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16. イェスタルアの港町

「……うわぁ……っ!!」


 港に降り立った私は、思わず感嘆の声を上げた。

 初めて見る景色に、波の音、空を飛んでいる白い鳥たちの甲高い鳴き声。知らない場所の独特な匂いに、胸がドキドキする。サディーさんたちと同じ小麦色の肌の人々が、様々な荷物を抱えて忙しなく港を行き来している。

 それらの風景に思わずうっとりと見とれていると、後ろからラモンさんの元気な声がする。


「荷物よこしなリアちゃん! 何も持たなくていいから」

「そうだよ! あんたさっきまで真っ白な顔してたじゃないか。無理するんじゃないよ!」

「あっ、いえっ、……あ、すみません……。ありがとうございます……」


 せめて自分の身の回りの荷物ぐらいはと思い持っていたボストンバッグは、ラモンさんに強引に取り上げられた。初めての船旅に疲れと緊張が相まってすっかり船酔いしてしまった私は、到着するまでの数日間のうちに何度も寝込んでしまっていた。お二人にはご心配とご迷惑ばかりをおかけしている。本当に情けないやら申し訳ないやらで………。見捨てずにいてくださって感謝しかない。しっかり働いて、ご恩返しをしなくては!


(それにしても……皆さん素敵なお洋服を着ているわ)


 サディーさんたちも同じような衣装を身にまとっているけれど、この国の人々はナルレーヌ王国に比べて、軽やかな素材の色鮮やかな柄の入った服を着ている人ばかりだ。ナルレーヌの人々が、肉厚な生地でずっしりと重たく、大きく広がったドレスを着ているのに比べて、こちらの国は真逆の軽やかな素材のものを、体のラインに合わせてくるりと巻き付けるようにして着る服が主流のようだ。民族衣装かしら。すごく素敵……。男性も似たようなかたちの服を着ていて、とても体が楽そうだ。


(それにとっても動きやすそう。ナルレーヌでいつも着ていたドレスは本当に重たくて、ウエストの締め付けだけはやたらときつかったし……。対照的だわぁ……)


 私が今着ているワンピースは、生成りの生地でスカートがふわりと広がったもの。向こうでは平民の女性がよく着ているタイプの服装だけど、今目に付くところにはこんなワンピースを着ている人は一人もいない。


(距離的にはそんなに離れていないはずなのに、海を挟んで南の大陸に渡っただけで、こんなにも雰囲気が違うものなのね)


 いいなぁ。私もあんな衣装を着てみたい。道行く女性たちにぼんやりと見とれながら、私はそう思った。




「さぁ! ここがあたしたちの家さ。古い建物だけどあんたの部屋もちゃんと用意してあげられるし、まぁくつろいどくれよ」

「は、はいっ」


 港からしばらく馬車で揺られて辿り着いた場所は、似たような作りのお家がたくさん並んだ住宅街だった。雰囲気のある建物が素敵だ。

 サディーさんたちの家はたしかに古めかしいけれど、かなり広い。私にも一部屋を与えてくださった。二階の奥の部屋の窓を開けると、気持ちの良い風はほのかに潮の香りがする気がした。


(それに、嗅ぎ慣れないスパイシーな香りもする……。あとは、お香……? なんだか風までエキゾチックで素敵……!)


 ねぇフランシス、ここすごく良い感じのところよ! 私気に入っちゃったわ。あなたも連れてきてあげたかったな……。

 すっかり気分が高揚した私は、心の中で妹にそう話しかけて、ほんの少し切なくなった。


 その後荷物を片付け、三人で食材などの買い出しに行った。そしてサディーさんと一緒にキッチンに立たせてもらい、生まれてはじめて料理を手伝った。まぁ、手伝ったと言っても野菜を洗ったり切ったりするぐらいだけど……。サディーさんがいくつもの料理を手際よく次々に仕上げていく手つきに感心し、思わず見とれてしまった。


 食事をしながら、ラモンさんが言った。


「俺たちの店はそんなに大きなものじゃないんだよ。従業員も一応雇っちゃいるけど、ほんの二人だ。本当はもう一人いたんだけど、嫁に行くことが決まって辞めちまったのさ。二人ともいい子たちだから大丈夫だよ。リアちゃんもすぐに馴染めるさ」

「あんたに頼みたい仕事はね、もちろんうちの商品の販売がメインさ。どうやらあんたかなりセンスあるみたいだからね。あっちの国にいる時に手伝ってくれたように、お客さんが来たら話しかけたり要望を聞いて、良さげなものをお薦めしたりしてみておくれ」

「は、はいっ! 頑張りますわ!」

「あはは。まぁ肩の力を抜いて、リアちゃんなりにやってみなよ。俺たちもちゃんとフォローするから大丈夫さ」

「そうそう。あんたのやりたいようにやってみな。何か店や商品に関するいいアイデアとか思いついたら、何でも言っとくれ」

「っ!」


(ア、アイデアを、出してもいいのっ!?)


 サディーさんからそんな言葉をかけられた私は、とても心が躍った。実家では商品のドレスに対する自分のアイデアを話した時、母から汚いものでも見るような目で非難されたことを思い出す。父も眉間に皺を寄せて私に説教していた。


(だけどここでは、何か思いついたら話してみてもいいのね……っ!? ああ、すっごく楽しみだわ……!)


 大好きな服に携わる仕事がさせてもらえて、その上雇い主は大らかで優しい。


(私、頑張るわ! せっかく与えられたこのチャンスを活かさない手はないもの。ここで自分の生きる道をしっかり開拓していかなくちゃ!)


 そう。もう私には何の後ろ盾もない。私は公爵令嬢セレリア・バーネットではないのだ。家族のいない、ただの平民のリアなのだから。

 自分の力で生きていかなくてはならないのだから。




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