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17. 初出勤

「イブティ、ヤスミン。この子は今日からうちで働いてくれるリアちゃんだよ。ちょうど仕事と住まいを探していてね、露店を手伝ってもらったら意気投合してさ。ナルレーヌ王国から連れて帰ってきたんだ。仲良くしてやっとくれ。リアちゃん、この子はイブティ、こっちがヤスミンだよ」

「はっ、はじめましてっ! リアでございます。どうぞよろしくお願いいたしますわ」

「「……。……あはははは!」」


 サディーさんからお店の女性二人に紹介してもらい、私は緊張しながら挨拶をする。その二人はぽかんとした顔で私を見た後、声を揃えて楽しそうに笑った。


(ま、また笑われてしまった……)


 母国での言葉遣いもそうだったけど、私が習ってきたイェスタルア語は、貴族社会で通用するような極めて丁寧な話し方のもの。平民の人々からすれば、きっとよほど浮いているのだわ。何とかして早く皆のような喋り方を身に付けなくては……!

 恥ずかしくて顔を真っ赤にしていると、イブティさんと紹介された、黒髪をなんとも上手い具合に頭のてっぺんでくるくると丸めて花で飾った女性が言った。


「そんなにかしこまらないでいいのよ。同じ年頃の女の子が来てくれて嬉しいわ。仲良くやっていきましょうね、リアさん」

「本当ね! 肌が真っ白できれーい! 異国の人って感じ。言葉がすごく上手ね。よろしくねリアさん」


 もう一人のショートヘアの女性ヤスミンさんも、気さくに挨拶してくれた。私は心からほっとする。


「は、はいっ。ありがとうございます!」


 皆小麦色の肌に黒髪で元気だ。この明るさもこの国の人々の特色だろうか。歳も近そうだし、いい人たちみたいだし、本当によかった……!


 ラモンさんたちの住居から徒歩で十五分ほど歩いた場所に、お二人のお店はあった。住宅街から少し離れたこの辺りは様々なお店がずらりと並ぶ通りで、とても活気がある。今日からここで、私の新しい生活がスタートするのだ。

 ラモンさんはお得意先に帰国の挨拶に行き、サディーさんは店の奥で帳簿をつけながら難しい顔をしている。私はイブティさんとヤスミンさんから、仕事を一通りさっと習い、店の中を見回しながら習ったことを頭の中で復習する。


(朝出勤したらまずお掃除、店頭の在庫チェック、在庫棚はあっちの奥で……)


 ふと、店に置いてある大きな鏡に映った自分の姿が目に留まり、私は思わず微笑んでしまう。

 店で作ってある衣装を着てもらった方が宣伝になっていいからと、サディーさんに何枚かいただいたうちの一枚、紫色の素敵な服。このお店には布地だけではなく、サディーさんが手作りした衣装もたくさん置いてあるのだ。大胆な花柄はいかにもイェスタルア風で気分が上がる。くっきりとラインが浮かぶ体に沿った軽やかな布地は、慣れなくて何だかこそばゆいし、ちょっと恥ずかしい。けれど、とても体が軽くて気持ちがいい。今まで着てきたドレスに比べると、まるで何も身にまとっていないような軽さだ。


(ふふ。別人になった気分……)


 いかにも新しい人生が始まったという感じがして嬉しくて、私は鏡の中の自分の姿をまじまじと見つめ微笑んだ。


 日が高くなる頃には店の客足も多くなり、ひっきりなしに人が出入りするようになった。私が出る幕などないほどに、イブティさんとヤスミンさんが次々にお客を捌いていく。初日はそんな二人の様子を見守り勉強に徹するだけで終わってしまった。手頃な値段の商品はどんどん売れていく。


(そっかぁ。こっちだと向こうより断然売れ行きがいいのね。普段使いの服や布はよく売れるんだわ。なるほど……)


 ただ、店の奥の方に大切そうに並べてあるパーティー用のような豪華な衣装は、誰も買っていかなかった。こちらは需要がないのだろうか。とても素敵なのだけれど……。私たちが今着ている、体に巻き付けるようなデザインの服をさらに豪華にした感じだ。柔らかなレースや宝石などの装飾が繊細に施され、見ているだけでうっとりしてしまう。


「そうだねぇ。こっちはまぁ、売れたらラッキーなもんぐらいの気持ちで置いてるよ。この辺に住んでる人たちは、王宮や貴族の屋敷で催されるパーティーなんかにゃ行かないからね。たま~に遠くから買いに来てくれる高貴なご婦人に売れることもあるよ」

「たまぁ~にね。まぁ貴族の人たちは王都付近の都会の店で買ったり、屋敷に外商を呼んだりするからね」

「そそ。こんな下町の庶民的な店までわざわざ買いに来ることってあまりないのよ」

「誰の店が田舎の庶民の店だいっ!」


 私の素朴な質問に、サディーさんやイブティさんたちが答えてくれる。

 なるほど……。もったいないなぁ。すっごく素敵なのに。せっかくこんなに素敵なドレスなんだから、誰かに着てほしいわ。


「これも全部、サディーさんがお一人で作っていらっしゃるんですか?」

「ううん。あたしたちも手伝ってるのよ。ほら、ここのレースは全部あたしがつけたの!」

「えっ! そ、そうなのですか。すごい……」

「ヤスミンなんかこのドレスをほぼ一人で作ったよ」

「うん」

「えぇっ! お、お二人ともすごいですわ……」


 私と同じ年頃の女性たちが、こんな豪華なドレス作りに携わっているなんて。私なんか、刺繍ぐらいしかできない。実家のバーネット公爵領で生産されているドレスなどは全て、雇った手練れの職人さんたちが作っていたから。デザインを考案するのは、主に両親や専属のデザイナー。私は一切口出し禁止だった。


「リアさんは裁縫はしないの?」


 イブティさんが私の顔を覗き込むようにして聞いてくる。


「は、はい。お恥ずかしながら……。刺繍なら少しはできるのですが、その程度です」

「そうなの? じゃあ私たちが、衣装の作り方教えてあげるわね!」

「えっ、ほ、本当ですか?」

「うん、もちろん!」

「そうだね、二人に習っときなよリアちゃん。手に職つけてりゃ、いざという時に役に立つさ。あたしも教えてあげるよ」

「あ、ありがとうございます!」


 嬉しい。胸の高鳴りが抑えられない。私が自分で衣装を作れるようになるかもしれないなんて……!

 様々なアイデアが頭の中に浮かんでは消え、そしてまた次々に浮かんでくる。


(気が早いわね、私。まだスカート一枚縫ってもいないのに。ふふ……)


 そうは言いつつも、妄想は止まらない。私がデザインして作ったドレスを、店頭に置いてもらう。誰かが素敵だと褒めてくれて、それを買って着てくれる……。


(いつかそんな日が来るかもしれないんだわ……! 頑張らなきゃ!!)


 ねぇフランシス。新生活は順調な出だしよ。皆が親切にしてくださるおかげだわ。

 私頑張るからね、フランシス。頑張って衣装作りを覚えて、そしていつかは、あなたのためだけのドレスを作ってみせるから……!





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