ですわよね。だってフランシスのこの愛らしさ、利発さ、そしてこの美貌……! 王家に嫁いで美しい子を産み、妃となって民や国の希望の象徴となるにふさわしい子ですわ!あなたが選ばれてお母さまとても誇らしいわよ、フランシス」


 母はむしろ大喜び、といった感じだった。自分が特別可愛がっている末の娘が、王太子の目にかなったのだ。嬉しくてたまらないのだろう。


 誰も私の気持ちなんて、少しも気にしていなかった。フランシス以外は。


「そういうことだから、お前は大人しく身を引きなさい。いいな? セレリア」

「そんないじけた顔をするのはよしてちょうだいよ。あなたがそんな根暗だから、ジャレット殿下もフランシスの方をお選びになったのよ」

「……承知いたしました」


 いじけた顔なんて別にしていなかったつもりだけれど、落ち込む気持ちは多少なりとも表に出てしまっていたのだろう。フランシスはずっと黙ったまま俯いていた。




「……ご……ごめんなさい……お姉さま……ほんと、に……。……ひくっ…」

「……いいのよ!フランシス。私は本っ当にいいの。何も気にしなくていいんだから……ね? 泣かないでフランシス」


 そして両親の前から下がり、部屋に引っ込んだところで、フランシスが私の部屋にやって来たのだ。ろくに言葉も出ないほど泣きながら、私に詫びている。さっきはずっと我慢していたのだろう。両親の前で泣いて私に詫びれば、私が母からきつく非難されることを分かっているのだ。

 この子はこういう優しい子だから、きっとこうやって部屋に来る気がしていた。

 泣くのを我慢していて、本当によかった。余計にこの子の心を苦しめることになるところだった。


「あのね、フランシス。私はもうだいぶ前から分かっていたのよ。あなたと殿下が想い合っていること。ふふ。だからきっとこうなるだろうなって思ってた。むしろそれを楽しみにしていたぐらいよ。だって私には荷が重すぎるもの、王太子妃なんて。幼い頃に婚約させられた私と殿下の間には、恋する気持ちなんて微塵もなかったわけだし。あなたの方が絶対に向いてるわ! 殿下は見る目あると思う。勤勉で真面目なあなたなら妃教育もきっとすぐ修得できるし、あなたは容姿も中身も最高に素敵だから、末はきっと国民皆から愛される王妃にもなるわ! 大丈夫よ、フランシス。自信を持って。私はあなたたちを心から祝福して、応援しているんだから。ね?」


 必死に笑顔を作り、一瞬たりとも気を抜かないように、私はフランシスに向かって喋り続けた。彼女の頭を撫で、肩を擦り。


 そうしないと、今にも涙がこぼれてしまいそうだったから。





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